ベースキャンプ
僕の住む町は四方を山で囲まれている。その北側で先月下旬に地震があり、魔物の大量発生が起きた。数日前にその駆除は一段落ついたんだけど、実はちょうどそこは大蔵財閥の遺跡探索チームが前々から調べようとしていたところだったらしい。
なので魔物の駆除が終わり次第すぐに調査を始めたそうなんだけど、遺跡内部に入る準備が整ったのは金曜日だと聞いている。
この一週間色々な資料を見せられて探索チームの人とも何度か通話して面通しをした。けど、実際に会うのは今朝が初めてだったので少し緊張してしまう。
遺跡探索チームのベースキャンプのプレハブから出た僕は大きく背伸びをした。時期は十月、ジュニアハンターの夏服だと涼しく感じる。
「あ~緊張したぁ」
「けど、これでみんな知り合いになったわけだ。これからは気楽にやればいいさ」
既に強化外骨格を装備した荒神さんが後ろから追いついて僕の肩を叩いた。どこでも堂々としていられるその性格は羨ましい。
最後に乳白色のゆったりとした上下の服に若草色のフード付きローブのミーニアさんが続く。この人もまったくいつもと態度は変わらない。
「それで、次はどうするのです?」
「第二職安の魔窟探索チームの方へ挨拶に行こう。ベースキャンプが隣同士だからな」
「そういうことはもっと立場が上の者がすることではないのですか?」
「下っ端でもやっておいて損はないぜ。特に今回の場合、あっちに俺の知り合いがいるんでな。お互いがいるってことを知っておくだけでも悪くない」
特に反論することなくミーニアさんは黙った。荒神さんの知り合いがいるというのなら確かに挨拶をしておくべきだろうな。
遺跡探索チームと魔窟探索チームのベースキャンプの敷地は本当に隣接しているから迷うことはない。そして、規模はあちらの方がずっと大きいから相手の敷地に入ると途端に人の数が増えた。
荒神さんを先頭に進む間に僕は周囲を見て何とはなしに疑問を口にする。
「どうしてこんなに人が多いんだろう?」
「できたばかりの魔窟内部に残ってる魔物を駆除するために、人海戦術でしらみ潰しにするためだよ。それと、周囲への警戒にも結構人を割くんだ」
「魔物はほとんど駆除したんじゃないんですか?」
「見える範囲はな。けど、まだ見つけてない魔窟の出入り口があるかもしれないから油断はできないんだ」
指摘されて初めて僕は気付いた。そうか、魔窟は人工的に作られた施設じゃないんだから、出入り口が一つとは限らないんだ。
意外な点に驚きつつも僕達は荒神さんの知り合いに会って挨拶をする。熊のように大きな人で、魔窟の中は窮屈だから苦手だとこぼしているのが印象的だった。
簡単な挨拶が終わると僕達は踵を返す。用事は済んだから後は自分達の準備に取りかからないといけない。
と思っていたら、意外な人物に後ろから声をかけられる。
「大心地くん、きみも来てたんだ!」
「大海さん?」
振り向くと既に強化外骨格を装備した大海さんが少し離れたところで立っていた。
驚いている僕に荒神さんが声をかけてくる。
「少しの間くらいなら話しててもいいぞ。俺は先に戻って他の準備をしておく」
「わたくしも先に戻っています。また後で」
二人とも僕の返事を待たずに遺跡探索チームのベースキャンプへと歩き出した。
こうなるともう大海さんと話すしかない。僕はそちらへと足を向けて近づく。
「おはよう。大海さんもここにいたんだね」
「今の女の人って誰!? すっごい美人だったんだけど。モデルとか女優とかみたい!」
「僕と今ペアを組んでるハンターさんなんだ」
「うそ、あんな人とペアを組めるんだ! どうやって知り合ったのよ!」
予想と全然違う話題を切り出された僕は戸惑った。これで時間が潰れてしまうのは嬉しくない。
僕は強引に話を変えることにする。
「その話はまた今度。それより、大海さんは魔窟の探索に参加するの?」
「そうだよ! ハンターの人達と一緒にね! 大心地くんは?」
「僕はあっちの遺跡探索チームの方に参加するんだ」
「あっちなんだ。そっか、どうりで見かけない人と一緒にいると思ったよ。遺跡探索だと色々と探索方法がデリケートだって聞いてるけど、大丈夫?」
「正直よくわからないんだ。それでも良いから僕も参加させてもらえてるんだと思うけど」
大海さんが少し心配そうに僕へと話してくれた。
事前の話だと危険の有無の確認だからあまり周囲の物には触れないと聞いている。だから大丈夫なんだろうと考えていた。
僕の態度を見た大海さんが少し眉をひそめる。
「向こうの人がそれでいいっていうんなら何も言うことはないけど、ちょっと不安ねぇ」
「それを僕に言われてもなぁ。内容についてはあんまり話せないから、言葉足らずになってることがあるかもしれないけど」
「まぁね。とにかく頑張ってとしか言えないね。あ!」
二人で話していると、大海さんの通話機能が立ち上がった。バストアップ表示されたのは木岡さんだ。早く戻ってこいという連絡を済ませるとすぐに通話は切れる。
「まだ話したりないけど、ここまでだね! それじゃ!」
「うん、心配してくれてありがとう」
別れの挨拶を済ませると大海さんは踵を返して去って行った。
いい加減僕も探索の準備をしないといけないので、遺跡探索チームのベースキャンプへと急ぐ。まだ何も装備していないから少し準備時間が必要なんだよね。
「あれ? あれは」
何歩か足を進めたとき、僕の視界の端に何か見知った姿が映った。そちらへと顔を向けると住崎くんと中尾くんが話をしている。ただ、ここからだと遠いから内容はわからない。
どちらも笑顔なのを見て楽しそうだなと感じた。僕を見ると特に住崎くんは不機嫌になるから挨拶をするのは気が引ける。
「でも、あの二人もいるっていうことは、魔窟探索に参加するのかな」
”違うみたいよ。あの二人はベースキャンプの護衛として参加してるみたい”
僕の独り言に反応したソムニが教えてくれた。
理由を知った僕が尚も足を止めて二人を眺めていると、思田さんと夢野さんが現れる。こちらも機嫌良さそうに住崎くんと中尾くんに話しかけていた。
そんな四人を見ているとソムニが更にしゃべってくる。
”あの四人の実力や実績からすると魔窟探索に参加するのは無理ね”
”住崎くんと中尾くんはジュニアハンターだからまだわかるけど、思田さんと夢野さんもそうなの?”
”八王子のときの戦いっぷりを見たでしょ。ある程度中の様子がわかってる魔窟であれじゃ、未知の探索をするときは邪魔になるだけよ”
随分と辛辣な意見だと思ったけど、あのときの戦いっぷりを思い出した僕は同時に納得もした。僕自身も怪しいところはあるけど、ソムニがいるからまだカバーできる。
”だったら、今回は会うことはないのかな”
”たぶんね。隣同士とはいえ、ベースキャンプからして違うんだから普通は会わないわ”
”そっか。だったら嫌みとか言われずに済むんだ。それは嬉しいな”
”何言ってんのよ。ジュニアハンターの実績も学校の成績もアンタの方が上なんだから、何も遠慮することなんてないのよ”
”学校の成績? ソムニそんなところも覗いたの!?”
最近では調査と称して非合法に色々と見て回ることに何も言わなくなったけど、さすがに知り合いの情報を覗いたと宣言されると感じ方が違う。けれど、いくら言っても全然悪びれもしない。
いつか変なことにならないかと心配しつつも、僕は自分達のベースキャンプに戻った。