限界を超えたとき(住崎健太郎視点)
最初、ベースキャンプの警備だけにしては集めたハンターの数が多いなと思っていた。
仕事が始まってからはぼんやりと立ってるだけだったから隣の中尾に話を振ってみる。
「中尾。なんで警備にこれだけのハンターを集めたんだろうな?」
「それだけ魔物の襲撃の可能性が高いからだろう」
「けどよ、魔窟内にもたくさんのハンターが入って魔物を駆除するんだぜ? そんなに必要だとは思えねぇんだよな」
「確かにそうかもしれんが、あんまり募集人数を絞られていたら、俺達が参加できなかった可能性も高くなっていただろう」
指摘されてオレは初めてその点に気付いた。痛し痒しってやつだな。
次々と魔窟に入っていくハンターを羨ましく思いながら見送った後は、周りの景色を見てるだけになる。正直、すっげぇつまんねぇ。
それでも中尾と一緒に真面目に突っ立って警備をする。同じく近くで立ってる思田さんはあくびをしてるし、夢野さんは杖に寄りかかって半分寝ていた。
そんな感じで午前中は何事もなく過ぎる。ようやく昼休みになって支給された弁当を見たときは嬉しかった。学校で授業から解放されたみたいな感じな。
乗ってきた自動車の扉を開けっぱなしにして座り、とんかつ弁当をパクつく。意外にイケるな、これ。
「あ~、昼からも立ちっぱなしかぁ。だりぃなぁ」
「何事もなくていいじゃないか」
「だぁもうお前は! ジュニアハンターなんだからもっとこうガッと行こうぜ! そんな年寄りみたいなこと言ってんじゃねぇよ」
「年寄りとは心外だな。俺は慎重なだけだ」
「いっつもそうじゃねぇか。たまには冒険心っつーの? そーゆーの見せねぇと」
「ここでそんなガッとしたことがあると、大変なことに」
空の弁当箱を丁寧に片付けていた中尾の言葉が途中で止まった。その理由は俺の目の前に表示されたメッセージと同じものを見たからに違いない。
「魔力噴出警報ぉ? なんだこりゃ?」
「ウソだろ。本当にこの警報が出たのか」
「おい、中尾。これって」
「魔力噴出の兆候が出たってことだろ。ということは、その後に魔物の大量発生があるってことじゃないか」
真剣な中尾の表情に押されたオレは生唾を飲み込んだ。けど同時に、これって活躍するチャンスだとも思った。
とりあえず立ち上がったオレは自分の武器をチェックする。強化外骨格とボディアーマーは装備しっぱなしだ。中尾もオレの隣でチェックを済ます。
そこへ思田さんと中野さんがやってきた。どちらもテンションがちょっと高い。
「住崎、中尾、メッセージは見たな! 魔力噴出の後は魔物が大量に来るぞ! このチャンスでのし上がってやろうぜ!」
「はい二人とも! バンドよ! これさえ付けてたら魔力噴出なんて怖くないからね! みんなにいいところを見せちゃお!」
夢野さんからもらった魔力用リトマス試験バンドを左手に巻き付けながら、オレは安心していた。この状況を喜んでるのはオレだけじゃなかったんだ。
一気にテンションが上がったオレは勇んで思田さんに続いた。持ち場は午前中ずっと立っていた場所だ。
魔窟の入口がある方を見ると、何人ものハンターがベースキャンプに向かって走ってきているのがわかった。
しばらくすると、ハンターに混じって魔物も混じるようになってくる。それに比例して銃声も聞こえるようになってきた。
「よっしゃ、来いよ。返り討ちにしてやる!」
目の前で他のハンターが魔物を倒していくのを見てオレも奮い立った。早くこっちに来いと祈りさえする。
その祈りが通じたのか、魔物の数が急激に増えた。前の方で戦っているハンターだけじゃとても捌ききれない数で、次々にベースキャンプへと近づいてくる。
「住崎、中尾、来るぞ! 気合い入れろよ!」
「はい!」
「了解!」
オレ達二人は大きな声で返事をして小銃を構えた。まずは小鬼長三匹、これは楽勝だ。三点射撃を一匹に打ち込む。
隣の中尾も同じように仕留めた。もちろん思田さんもだ。
続いて上位犬鬼四匹、今度は夢野さんの火球も加わえてきっちり一回で仕留める。
「はっ、楽勝だな。これくらいならオレにだってできるんだよ」
「何を言ってるんだ、住崎?」
「そうだよな! おれ達にとってこんな程度楽勝だよな!」
「つらくなったら、あたしが華麗に魔法で仕留めてあげるからね!」
中尾の言葉は思田さんと夢野さんの励ましの声にかき消された。
更にテンションが上がったオレは銃を構え直して次の敵に備える。
以後しばらくは調子良く魔物を狩り続けた。ノリはシューティングゲームみたいなモンだ。これならいくらでも戦える。
けど、だんだんとつらくなってきた。魔物の数が増える一方だからだ。戦闘音に人間の悲鳴も混じっていることに今更気付く。
魔物に接近されて対魔物用小型鉈で攻撃を防ぎつつ拳銃を撃ち込んで倒すことも増えてきた。このまま踏みとどまっているのはヤバイ。
横で戦っている思田さんが泣き言を言っている。
「ちくしょう! なんでこんなに数が多いんだよ! 前の連中は何やってんだ!」
同時にさっきから魔法攻撃がないことにも気付いた。ふと後ろを見ると、まるで冷凍庫に入ったかのように真っ青になって震えてる。
「夢野さん、どうしたんすか?」
「あぅ、違う、こんな、こんなはずじゃ。あたしはもっと上にいける」
目を全開にして何かつぶやいている姿は明らかにヤバかった。けど、また魔物が来たからそれどころじゃなくなる。
それでも不安だったから隣の中尾に声をかけた。
「中尾。夢野さんの様子なんかおかしくねぇか!?」
「夢野さん? おい、あのバンド赤いぞ!」
驚く中尾に続いてオレも見たかったけど、目の前の魔物を倒すのに忙しくて振り向けなかった。何となく不安だったから早く見たかったけど、中尾が言っていることがどういうことなのかすぐに理解する。
「アアアアアアアァァアアァ!」
「ゆめ、がっ!?」
後ろから叫び声が聞こえたかと思うと、横からうめき声が聞こえた。さすがに顔を向けると、夢野さんの格好をした化け物が思田さんの首を鋭い爪で抉っている。
オレには何が起きているのかわからず呆然とした。動かないといけないとわかっているのに体が動かない。
そのとき、オレは左肩を後ろに引っ張られた。よろめくオレの代わりに前に出た中尾が銃を撃って夢野さんの格好をした化け物を倒す。思田さんの体ともつれ合うように二つの死体は地面に倒れた。
「住崎、何やってるんだ! ぼさっとしてるんじゃない! 周りは魔物だらけなんだぞ!」
「あ、ああ」
ようやく正気に戻れたオレは近づいてくる魔物を銃撃する。途中気になったから自分のバンドを見たけど、ほとんど青色だった。
ずっと後になって、魔法を使える者ほど魔力の影響を受けやすいと聞いた。夢野さんが魔力の悪影響を受けたのはそのせいらしい。ただ、この時点ではまだそんなことは知らないから、ただバンドが青いというだけでオレは安心した。
それでも、周りが魔物だらけなんだから、相変わらずピンチなことに変わりはない。オレは焦りながら中尾に話しかける。
「何とかならねぇのかよ!?」
「近くの誰かに合流すれば」
「どこにいんだそんなやつ!」
確かにハンターの姿はちらほらと見えるけど、そこに行くまでに魔物がうようよいた。二人だけでそこまで行ける気がしない。
それでも、何とかしないとこのままじゃオレ達も死んじまう。それは絶対にイヤだ!
今になって怖くなってきたオレは、半泣きになりながら中尾とハンターのいる方向へと進み始めた。