地下二階の裂け目
遺跡に入ってから約一時間後、僕とミーニアさんは隊長の下へと戻った。他のペアも続々と戻ってきて報告する。
全員の情報をまとめると、僕達が調べた地下一階は一般的なオフィスビルのようなものに近いらしい。別の場所へ繋がっていそうな通路も見つかったけど、いずれも土砂で埋まっていたそうだ。
けど、逆さL字型の付け根にエレベーターと階段があり、一番奥の端に階段がもう一つあるのが確認された。
本部への報告を済ませた隊長が眉をひそめる。
「奥の階段だけってのはもらった地図には載ってなかったな」
「後から増改築でもしたんじゃないですか? 地図に加えるのを忘れるなんてあってもおかしくないですし」
「そもそも地図のバージョンが古いって可能性もあるよなぁ」
他の隊員も想像できることを次々に口にしていった。僕もそうじゃないかなと思う。
しばらく待っていると次の行動について本部から連絡があった。僕達のパソウェアにもメッセージが表示される。エレベーター側の階段を下りろという指示だった。
それを見た荒神さんが独りごちる。
「とりあえずわかってる場所から確認しろってころか。まぁ妥当だな」
「よし、地下二階に向かう。俺達が下を回ってる間にここへ照明灯を設置してくれるそうだから、帰りは楽になるぞ。エレベーターは壊れているから階段を使わなきゃいけないがな」
隊長の命令が下ると僕達は地下に下りてきたときと同じ隊列を組んで、エレベーター横の階段へと向かった。
赤暗い室内を十人の探索隊が進んで行く。階段にたどり着くと上への道は潰れていた。
最初のペアが二人ずつ隣り合って下りていき、問題ないことを確認してからペア単位で下りていく。
階段は更に下へと続いているけど一旦それは無視をして、全員が地下二階へと下りた。壊れたエレベーターの脇を通って進むと十字路へと出る。
相変わらず一面赤暗いためヘッドライトなしでも周囲はぼんやりと見えた。何があるかわからないのでヘッドライトは極力使うなと隊長から命じられる。
暗い中でも通路の一面に埃が積もっていることは一目瞭然だった。すぐにわかった理由を見て僕は目を見開く。
「何でこんなに足跡があるの?」
僕のつぶやきを聞くまでもなく、隊長以下他のハンターもそれに気付いていた。
複数の足跡が左の通路から右の通路へと向かって続いている。十字路の真ん中で一旦あちこち動き回ったようだけど、結局まっすぐ向かったようだ。
近くにいた荒神さんがつぶやく。
「上の階には足跡なんてなかったぞ。誰がどこから来やがったんだ?」
「全員、周囲の警戒を怠るな。今から本部への報告をする。現状を維持しろ」
隊長の指示通り、十字路を中心に僕達はペア単位で通路の先を警戒した。僕とミーニアさんはは来た道だったのでほとんど立ってるだけだったけど。
僕はミーニアさんに声をかける。
「あの足跡から何かわかりそうですか?」
「豚鬼の足跡に似ていますね。数は四匹くらいでしょう」
「何で魔物が」
「この遺跡のどこかが裂けているのでしょうね。近くで魔力噴出が起きていましたから、何かしらの影響があったのかもしれません」
嬉しくない話を聞いて僕は呻いた。
その間に本部への報告と相談を終えた隊長が僕達に指示を出す。
「地下二階も今まで同様ペアで探索する。ただし、俺達以外の何かがいる可能性が高いから慎重に行動しろ。交戦は回避できない場合のみ認める。尚、無理だと思ったら退け」
今まで通り探索すると聞いた僕は不安になった。何があるかわからない状態で二人だけっていうのは危ないんじゃないかな。けど、そんなことを言ったらいつまで経っても前に進めないのも確かだ。
十字路から先、僕とミーニアさんは右側の通路を担当することになった。荒神さんのペアは左側、残り二つのペアが正面だ。例によって隊長はその場で待機する。
階は変わったけどやることは地下一階のときと変わらない。僕達は扉を見つけては開くかどうかを確認し、開いたら中に入って危険かどうかを調べた。
室内には機材が大小たくさんあり、専門知識のない僕には何が何だかわからない。床には小さな機材が転がっていたり、紙の書類が散乱したりしていた。
何度か部屋を確認してから僕はつぶやく。
「ここで何をしてたんだろうな」
「わたくしなどは、地下で作業をしているという時点で良くない印象がありますが」
「危険な作業だから地下でやっていたという可能性もあるんじゃないですか?」
「確かにそうですね」
たまに話をしながらも僕達は繰り返し部屋の中に入っていった。
あの足跡は相変わらず廊下の奥へと続いている。たまに僕達同様入れる部屋に入っているようだけど、おとなしく出て行っているようだ。
途中で脇に延びている通路は無視してまっすぐ進むと、やがて通路が左折していた。そうして再び繰り返して部屋の中を確認していくと、扉が開け放たれた部屋を見つける。それ自体は別に珍しくないけど、問題は床にある足跡の数だった。
「数え切れないくらいの足跡がありますね」
「これはさすがに報告するべきでしょう」
ミーニアさんから忠告を受けた僕は隊長に報告しようとした。そのとき、全員に対して緊急通信が入る。
『こちら荒神、小鬼長三匹が出たぞ! 現在交戦中!』
『こちら村上、こっちは豚鬼だ! くそっ、一旦退く!』
他の場所では魔物との戦闘が始まったらしい。パソウェアの通話機能からは銃撃音や魔物の叫び声も聞こえてくる。
こうなると急がないといけない。僕はすぐさま隊長に報告する。
「こちら大心地、たくさんの魔物の足跡を発見しました。扉が開きっぱなしの部屋から出てきています。今からその部屋の中を確認します」
『気を付けろ! 中にいる可能性が高いからな!』
隊長に了解と返答すると、僕とミーニアさんはその部屋の中に入って行った。室内はひどく荒らされていて、壊された機材や椅子なんかが転がっている。
けど、一番目に付いたのは大きく崩れた壁だった。その奥は裂け目のような洞窟が続いている。
「ミーニアさん、これって」
「近くで起きた魔力噴出と関係あるのかもしれません。ソムニ、魔力の流れは感じますか?」
”かすかに感じるわね。たぶん、繋がってるんじゃないかしら?”
魔力に敏感なソムニが言うのならほぼ間違いないと僕は感じた。これも隊長に報告しないといけない。
ヘッドライトを点けて大きく崩れた壁とその奥の裂け目をボディカメラで映しながら隊長と通話する。
「こちら大心地、遺跡の壁が崩れている場所を発見しました。奥に裂け目のような洞窟もあります」
『くそ、やつらそこから入ってきやがったのか! で、後続の魔物はいるのか?』
「今は見当たりません。他のペアの戦闘状況はどうなっています?」
『引き返してこい! ぱらぱらと魔物が来ているから一旦体勢を立て直す』
他のペアは思った以上に厄介なことになっていることを僕は知った。
隣で話を聞いていたミーニアさんもうなずく。
「相手が対処できる魔物だとしても、挟み撃ちにされると厄介です。役目は果たせたのですから戻りましょう」
「ソムニ、近くに魔物はいそうかな?」
”今のところはいなさそうね。近づいて来たら教えてあげるわよ”
一番魔物が多くいそうな場所に全然いないというのも不思議だったけど、今はそれがありがたかった。周囲を警戒しながら慎重に通路に出る。他の場所の戦闘音は聞こえてこない。
僕とミーニアさんは何もない間に来た道を急いで引き返した。