気になること
二学期の中間テストが終わった僕は一安心していた。テストの点数はわずかに上がっただけだけど、下がったわけじゃないから父さんと母さんも何も言ってこない。
この結果に満足してテスト直後は思い切りだらけた、ら良かったんだけど、ソムニ先生の勉強、筋トレ、射撃訓練、格闘術、剣術が早速復活して忙しい。
一日が終わって自室のベッドに転がった僕が愚痴を漏らす。
「たまには休ませてよぉ」
「毎晩この時間は自由時間なんだからいーじゃない」
「それじゃ刑務所の囚人みたいな生活じゃないか。もっとこう自由に活動できる時間を」
「その自由な活動ってのがジュニアハンターの活動じゃないの? それとも他に何かやりたいことでもできた?」
「別にないけど、もっと高校生らしい時間の使い方があってもいいんじゃいかなって思うんだ」
「どうせベッドでゴロゴロしてネット見るだけでしょ。しかも似たようなのばっかり」
正にぱっと思いついたことがそれだった僕は反論できなかった。いきなり何かやると言っても、発想がいつもの生活の延長線上しかないのは悲しい。
そんな僕に対して室内を漂うソムニが一つの半透明の画面を寄越してくる。
「そんなことより、面白い話があるんだから聞いて! 以前遺跡探索したときに地下でデータを見つけたでしょ。あれの解析を進めてたんだけど色々面白いことがわかったわ!」
「待って、あのデータって全部渡したんじゃないの?」
「渡したわ。アタシが持ってるのは複製よ」
「それってまずいんじゃ?」
「まーねー。けど、あの遺跡で見覚えのあるところがあったから、アタシ個人としても気になったから調べたかったのよ」
「確かにそんなことを言ってたね」
地下一階を調べていたときのことを僕は思い出した。宿泊施設に差しかかったところでソムニが突然騒ぎ始めたんだ。来たことがないのに訪れた経験があると。
違法なことをすることは反対の僕でも、あのソムニの主張は気になっていた。
目の前に差し出された画面には、中央やや上よりに純化計画と書いてある。右下には日付らしい数字の並びと純化委員会という文字が飾り毛なく記述されていた。
表紙らしいそのページを目にした僕が記載された言葉をそのまま口にする。
「純化計画? 百年以上前って随分古いね。何かのプロジェクトかな?」
「平たく言うと、お金持ちや権力者が永遠の命を得るための計画よ」
「永遠の命? そんなことできるの?」
思い切り不審な声を僕は上げた。おとぎ話や伝説でそういう話はよく聞くけど、昔とはいえ現実の世界であるとは思っていなかったからだ。
もちろんそれに近いことを研究開発していることは僕も知っている。怪我や病気に強い肉体を求める超人化、生体部位を機械に置き換える脱生物化あるいはサイボーグ化、コンピューター上に記憶と人格を移す仮想化なんかだ。
そんな知識を前提としてソムニが説明してくれる。
「死にたくないと思っている人達の中でもお金持ちは最初超人化で死を回避しようとしたみたいなんだけど、一時期異世界と繋がったときに持ち込まれた魔法の存在を知って別の手段で不老不死を求めようとしたのよ。それがこれ」
「でも、そんなの実現したって聞いたことないから、結局失敗したんでしょ?」
「どうなのかしらね。失敗したというよりも中断したという方が正しいんじゃないかしら」
「なんで中断したの?」
「大厄災」
「あれかぁ」
僕は納得してしまった。海面が四十メートルも上昇した突然の災害のことだ。このせいで世界の沿岸部が海没してしまい、僕達人類は何十年も停滞してしまった。
どうりで成功した話を聞かないはずだと思った僕だけどすぐに首をかしげる。
「でも待てよ? ということは途中まで成功していたわけ?」
「恐らく。人間の魂と記憶を精霊と融合させて不老不死になろうとしてたみたいなんだけど、部分的には成功していたみたいなの」
「マジで!?」
思わず僕は目を剥いた。研究がかなり進んでいたなんて意外だ。そういったことは大抵失敗するものだと思っていたのに。
「ということは、不老不死になった人がいるってわけ?」
「手に入れた資料だとよくわからないの。あのデータベースって大半が消去されてたから」
「ソムニがその成功例って可能性はあるのかな? なんかそれっぽく思えるんだけど」
「アタシが閉じ込められていた場所が純化計画と関係のある施設だったら可能性は高いと思うわよ。問題なのは、アタシに人間のときの記憶がほぼないって点ね」
「ソムニが成功例だとしたら、記憶はどこに行っちゃったんだろうね。あの宿泊施設の記憶は人間だったときの記憶って言われたら納得するんだけどなぁ」
「どーでしょ。成功例じゃなかった場合は、そもそもアタシって何者よっていう疑問が湧いてくるんだけど」
肝心な部分のデータが存在しないらしいため、僕とソムニは首をかしげるばかりだった。
二人してうんうんと唸っていると、パソウェアがミーニアさんからの通話を知らせてくれた。
何事かと思いつつ僕は通話機能を立ち上げる。
「こんばんは、ミーニアさん。どうされました?」
『大変申し訳ないのですが、しばらく一緒にハンター活動をすることができなさそうですので、それを伝えるために連絡しました』
「ええ!?」
突然の衝撃的な言葉に僕とソムニは驚いた。金銭的には困っていないミーニアさんがハンターとして活動できない状態が僕には想像できない。
それはソムニも同じだったらしく、僕より先にミーニアさんへ質問する。
「どうしたのよ、いきなり。アンタが活動できないなんてよっぽどのことじゃない」
『ここ数日厄介な勧誘をされていまして、なかなか振り払えないのです』
「具体的には?」
『複数の男が代わる代わる一定時間わたくしを自分の組織に勧誘しようとするのです。所構わず。しかも一度は誘拐されかけました。幸い、大した手合いではなかったので撃退できましたが』
「そんなことになってたんですか!? 警察には相談しました?」
『しましたが、証拠となるものは何もなかったので対応できないと言われました』
「うわぁ」
知らない間に大変なことになっていて僕は驚いた。思った以上に無茶苦茶だ。
今度は僕が尋ねてみる。
「どうしてそんなことになったんです?」
『以前、体堂という男のナンパのような勧誘を断ったのですが、それ以来下柳という男を中心に付きまとわれているのです』
「うわぁ」
「調べたら出てきたわ。体堂剛ってマッドサラマンダーっていうハンター派遣会社の社長ね。下柳勇太はその部下よ」
僕がドン引きしている間にソムニが相手のことを調べてくれた。写真画像を見せてくれたけど、体堂は浅黒い肌で強気な感じの男だ。一方、下柳は金髪に耳ピアスをしていて一見するとチンピラ風に見えた。
画像を見てちょっと嫌そうな表情をしているとソムニが言葉を続ける。
「比企孝史っていう財閥総帥の方針もあって、マッドサラマンダーも強引な経営をしてるみたい。ちょこちょこと問題を起こしてるわね」
『わたくしも噂でその話は聞いたことがあります。しばらくしてまだ諦めないようでしたらもう一度警察に相談します。ですので、しばらくは待ってもらえませんか』
「それは構いませんけど、大変ですね」
心底同情しながら僕は慰めの言葉をミーニアにかけた。僕だったら震え上がっていたかもしれない。ミーニアさんは精神的にかなり強いんだろうな。
思わぬところで問題が発生して僕はため息をついた。