微妙にうまくいかない思惑(比企孝史、体堂剛視点)
あらゆる計画に言えることだが、始めてから終わるまで何の問題も発生しないということはそうない。少なくとも私はそうだった。特に比企財閥を率いるようになってからは。
今もそうだ。純化計画の遺跡を発掘するための人材を集めるところで多少躓いている。
財閥本社ビルの執務室にある本革張りの椅子に身を沈め、半透明の画面に映る資料を見ていた。その脇には数ある会社の一つであるマッドサラマンダーの体堂がバストアップ表示された様子で必死に言い訳をしている。
『大半の人材は集まったんですけどね、最後の魔法使いってのがなかなかしぶとくて』
「いつになったら人は揃うんだ?」
『もうちょっとお時間をいただければ』
「具体的にいつなのか指定するよういつも言っているだろう。こちらには他にも調整すべきことがあるんだ」
表示された体堂の表情が引きつった。ハンター派遣業をさせている分には悪くないが、時間にいい加減なところがある。
「今度の遺跡探索では他の財閥と競合する可能性が高い。そのためには迅速かつ確実に事を遂行するハンターや学者が必要だ。そして、探索の延期も認められない」
『わかってます』
「では、その魔法使いはいつまでに確保できるんだ?」
『今月中には必ず揃えます』
「ぎりぎりだな。まぁいい。実行可能ならこれ以上は何も言わない。ただし、必ずやり遂げろ」
一礼する体堂のバストアップ表示が消えると同時に半透明の画面も消えた。そのまましばらくじっと正面を見据える。
「やはり不安だな。別口で手配しておくか」
人は往々にして失敗するものだが、ここぞというときに失敗されてはたまらない。だからこそ、保険はかけておくべきだろう。
私は一息ついてから秘書を呼び出すためにパソウェアの通話機能を立ち上げた。
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「あーくそ、ムカツクぜ!」
月初めのボスとの会合を終えたオレは自分の高級な椅子に座り込んだ。比企の総帥が使ってるやつほどじゃないが、それでも結構金をかけたお気に入りなんだぜ。
ハンター派遣会社をやってるオレも元ハンターだからこの方面にはめっぽう強い。比企財閥の権威を使いーの、昔のコネも活かしーのでここまで大きくした。
だから今回も総帥から話があったときは、いつものように人を集めりゃイケると思ったんだ。けど、要求される魔法使いだけがどうしても見つからねぇ。
散々探してやっと見つけたのがミーニアってハンターなんだが、これがまたえらく美人で俺好み。こんな機会はそうそうねぇからオレ自ら口説きに行った。
ところが、こいつが思った以上に手強くてなかなか落ちやがらねぇ。手下や情報屋を使って見ても効果なしときたもんだ。そうこうしているうちに二週間が過ぎて今に至る。
「なんでうまくいかねぇかなぁ」
マッドサラマンダー本社の執務室でオレは天井を仰ぎ見た。そして、オレの前に立ってる二人の男が揃ってビクつく。ただし、一人はバストアップ表示のみだが。
一人は金髪耳ピアス細マッチョの下柳だ。左腕をサイボーグ化してるが人工皮膚を貼り付けているから見た目はわからない。ハンターとしての腕は悪くねぇが素行が悪いってことで第二職安の評価は良くないからオレんところへ来たクチだ。
もう一人は冴えないおっさんの成田だ。自分では仲介屋とか情報屋だと名乗っちゃいるが、小銭でコロコロ動く下っ端だな。大したヤツじゃない。ちなみに、こいつがパソウェアの通話機能越しに俺の前にいる。
そんな二人を目の前に並べてるわけだが、今の仕事がうまくいかねぇのは全部こいつらのせいだ。ぶっ飛ばしてやりてぇがとりあえず我慢しなきゃなんねぇ。
「おい、下柳。お前に任せてもう十日くらいになるが、ミーニアの様子はどうなってんだ?」
「それがあの女、こっちをガン無視するんで話の糸口も掴めなくて」
「手下連れてそれなのかよ。かっ攫ってでも連れてくるっつーてたよな」
「一度やらせてみたんスけど、四人いて返り討ちに遭ったんスよ。それ以来みんなビビッて近づかなくなったんス」
「マジでやって失敗したって? 警察に通報されたら一発アウトだったじゃねぇか」
「あ、そりゃ確かにそうなんスけど、みんな逃げ切ったし、通報もされていないみたいっスから大丈夫じゃねって思ってるんスけど」
「付近に監視カメラはないって確認してたのか? それに、相手が隠しカメラを持ってないっつー根拠でもあったのか?」
オレが具体例を挙げてやると下柳のヤツは顔を真っ青にしやがった。前からバカってのは知ってたから驚きはねぇが、その馬鹿さ加減には呆れるしかねぇ。
うつむいた下柳を無視して、オレは成田へと顔を向ける。
「で、成田、そっちはどーなんだ? 高校生のガキに手間取ってるなんて言わねぇよな?」
『今日は少し様子を見に行っただけですよ。近いうちに説得してみますって』
「近いうちっていつなんだ?」
『今月中には何とか』
「今月中のどこが近いうちなんだよ! 今週中にやれ!」
『待ってください! いくらなんでもそれは無茶です。せめて二三週間はもらわないと』
「なんでそんなにかかるんだよ! あのガキはそんなに口がうまいのか?」
『そういうわけじゃないんですが、ペアを組んでる相手にどうにも義理堅いようで』
「何が義理堅いだ。小銭でも握らせて使ったらいいだろうが」
『そうは言いましても、こちらも元手がありませんから』
卑屈さの混じった苦笑いをしてくる成田の顔をオレは睨んだ。そのムカツク顔をすぐにでも殴ってやりたいが、生憎バストアップ表示されている映像しかない。
しかし厄介なことになってきたな。半月かけてもミーニアを手に入れる目処が全然立たねぇ。一応並行して別の魔法使いを見繕っちゃいるが、オレとしてはあの女がほしい。
どうにかできないもんか考えてみたが、下柳のバカが無茶したせいでしばらく直接手出しはできなさそうだ。
「となると、まずはガキの方からどうにかするか」
顎に手をやりながらオレは考えた。
ガキが手なずけられないってんなら自分から離れるように仕向けりゃいい。ジュニアハンターらしいが言ってしまえば高校生のガキでしかないしな。
「下柳、お前は成田からガキのことを教わってそいつに二十四時間貼り付け」
「あ、はい。それで、貼り付いて何するんスか?」
「何もしなくていい。手下と交代でガキに貼り付き続けろ。絶対に手を出すんじゃねぇぞ」
「はぁ」
「嫌がらせによってガキに根を上げさせる作戦だ。精神的に圧迫するんだ、いいな」
「なるほど?」
指示の真意に気付いていなさそうな生返事をされてオレはため息をついた。
次いでオレは成田に顔を向ける。
「成田、お前はガキの評判が落ちるような噂をばらまけ。特にネット上に流してあいつの知り合いの目に付くようにな」
『そういうことなら任せてください! すぐにでもやりますよ』
こっちは逆に張り切って返事をしてきた。こんなつまんねぇ作業は喜ぶなんて、ホントしょうもないヤツだな。
ともかく、これでしばらくあのガキを締め上げてミーニアから切り離せば、あの女もこっちの話に耳を傾けるだろう。自分への攻撃は耐えられても、身の回りに被害が出るとなると折れるヤツは案外多いからな。
これでどうにかミーニアを手に入れる打算がついた。今すぐってわけにはいかないのがもどがしいが、その分手に入ったら徹底的に可愛がってやろう。どちらが上か徹底的に教えてやる。
そう思うと今からそのときが楽しみで仕方なかった。待ってろよ。