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怪しい情報屋

 中間テストが終わって新しい月になった。純化計画のこともミーニアさんのことも気になるけど、今のところ何もできないから棚上げにしている。


 そしてその間、僕はソムニ先生の指導で忙しい毎日を送っていた。けど、週末をどう過ごすのかという問題で僕は少し困っている。僕一人で引き受けられる依頼というのはたかが知れているからだ。


 平日の放課後、射撃訓練のために第二公共職業安定所へやって来た僕は、自動車(レンタカー)の中で依頼一覧表を眺めながらため息をつく。


「うーん、やっぱりいくら実績があってもジュニアハンターだとこんなものなのかなぁ。春にやっていた魔物駆除とかそんなのばっかりだし」


単独(ソロ)だとハンターでも限られてくるし、ある意味仕方ないわよ。だからみんなチームを組みたがるんだから』


「でもそうなるとどうしよう。弾代を稼ぐためにも依頼はするべきなんだろうけど、これじゃあんまりやる気がしないなぁ」


『半年前はこういった依頼でも喜んでしていたのに、随分と贅沢になったじゃない』


「そこは成長したって言ってほしいな。それに、訓練の成果を試すためにもある程度難易度の高い依頼を引き受けないと駄目じゃないか」


『そりゃそーなんだけどねー』


 ソムニの楽しそうな声が僕の頭の中に響いた。色々と要求が高くなったのは自分でも自覚しているから言い返しづらい。


 照れ隠しも兼ねて僕は自動車の外へと出た。平日の夕方は時間が限られているからあまりのんびりもしていられない。助手席に置いていたナップサックと小銃を取り出す。


 どちらも肩に引っさげて歩き始めると、背後から呼び止められた。振り向くと、半分禿げ上がった頭髪の肥満した男がこちらに近づいてくる。


大心地(おごろち)くんだよね。ちょっと話したいことがあるんだけどいいかな?」


「誰ですか?」


「ワシは成田(なりた)っていう情報屋だよ」


 どことなく嫌らしい言い方をする成田を僕は改めて見た。よれたポロシャツ、使いすぎてテカっている紺色のスーツのズボン、すり切れた革靴と見た目は冴えない風貌だ。けれど、目つきは油断ならなさそうな感じがする。


 そのとき、僕は何かが引っかかった。怪しい人という意味でじゃなく、体の一部についてだ。気になったのでソムニに聞いてみる。


”ソムニ、この成田って人、なんとなく違和感があるんだけど”


”気付いた? 左目が義眼なのよ。生体そっくりだから見分けは付きにくいけど。間違いなく何かのセンサーが仕込んであるでしょうね”


”ということは、もしかしてサイボーグ?”


”そうなるわね。この様子だと体の他の部分も機械に換装している可能性があるわね”


 体の部位を機械と交換するというのがサイボーグ化の定義なので、基本的に一部でも体に機械を取り入れているとサイボーグ扱いとなる。そのため、この成田という人もサイボーグだ。


 人それぞれ事情があるからサイボーグ化していること自体は何とも思わない。ただ、この人はどうも信用できなさそうなので不安が残る。


”失明して取り替えたのかな?”


”身体能力をアップさせるために交換することも珍しくないわよ。アイツの体から何も放射していないから、たぶん受動的(パッシブ)センサーの類いでも仕込んでるんじゃないのかしら”


”どうしてそんなことをするの?”


”相手を出し抜くためじゃない。アンタもこれから気を付けなさいよ”


 忠告してくれたのは嬉しいけど、交渉事はあまり慣れていない僕はどうして良いかわからなかった。やれることはせいぜい騙されないように警戒するくらいだ。


 そんな僕の態度を見た成田は嫌らしい笑顔を浮かべると更に話しかけてくる。


「情報屋と会うのは初めてかな。まぁこんな身なりだからね。みんな最初は怪しむもんさ。けど、話の内容は信用してくれても大丈夫だ。何しろこの商売は信用第一だからね」


「はぁ。それで、話っていうのは何ですか?」


「あんたの相棒にミーニアっていうえらい美人の外人がいるだろう。その女にマッドサラマンダーへ所属するよう説得してほしいんだ」


 マッドサラマンダーという言葉を聞いて僕は少し眉をひそめた。先日ソムニが調べてくれたことを思い出す。となると、この人もミーニアさんに迷惑をかけている人の一人か。


 少し不機嫌になった僕の口調は硬くなる。


「どうして僕がそんなことをしなくちゃいけないんですか?」


「あんたの相棒のためだよ。能力のあるハンターがより稼げる場に移るのは当然だろう」


「それはミーニアさんが決めれば良いことですよね。僕はもちろん、あなたが気にすることじゃないはずです」


「いやいや、できる人が(くすぶ)っているのを見るのはどうにも落ち着かなくてね。こうやってたまに助言することがあるんだ」


 迷惑な話だと僕は思った。頼んでいないのにしゃしゃり出てきて勝手なことを言うなんてとんでもない。


 尚も反応が薄い僕の様子を見た成田が言葉を重ねる。


「マッドサラマンダーは最近調子のいいハンター派遣会社でね、人手不足なんだ。だから彼女ほどのハンターならいくらでも仕事を望めるんだよ」


「依頼だったら今でもありますけど」


「第二職安のだろう? 稼ぎが違うよ! その何倍もの報酬が手に入るんだ」


”ソムニ、本当にそうなの?”


”一部の上澄みだけね。大抵はそんなに変わらないわよ。どこの業界でもやっている宣伝手法ね。いいところだけ見せるっていうヤツ”


 気になったことをソムニに確認したけど、思った通りの返事だった。元々説得するつもりなんてなかったけど、話を聞いていくうちにますます説得する気が失せていく。


 ずっと反応が薄いか否定的な意見ばかりの僕を相手にしていた成田が、次第に顔を引きつらせてきた。それに比例して話す内容も穏やかでなくなっていく。


「それに、この話は受け入れた方がいいよ。マッドサラマンダーは今調子がいい会社だけど、同時に結構強気な会社でもあるんだ。敵対するところには割と容赦しないとも聞くね」


「どうして説得しないだけで敵対することになるんですか?」


「さぁそれはワシも知らんよ。何せあっちの社長が考えることだからね。ワシはただ事実をしゃべっているだけだから」


 何とも嫌らしい言い方だ。評判を話しているだけを装ってじんわりと脅迫してくる。なるほど、ミーニアさんはこういった嫌がらせみたいな勧誘を受けているんだ。


 僕が妙に納得していると、成田が更に遠回しな言葉を並べてくる。


「それに、マッドサラマンダーといえば比企(ひき)財閥系の会社だ。さすがに財閥を敵に回すことはしたくないだろう?」


「どうして一ハンターの勧誘に財閥が出てくるんです?」


「いや、あくまでも可能性だよ。こういうことは色々と考えておかないといけないからね」


 どうしてそこまで考えないといけないのかという疑問はまったく拭えなかった。とりあえず説得させるために使える話を出しているようにしか見えない。


 成田が色々と話をしてくるが、マッドサラマンダーの体堂という社長がミーニアさんに執着していることくらいしかわからなかった。そして、その説得の方法はまともではなく、ミーニアさんにその気もない。となると、僕の返事は一つだけだ。


「すいません。やっぱり説得には応じられません。何を言われても同じです」


「敵対する相手を間違えると、ろくな目に遭わないぞ」


 断った途端に表情と態度を変えた成田だったけど、僕には全然怖くなかった。殺意もなければ凄みもないのに肩を怒らせても滑稽なだけだ。


 軽く一礼をすると僕はさっさと射撃場へと向かった。

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