魔力濃度
色々な研究をするところだったらしい地下二階は割と危険だということが判明した。しかも、遺跡そのものよりも壁の亀裂から侵入してきた魔物が危険だという話だ。
魔物と戦っていたペアも含めて今は全員が隊長の下に戻っていた。それを機に隊長が本部と相談をしている。
「厄介だな。いっそ亀裂にコンクリでも流し込んで塞いじまった方がいいんじゃないか」
荒神さんがため息をついた。遺跡の仕掛けなんかは一度排除したらそれまでだけど、魔物はいくらでも入ってくる。僕は荒神さんの案は良いのではと思った。
そんなことを考えていると、本部との話が終わった隊長が僕達へと目を向けてくる。
「この地下二階の探索は一旦終了とする。階段の出入り口にペアを一組置いて、残り八人は地下三階を探索することになった」
「魔物を一掃しなくてもいいのか?」
「まずは遺跡全体の様子を大まかにでもいいから知ることを優先するそうだ。ここはとりあえず魔物が危険とわかったことで良とするらしい」
とある隊員の質問に隊長がはっきりと返答した。
そうなると問題は誰が地下二階の階段を守るかだ。隊長が僕達に顔を向けてくる。
「ミーニア、大心地、お前達は階段の出入り口を守ってくれ」
話が決まると、僕とミーニアさん以外の探索チームが階下へと向かった。しばらくは足音などが聞こえていたけど、それもやがて小さくなって消える。
じっとしていると無音になる場所で僕は顔を巡らせた。僕達は階段の前の通路に出て十字路側に体の正面を向ける。
「見張るならここかな」
「そうですね。魔物の進撃路も一方向に限れるので楽です。ところでソムニ、この地下二階で記憶に残る場所はありましたか?」
”それがないのよね。宿泊施設の記憶があるなら、絶対こっちも覚えてると思ったのに”
かなり不満な様子がソムニの口調からわかった。僕も何かしら期待していただけに肩透かしを食らった気分だ。
僕達二人はパソウェアの通話機能を点けっぱなしにしているので、隊長達の定時報告なんかを逐一聞いていた。すると、階下の様子が少しずつわかってくる。
報告をまとめると、地下三階は実験で使った生物の保管庫らしい。犬や猫のような馴染みのある動物から元は一体何だったのかわからない生物まで多種多様だという。いずれもミイラ化や白骨化しているそうだ。
けれど、その中に結構な割合で人間もあったということを聞いたときはさすがに驚いた。このときばかりは階下にいたハンターの声がうわずったり詰まったりする。
通話の内容を聞きながら僕は眉をひそめた。生物実験の施設だとは聞いていたけど、人体実験をしているとは聞いていなかった。思わずミーニアさんを見る。
「ここって、何のための施設だったんでしょうね?」
「わたくしにはわかりません。ろくでもないことをしていたのは確実でしょうけど」
「ソムニが上の宿泊施設の記憶があるっていうことは、何か関係していたのかな」
”アタシはそんな実験していない、と思うわよ”
「僕はする方というより、される方だったんじゃないかなって思ってるんだけど」
”アタシが? でも、ここの記憶はあっても、ここに来たことはないわよ?”
「その記憶の持ち主かもしれないじゃないか」
指摘されたソムニは黙り込んだ。記憶だけしかない状態では反論しようがないとは思う。でも、ミーニアさんの他人の記憶を拾った説が正しいように僕は思うんだ。
そのままみんな黙っている間にも下の探索は続いている。今では魔物との戦闘も始まったようだ。
階下の様子を聞きながら僕は疑問を口にする。
「この地下二階から魔物が下りて行ったのかな?」
「その可能性は恐らくないでしょう。目の前にある十字路からこちら側には、わたくし達の足跡しかないのですから」
「つまり、下にも壁に穴が空いている所があるってことですか?」
「恐らくはそうだと思います」
あっさりと回答された僕は顔をしかめた。これは一旦引き上げて仕切り直した方が良いんじゃないだろうか。
地下三階の探索は魔物と戦いながらも進む。定時報告は相変わらず続けられているが、魔物が保管庫内の破壊できるものを壊した跡が散見されるという報告が増えてきた。そして、内容物が散らばっているらしい。
「下に行かなくて良かった」
「わたくしも同感です」
生物の死体が散乱しているところを想像した僕達は顔をしかめた。
不機嫌そうにまた僕達が黙ると、今度はソムニがつぶやく。
”ねぇ、奥から魔力が流れてきてるわよ。八王子魔窟の一番奥に行ったときと同じやつ”
「いやでも、ここって遺跡だよ。どこから魔力なんて、あ」
地下二階の奥の壁に結構な穴が空いていたことを僕は思い出した。そして恐らく、あの先の裂け目は魔力噴出の起きたところに繋がっているんだろう。
僕はすぐにでも隊長達に知らせようとして固まった。
「魔力の濃度が高くなってきていることをどうやって知ったか説明できないぞ、僕は。ミーニアさんは濃度が高くなってきたって感じますか?」
「まだわかりませんね。ソムニは流れてきていると言ってますから、この辺りはまだ大したことはないのだと思います」
”下にいるハンターって魔力用リトマス試験バンドなんてしてないわよね。ちょっと危ないんじゃない?”
「崩れた壁から比較的遠いここにまで魔力が流れてきているとなると、奥はかなり魔力濃度が高くなっているでしょうね」
「下の魔物が地下三階の裂け目から侵入してるとなると、それじゃ下からも」
思っていることを口にしていた僕は最後まで言い切れなかった。通話機能越しにハンターの一人が体調不良を訴え始めたのが聞こえたからだ。
『うげぇ、なんだこれ? なんでいきなり気持ち悪くなるんだ?』
『おいおい勘弁してくれよ、この忙しいときに体調不良かよ?』
『ウソだろおい!? 干物みてぇな保管物が動き出したぞ!』
『魔物の数が急に増えてねぇか!? まずいから一旦戻るぞ!』
今まで穏やかだったのが嘘のように地下三階の様子が慌ただしくなった。
さすがにこのまま黙っているのはまずいと考えた僕は隊長に進言する。
「隊長、本部に何か異変が起きていないか確認したらどうですか? 崩れた壁の奥が魔窟に繋がってる可能性もありますから」
『わかった! 本部、聞こえるか!?』
『聞こえている。悪い知らせだ。魔窟で魔力濃度が急上昇しているらしい。しかも魔物の数も増えているそうだ』
『あっちで!? ってことはこっちでおかしなことになってんのも!』
『恐らく。全員一旦退避してくれ』
『くそっ、簡単に言ってくれるな!』
今まで通話機能越しに聞こえていた戦闘音が階段の下から聞こえてきた。いよいよここも戦場になるときが近いらしい。
次第に精神的な余裕がなくなっていくのを僕は自覚する。そして、更に追い打ちをかけるように目の前から魔物がやって来た。小鬼長、狂犬鬼、豚鬼だ。
射撃を始めながら僕は隊長へと報告する。
「地下二階の奥からも魔物が多数やって来ました! 現在交戦中です!」
『わかった! なるべく急ぐから何としても踏ん張れ!』
ここを突破されると一階へ続く道が遮られてしまう。それは何としても防がないといけない。僕とミーニアさんは少し十字路側へと進んで魔物の侵攻を食い止めようとする。
目の前の赤枠に向かって僕は次々に銃弾を撃ち込んでいった。けれど、次に魔物が現れるせいで一向に減らない。ミーニアさんも攻撃しているのに。
次第に焦りながらも僕はひたすら銃を撃ち続けた。