更に上を目差すために(住崎健太郎、中尾卓視点)
夏休み以来、そのうちでかいことをしないといけないって思ってたら、ちょうどいい仕事が依頼一覧表にあった。それがこのベースキャンプ護衛の依頼だ。
本当は思田さんが魔窟探索チームの方で応募してたらしいんだけど、そっちは選考で漏れたらしいんだよな。ま、ダメだったもんはしゃーない。
というわけで今は魔窟探索チームのベースキャンプにいる。
「中尾、お前どこに行ってたんだよ?」
「トイレだよ。別にいちいち言わなくてもいいだろう?」
「そりゃそうだけど、そろそろ装備しといた方がいいから声をかけたんだ」
「わかってる。すぐに着替えるよ」
オレが指摘してやると中尾は二人で借りてる自動車へと向かった。トランクを開けて中から強化外骨格を取り出そうとする。
既に準備が終わってるオレはその様子をぼんやりと眺めた。もうお互い何回もやったことだから慣れたもんだ。
そうしてると、後ろから思田さんに声をかけられた。振り向くとかなり機嫌がよさそうに見える。
「おっす! どうだ、準備はできてるか?」
「もちろんっす! オレはいつでもいけますよ! あ、中尾はもうちょっとかかりますけど、こいつもすぐにイケます!」
「ならいいんだ。集合時間までもう少しあるから、その間に準備は終わらせとくんだぞ」
「了解っす! ところで夢野さんは?」
「あいつは今朝メシ食ってる。いつも準備に時間がかかるからなぁ」
春以来、一緒に仕事をしてきたことを思い出したオレは小さくうなずいた。朝一から仕事をしないといけないときにちょっとだけイラついたことがある。それでも文句は言えなかったけど。
そんなことを考えてると、思田さんが別の話題を切り出してくる。
「そういや、今日は魔窟探索のチームに有名なジュニアハンターのチームがいるんだってな」
「ウルフハウンズっすよね。オレ知ってますよ。チームメンバーに同じ学校の人がいますから!」
「そうだったな。おれ達も早く実績を作って、あんな風に有名にならないとなぁ」
「そうっすよね! 今日何かでっかい魔物とか倒したら、いけるんじゃないですか?」
「おれもそう考えてるんだよ。ただ、魔力噴出の影響で大量発生した魔物はみんな片付いちまってるからなぁ」
いくら実績を作りたいと言っても魔物がいなけりゃ意味がない。オレはそれが本当に残念だった。
思わずその思いが漏れる。
「もう一回大量発生っぽいこと起きないっすかねぇ」
「こらこら、そんなぶっそうなことを言ったらダメだろう。平和が一番なんだからな」
「いやまぁそうなんすけど、それだと何もできないじゃないっすか。オレ達魔窟に入れるわけじゃないんですし」
「まぁな。けど、もしそれっぽいことが起きたとしたらチャンスだ。そんときはガンガン行こうぜ!」
「はい!」
「じゃ、また後でな。そろそろ夢野の様子を見に行かないと」
話し終えた思田さんは片手を上げて去って行った。リーダーはチームメンバーの面倒を見ないといけないから大変なんだろうな。
オレが思田さんを見送っていると、後ろから中尾が話しかけてくる。
「待たせた。準備できたぞ」
「おう、それじゃ、あ!」
中尾と話をしていると、その背中越しに真鈴さんの姿が見えた。特に何かをしている様子はないから、もしかしたらこれは話しかけるチャンスでは!
驚く中尾をよそにオレは真鈴さんに向かって一直線に歩いた。
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大海のところへ上機嫌に向かった住崎は不機嫌になって戻ってきた。遠目で眺めていたから何を話していたのかわからない。
普段なら放っておいても構わないが、これから警備をする以上は気にかけるべきだろう。そう判断した俺は声をかける。
「随分と機嫌が悪くなって戻ってきたな」
「大したことじゃねーよ」
ぶっきらぼうに返答した住崎は目を逸らせた。なるほど、同じ不機嫌でも怒っているというより拗ねている方か。これならまだ話を聞き出しやすい。
「仕事に入ってからもそんな状態のままじゃやりにくいだろう。それに、思田さんは絶対問い質してくるぞ」
「ちっ、はぁもう! あいつの話を聞いたんだよ! 大心地のな!」
「大海さんから? あいつもこのベースキャンプのどこかにいるのか?」
「こっちじゃねぇ。あっちのだ。遺跡探索のベースキャンプだよ。探索チームの一員として遺跡に入るらしい」
「それは、すごいな」
住崎の話を聞いて俺は素直に感心した。ジュニアハンターで探索チームに同行するとなると結構な実績が必要なはずだ。
そこまで考えてようやく俺は住崎が拗ねている気付いた。大心地が自分よりも先を行っていることが気に入らないのだ。春頃までは格下だった相手が気付けば格上になっているなどと知ったら、確かに心中穏やかではないだろう。
特に住崎のやつは大心地を嫌っていたから尚のこと認められないんだと思う。俺も似たようなところがあるから気持ちはわかるが、今はその考えに囚われてはダメだ。
どうやって落ち着かせようかと考えていると、住崎が先に食ってかかってくる。
「感心してる場合かよ! オレ達がのんきにベースキャンプの警備をしている間に、あいつが遺跡に潜るんだぜ!?」
「悔しい気持ちは俺にもあるが、どうにもできないだろう。それとも、何か名案でもあるのか? あるなら乗ってもいいが」
「くそっ!」
面白くなさそうに住崎が顔を背けた。案なんて聞けるとは思っていなかった俺はため息をつく。
まだ感情がすっきりとしない様子の住崎が目を逸らせたままつぶやいた。俺はかろうじてそれを聞き取る。
「いっそ魔物が大量発生したらいいんだ。それでオレ達が大活躍したら認められるだろ」
「簡単に言うが、そううまく行くとも思えないぞ」
「やってみなきゃわかんねぇだろ? あいつだって八王子魔窟でうまくやりやがったじゃねぇか」
「その同じ八王子で俺達はどうだった? あまり思い出したくないが、当の大心地に助けられたじゃないか」
嫌な思い出だが目を背けるわけにはいかなかった。出会い頭で遭遇したとはいえ、こちらは一つ間違えたら全滅していたかもしれなかったんだ。
あのとき以来、俺は思田さんと夢野さんの能力を本気で疑うようになった。正確には、能力と気位が釣り合っていないように思えるようになったんだ。
そのため、依頼の難易度と俺達の力が大きく離れていないか常に注意している。だからといって依頼を自由に選べる立場じゃないが、それでも戦場で窮地に陥る可能性が高まらないよういつも気にしていた。
今の住崎の様子は俺からすると明らかに危ない兆候だ。血気に逸って致命的なことになりかねないと不安になる。
そんな俺の心配は住崎には届いていない。更に不満を大きくした様子だ。
「その話は言うなよ。気にしてんだからさ」
「悪かった。けどな、大心地のことを除いても、身の丈に合ったことをしないと絶対足下を掬われてしまうぞ」
「あーもう、わかったわかった。この話は終わりにしようぜ」
都合が悪くなったと感じたのか、住崎は強引にこの話を打ち切ろうとした。一瞬更に追求しようかとも思ったが、これ以上は怒らせてしまうと思って俺も口を閉じる。
嫌な沈黙が訪れたとき、思田さんからパソウェアのメッセージ機能で集合の連絡を受けた。ちょうど間が持たないところだったから俺は内心で喜ぶ。
「住崎、行こう」
「そうだな」
まだ不機嫌さはなくなっていなかったが、住崎は俺の言葉に応じてくれた。それに一安心する。
嫌な一日の始まりになったなと思いつつも、俺達は思田さんのところへ向かった。