嫌がらせへの反撃
中間テストから二週間近くが過ぎた。十一月も毎日過ぎ去っていて、少しずつ肌寒くなってきている。
僕の生活は忙しくあるけど大体パターン化されているのである意味単調とも言えた。それでも結果が後から追いついてくるとわかっているとやり甲斐はある。
今朝も筋トレと勉強を済ませてから朝ご飯を食べて家を出た。少し寒いけど気持ちの良い朝だ。
”最近は涼しくなってきたから、筋トレする体が温まっていい感じになるよね”
”そうでしょう。そんな優太に朗報! 明日からメニュー量を増やしまーす!”
”どこが朗報なんだよ! 悪いニュースじゃないか!”
”どうしてよ。体が温まる上に更に鍛えられるのよ。いいことずくめじゃない”
まさかの通告に僕はげんなりとした。正論過ぎて反論できないのが何とも悔しい。
どうにか反撃できないかと頭をひねっていると、通学路の先にガラの悪い人達二人が僕を見てニヤニヤと笑っていた。
すると、真面目な声でソムニが警告してくる。
”あれ、マッドサラマンダーの連中ね。右の金髪耳ピアスの方が下柳”
”なんでそんな人がここにいるの?”
”あの様子だと、アンタに用があるんでしょうね。この前の成田みたいにミーニアの説得を頼んでくるのかもしれないわ”
嫌な話を聞いた僕は眉を寄せた。気味悪く思いながらも面識がないので足早に過ぎ去ろうとする。けれど、そのままじっとしていてほしいという僕の願いは裏切られた。
無視をして下柳達の脇を通り過ぎようとすると、その二人も僕にぴったりとついて来る。更に立ち止まると二人ともニヤニヤしながら立ち止まった。
その後何度か歩いては立ち止まることを繰り返してもぴったりとついて来る。でも、向こうからは何も言ってこない。
”これ、何がしたいんだろう?”
”嫌がらせじゃない? ミーニアに勧誘がうまくいかないから”
”こんなこと僕にして意味があるの?”
”優太が根負けして説得することを承知するまで続けるんじゃないかしら。学校までついて来たり家の周りをうろついたり”
”そんなの嫌だよ!”
”アタシだって迷惑だわ。よし、それじゃちょっと対策してあげるから、しばらくここでじっとしてて”
無言で圧力を圧力をかけてくる下柳達の視線に曝されながら、僕はソムニの言う通りその場で立ち止まった。できるだけ相手を見ないように目を逸らす。
”今警察を呼んだわ。すぐに警察署へご招待されるでしょ”
”でもこの二人、何もしてないよ? 確かミーニアさんも似たようなことされたけど、警察は動いてくれなかったって言ってたじゃないか”
”だから、こいつらがミーニアに付きまとってたヤツらと同じだって証拠も一緒に送りつけてやったのよ。ミーニアを勧誘するためにペアのアンタに嫌がらせしているって添えてね”
”それで動いてくれる?”
”幸いアンタは未成年だから、警察はとりあえず最低限引き離してはくれるでしょう”
一応根拠はあるらしいことを知って安心した僕だけど、正直なところ半信半疑だった。警察が信用できないというよりも、そんなにうまく理屈通りに行くのか疑問だったんだ。
何とも不安な数分間をじっと耐えて過ごしていると、パトカーが一台やって来た。そして、警察官三人が下りてこちらにやって来る。
「通報したのはきみかな?」
「はい、そうです」
「てめぇ、なに通報してんだ! オレなんにもしてねぇだろ!」
僕と警察官が話し始めると下柳が怒りだした。けど、残り二人の警察官が間に入って止めてくれる。
その後、簡単な事情聴取をその場でされて僕はすぐに解放された。ソムニが用意した資料が有効だったらしい。おかげで下柳達はパトカーに乗せられて警察署に連行される。
「本当にあっさりとうまくいったね」
”ミーニアが先に警察へ相談していたおかげね。あれがあったから楽だったわ”
これであの二人は警察に絞られるので当分は大丈夫だとソムニが続いて主張した。もっとも、僕からすれば当分じゃなくてずっと関わりたくないのでもう諦めてほしい。
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通学路でガラの悪い人達に絡まれてから一週間ほどは何ともなかった。僕の警戒心もかなり和らいできた頃、放課後いつものように第二公共職業安定所へと向かう。
自動車から下りたようとしたところでソムニが声を上げた。訝しんだ僕が動きを止めて尋ねる。
「なにがあったの?」
”アンタの悪評がネットにばらまかれてるのを見つけたのよ”
「僕の? 悪評ってどんなやつなの?」
”つまんないのばっかりよ。アンタがイカサマをして魔窟踏破したように細工したりとか、調子に乗って女に声をかけまくってるとか、あくどい方法で金を稼いでいるとか。学校の上履きに画鋲を入れておくみたいな噂ね”
「なんか思ってたより地味だね。けど、広められるのは嫌だなぁ」
”大して広まってないのが不幸中の幸いね。興味本位で見に来る人がいるみたいだけど、話が広がる様子はないわ。噂の対象がアンタだと食いつきは悪いみたい”
「うっ、広まらないのは嬉しいけど、なんかもやっとする言い方だね? でも、誰がそんなことやったんだろう」
”射撃訓練中に調べておいてあげるわよ。それと、広まってる噂は片っ端から削除っと”
見えないところでソムニが調査と削除をしてくれるのは本当に助かった。僕だったら気付かなかったか、もっと大事になってからでないと気付かなかっただろう。
ともかく、僕の噂への対策はソムニに任せていつも通り訓練を始めた。動揺はしてないけど調子は今ひとつだったなぁ。
訓練が終わって自動車に戻るとソムニが声をかけてくる。
”優太、さっきの噂をばらまいたヤツの正体がわかったわよ。成田ね。以前アンタに話しかけて来たヤツよ”
「なんであの人が?」
”どうやら雇い主である体堂が悪評を流すよう指示したみたいね”
「なんでそんな、いや、そんなことどうやって調べたの?」
”体堂と成田って二週間ほど前にパソウェアの通話機能を使ってミーニアを勧誘する方法を相談してたんだけど、その記録が成田のパソウェアに残ってたのよ”
「そんな危ない情報を残す理由が僕にはわからないんだけど」
”保身のためじゃないかしら。切り捨てられそうになったら切り札として使うためにね。あいつのパソウェアにもプロテクトがかかってたけど、アタシにとっちゃ大したことはなかったわね”
普段から自由すぎる妖精だったけど、今回はそれが功を奏したらしかった。
けれど、問題はこれからどうするかだ。放っておくのはまずいけれど、非合法な方法で手に入れた情報だから大っぴらにもできない。
この点についてソムニに尋ねると嬉しそうに説明してくれる。
”ネットにこの動画をばらまいてやるのよ”
「でも、誰がアップロードしたかばれたらまずくない?」
”アタシはそんなヘマはしないわよ。出所不明の動画として拡散してやるんだから”
自信満々に断言された僕はそのまま黙るしかなかった。確かにソムニが違法行為をして失敗したことは今までなかったからだ。信じるしかない。
この後、ソムニは猛烈にこの動画を拡散して回った。僕とミーニアさんがわかるような発言部分だけは音声を消してくれたので、僕達のことがばれることもない。
本当にこれで話題になるのかなと思っていた僕だったけど、意外にも食いつきは良かった。やっぱり企業の不祥事については一定の需要があるからね。
こうして僕の悪評と入れ替わるようにしてマッドサラマンダーの悪評が一気に広まった。これでもう諦めてくれると信じたい。