魔物の大量発生
地下二階にいる僕とミーニアさんは十字路から迫ってくる魔物を迎え撃っていた。僕が赤枠に囲まれた魔物に銃弾を撃ち込んでいき、ミーニアさんが魔法で足止めしたり貫いたりしていく。
背後の階下から聞こえる銃撃音はもう間近だ。反響して聞き取りにくいけどハンターの声も聞こえる。
『大心地、ミーニア、聞こえるか! こっちは階段まで戻ってきた!』
「今十字路の手前で応戦してます! ただ、数が多くて!」
『そっちもか! 今から俺達は上に上がる! よし、そいつを担いで行け!』
通話機能越しに向こうの状況が伝わってきた。体調不良のハンターをペアの相棒が担いで最初に階段を登り、残る三組が順次一組ずつ駆け上がってくる。
まずは全員が地下二階まで戻って来ることができた。次は僕達も含めて地下一階に上がらないといけない。
ところが、ここで異変が起きた。体調不良だったハンターが猛烈に苦しみだしたんだ。
「あぐぁ、あああぁぁ!」
「おい、もうすぐここから出られるんだ! しっかりしろ!」
「アアアア!」
肩を貸していたハンターを突き飛ばし、その人はふらつきながら廊下へと出てきた。
戦闘中に振り向いてその様子を見たミーニアさんが顔を歪ませる。
「あの男はもう手遅れです。魔物化しますよ!」
「ガアァァ!」
体をかきむしっていたハンターの形状が人間からそれ以外へと変化した。全身毛だらけになり、口はせり出して犬のようになる。更には手の爪が鋭く尖るように伸びた。以前見た狼人間に似ている。
その元ハンターが変異するのに気付いていたのはミーニアさんだけじゃない。隊長以下のハンターもみんな気付いていた。
突き飛ばされたハンターが素早く起き上がると、元仲間に小銃を向けて引き金を引いた。
本来ならそれで終わっていたと思う。けど、その魔物になったばかりのモノはハンター装備を身に付けたままだった。ボディアーマーによって銃弾は防がれてしまう。
更には強化外骨格によって増幅された筋力で、その魔物は撃ったハンターに飛びかかった。反応しきれなかったそのハンターは喉を爪でかききられてしまう。
これで階段の均衡は崩れた。二階にいた隊長ペアの一人が発砲したけど、やっぱりボディアーマーに防がれて同じく喉を切り裂かれる。同士討ちを恐れた隊長は対魔物用大型鉈を使おうとしたけど間に合わずに右腕を傷つけられ、喉元を食いちぎられた。
「くっそ、やりやがったなぁ!」
「ガアアア!」
地下一階と地下二階の間にある踊り場でその様子を目の当たりにしていた荒神さんは、ペアのハンターと一緒に魔物へと銃を撃った。同時に何発もばらまくように撃ったので、さすがに何発かは元人間の魔物に命中する。
「ギャン!」
さしもの魔物でも痛かったらしく、強化外骨格を装備した魔物は地下三階へ通じる階段へと転げ落ちた。
階下の階段へと姿を消した魔物を見た荒神さんが目を見開く。
「やばい、そっちにはまだ」
「おい、なんだこいつ!? 上から魔物が来た!?」
「くそ触んじゃねぇ! ぎゃあぁぁ!」
地下二階と地下三階の間にある踊り場で魔物の侵攻を防いでいた二人のハンターが、挟み撃ちに遭った。すぐにその声は聞こえなくなり、地下二階へと魔物が登ってくる。
僕とミーニアさんはその様子を声だけで聞いていた。けど、背後に魔物の姿が現れたことでどんな状況になったのかを察する。
「荒神さん、そっちはどうなってるんですか!?」
『残ったのは俺のペアとお前のペアだけだ! しかも、二階に魔物が溢れてきやがった! 早く戻って来い!』
「そんなこと言われても! ミーニアさん、行けます!?」
「二階の階段付近の魔物を倒す間、ここを引き受けてもらえるのならば」
”優太、やるわよ!”
「行ってください!」
ちらりと目を向けて僕が叫ぶと、ミーニアさんは攻撃をやめてその身を翻した。
すぐに正面へ向き直ったその先には赤枠がいくつも重なっている。正直なところ、僕だけならこれらを食い止められる自信はない。
けれど、ソムニは違った。いつも通りの調子で僕に話しかけてくる。
”赤枠の横に番号を振ったからその順番に撃って! 短時間なら防げるわよ!”
返事をする間もなく僕は銃を撃ち続けた。倒しても倒しても次々に現れる魔物の姿を普段なら怖いと思っただろう。けど、実際にその場にいると怖いと思う余裕すらない。
ソムニの言う短時間がどのくらいかはわからないけど、僕は倒れた死体を乗り越えてやって来る魔物を倒していく。さすがに延々とやっていると少しは慣れてきた。
そんなとき、後ろからミーニアさんの怒鳴り声が聞こえてくる。
「荒神、あなた!」
「こっちも手一杯なんだよ!」
”同士討ちしかけたみたいね。さすがにあの狭い空間だと銃を使うのは厳しいと思うわ”
背後の様子を確認する余裕がない僕はその話を聞き流すしかなかった。何か思っている暇があったら今は一匹でも多くの魔物を倒さないといけない。
でも、そんな奮闘が報われるとは限らない。背後から更にミーニアさんの声が聞こえる。
「大鬼に黒妖犬!? こんなときに!」
”優太、背後から黒妖犬が二匹!”
驚く暇もなく僕はその場を飛び退いた。次の瞬間黒妖犬が僕のいた場所に突っ込んでくる。口を閉じたときに歯のぶつかる音が聞こえた。
反射的に左手で引き抜いた対魔物用小型鉈で僕は目の前の黒妖犬の首を切り落とす。前の鉈と違ってあまりにも簡単に切れたから目を見開いた。
直近の危機を脱した僕だったけど、これによりかろうじて支えていた十字路からの魔物の侵攻を許してしまう。僕はもちろん、階段付近にいるミーニアさんにも襲いかかった。
すぐにソムニが反応する。
”ミーニア、アンタはそのまま上に上がって避難して! こっちは何とかするから!”
「わかりました! 荒神、今からそちらに行きます!」
「おい、大心地はどうすんだ!?」
「脱出方法があるようですので気にせずに!」
何も聞かされていない僕はそんな方法を知らなかった。けど、そんな僕の内心なんてお構いなしに状況は進んでいく。
ミーニアさんが階段の方へと姿を消すとすぐにそこから魔物の姿があふれ出した。同時にソムニから指示される。
”十字路の左からは魔物が来ていないから、まずは底に飛び込むわよ! その後はひたすら奥まで走って!”
もう迷っている余裕もない僕は、目の前に現れた半透明の自分の姿に合わせて体を動かした。近づいてくる魔物は銃で撃ち倒し、目の前を横切ろうとする魔物は対魔物用小型鉈で切り伏せる。
ただひたすらソムニの計算を信じて僕は突き進んだ。十字路にたどり着くとそのまま転がるようにして左折する。
その先にはあまり魔物がいなかった。普段と比べると明らかに多いんだけど、ついさっきまでが異常だったから感覚がおかしくなっている。
左の通路に入ると僕は指示通り足を繰り出した。今はもう半透明な自分の姿はないけど、この程度なら避けながら走ることはできる。
”通路の突き当たりまで行ったら、左側にある扉の制御盤に手を触れて! 三秒でいいから!”
理由もわからず走りきった僕は言われた通り扉の横にある制御盤に右手で触れた。その間に迫ってくる魔物は左手に持ち替えた小銃で迎撃する。
すると、きっかり三秒で扉が開く。
”入って!”
言われるまでもなく僕は文字通り飛び込んだ。次の瞬間扉が閉まる。
一回転した僕は埃まみれになりながら立ち上がった。ここがどこだかわからない。
赤暗い中、ソムニの声がかかるまで僕はじっとしていた。