魔力噴出の兆候(大海真鈴視点)
魔力噴出によってできたばかりの洞窟を魔窟と呼んでいいのかわからないけど、とりあえず魔窟と呼ぶことにしよう。
魔物の大量発生共々一段落して落ち着いた裂け目にわたし達の探索チームは朝一番で入っていった。まだできたばかりということもあって、何十年も経た魔窟とは全然違う荒々しさが剥き出しの岩から感じ取れる。
中はまだ真っ暗でヘッドライトがないと何も見えない。
「普通の魔窟と違って壁が光ってくれないんだねぇ」
「まだ魔力が壁に定着していないんだろうな。もっと奥に行けば、明るいかもしれない」
「照明灯を設置してくれたらいいのに」
「魔物が襲ってくるとわかってるから、まだ危なくてできないと聞いたぞ。設置されるのは俺達が魔物を駆除してからだろうな」
「それじゃ遅いんですよぉ」
あたしの不満に木岡が真面目に返答してくれた。
今回の魔窟探索は探索と称しているけど、実質的には魔物の駆除が中心なんだよね。だから、探検隊みたいな感じじゃなくて、ハンターチームがそのままたくさん魔窟へ入っている。
入口からしばらくはハンターがたくさん列を成していた。いずれも四人から六人のチームで次々と枝分かれする通路に分かれていく。
「それじゃ俺達はあっちの裂け目に行く」
「気を付けろよ。どんな魔物が出てくるかわからんからな」
枝道が現れる度にチーム単位でハンターがいなくなると、入口から続く太めの通路の人影は減っていった。
わたし達ジュニアハンターのチームであるウルフハウンズは、前に組んだことのあるハンターチームと一緒に大きめの通路を進んでいる。さすがに単独では行動させられないという本部の判断で同行してもらっているんだ。
たまに銃声音が前から聞こえてくることがある。先行しているハンターチームが戦っている証拠だ。
一時間ほど歩くと、わたし達もいよいよ真剣に武器を構えないといけなくなる。ハンターチームが同行してくれているとはいえ、わたし達ウルフハウンズも戦力の一角だしね。
最初に出会った魔物は上位犬鬼だった。四匹が一斉に突撃してくる。
「迎え撃て!」
大雑把なかけ声をリーダーの上松さんが下した。戦闘支援機能によって各自の担当する魔物が指示されるからこその雑さだね。
充分引きつけてから四人で一斉射撃を始める。あたしも一匹仕留めた。上位犬鬼程度だったら今のあたし達の敵じゃない。
そうして魔物を倒しながら魔窟のおくへと進んで行く。気がつけば入って二時間が過ぎていた。
同行してくれているハンターチームのリーダー赤村さんが立ち止まると、あたし達も遅れて足を止める。
「休憩しよう。上松、本部に報告をしておくんだぞ」
「了解です。大海と木岡は先に休憩してくれ。こちら上松、本部聞こえますか」
わたしと木岡さんへ指示するとリーダーは本部と連絡を始めた。
背伸びをしてからわたしは近くの壁に座り、小さくあくびをする。思ったよりも疲れているのかもしれない。そこまで激しく動いたわけじゃないんだけどな。
近くに腰を下ろした木岡さんが水筒の水を飲むと小さく息を吐き出した。
それを見たわたしも水筒を取り出してストローに口を付ける。中に入っているのは清涼飲料水なんだ。
一息ついたわたしに木岡さんが声をかけてくる。
「いつも通りと言えばいつも通りだな。もっときつい戦いを想像していたんだが」
「それでもどんな魔物が出てくるのかわからないから地味につらいです。赤村さんのチームがいなかったら、こんなに順調に進んでないと思いますよ」
「それは言えてる。でも、魔力噴出直後の魔窟としては魔物の数が少ないと思わないか?」
「どうなんだろう」
考えたこともないことを尋ねられたわたしは即答できなかった。単純に魔物の数が少ない方がいいと思うんだけど、木岡さんの口調だとそうは思ってないみたい。
結局そこで会話は途切れた。木岡さんもそれ以上追求してこなかったところを見ると、そこまで深刻に考えて話をしていたわけじゃないんだろうな。
やがて休憩交代の時間がやって来た。わたしと木岡さんは立ち上がって前に出る。
ヘッドライトを点けた先を見つめるけど真っ暗だ。戦闘支援機能を立ち上げているから魔物が現れても視界範囲外から攻撃できるけど、やっぱり怖いものは怖い。
不安をごまかすようにわたしは左手首に巻き付けられた魔力用リトマス試験バンドへ目を向けた。通常は青色で、強い魔力に曝されると赤くなる。魔力濃度が高い場所に長時間いると人間はおかしくなりやすいため、自分の環境を確認するための道具なんだ。
今のところはまだ青色だから安心する。他の人も変化したとは聞かないからまだ大丈夫なんだろう。
「そっか。壁が光るくらいの場所って、この魔窟だと魔力濃度が高いんだ」
ばらばらに考えていたことがたまたま繋がったせいで、わたしは思わずつぶやいた。隣に立っている木岡さんはわたしに目を向けてきたけど黙ったままだ。
何かに妙に納得できてしまった私は非常にすっきりとした気分になれる。これなら今日一日頑張れる気がした。
機嫌が良くなったわたしは改めて警備に集中しようとする。
そのとき、生ぬるいそよ風が通路の奥から流れてきた。特に臭いがするわけでもないただのそよ風。けど、今までの単なる空気の流れというようなかすかなものではない。
わたしは眉をひそめた。どうしてこんな風が吹いてきたんだろう。
「木岡さん、魔窟内って風が吹くものでしたっけ?」
「風? そりゃ吹くところは吹くだろう。アメリカに行ったときももっときつい風が吹いていたじゃないか」
「ああ、質問の仕方が悪かったですね。魔窟内って風が吹いたり止んだりするんでしたっけ? 今さっき、そよ風が吹き始めましたよね」
「え、ああ」
最初はわからないという表情だった木岡さんだったけど、尋ね方を変えると言いたいことを理解してくれたみたいだった。
そうして何気なく木岡さんの魔力用リトマス試験バンドへと目を向けると、青色でないように見えた。嫌な予感がしたわたしは自分のものを見る。
「うそ!? 変色してる!」
「おいどうした? なんだと!?」
わたしの行動を見て訝しんだ木岡さんが、自分の魔力用リトマス試験バンドを見て驚いた。
急いでわたしはみんなに伝える。
「みんな、バンドを見て! 変色してない? わたしのは青色じゃなくなったんだけど!」
「なんだって? うぉ、ほんとだ!」
「オレのも変色してるぞ。なんでいきなり!?」
自分の魔力用リトマス試験バンドを見た人が次々に声を上げた。これはかなりまずいんじゃないのかな。
リーダーである上松さんと赤村さんが揃って本部に連絡を始めた。残りのメンバーはみんな起き上がっていつでも動けるように待機する。
先に本部との話を終えたのは赤村さんだった。通話機能を切ると私達に指示を出す。
「本部との話はついた。すぐに脱出するぞ!」
「他のチームへの連絡はどうするんですか?」
「それは本部がやってくれる。俺達はとにかくこの魔窟から脱出するのが最優先だ。ウルフハウンズ、お前達が先に行け。俺達が後に続く」
わたしの質問に赤村さんはためらいなく返答してくれた。上松さんも本部との話を終えてうなずく。
「みんな出発するぞ。木岡と大海、先に行ってくれ」
「了解」
「わかりました」
全員が来た道を引き返し始めた。わたし達ウルフハウンズが先で赤村さんのチームが後だ。そのわたし達の背中に当たるそよ風が少し強くなる。
首筋を撫でる風にわたしは嫌な感じがした。