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雑貨店『八千代』

 終業式の翌朝、僕は急遽予約した完全自動運転型自動車(オートカー)に乗った。この乗り物だと目標を設定するだけで運転する必要がないから、僕みたいな高校生でも一人で乗れる。これで第二公共職業安定所に向かった。


 第二公共職業安定所とは、狩猟者に対する仕事の斡旋や成果の査定を実施する役所なんだ。僕の向かった所は天変地異が起きる前まではゴルフ場だったらしい。


 一般的には第二職安と呼ばれてるけど、国家が運営する冒険者ギルドみたいだということからギルドと呼んでいる人もいるんだ。


 正門から敷地に入ると向かって右側に本館の建物があり、左側に駐車場が広がっている。今回は本館に用はないので、僕は駐車場に自動車を停めると正門の横に立った。


 しばらくぼんやりと立っていると、本館の玄関からやや背が高い男の人が僕の方へと向かって来る。


大心地(おごろち)、待たせたな」


「いえ、今来たところです。それより荒神さん、本館に用があったんですか?」


「ちょっとした雑用だよ。もう終わった。それじゃ、門前町まで歩いていこうぜ」


 灰色のカーゴジャケットと濃緑系のカーゴパンツを身に付けた荒神さんがすぐに歩き始めた。黒いブーツが砂利を噛む音を規則正しく鳴らす。


 僕もその後に続いた。フライトジャケットに紺色の綿パンだけど、春先の風が少し冷たいので首をすくめる。少し足を速めて僕は荒神さんの隣に並んだ。


 横目でちらりと僕を見た荒神さんが口を開く。


「電話でもちらっと言ったが、これから行くところは八千代っていう雑貨店だ。ハンターが必要としてる雑貨類を売ってる。もちろん武器弾薬類もだ」


「刀もあるんですよね」


「ある。店になくても、大抵は手に入れてくれるけどな。金さえ積めば何でも」


「え?」


 目を見開いた僕は荒神さんに顔を向けた。今回はお金がなくて困ってるから相談したのに、お金がないと買えないんじゃ行く意味がない。


 そんな不安の表れた僕の顔を見て荒神さんが苦笑いする。


「まぁ心配すんなって。確かに金がないと相手をしてくれねぇんだけどよ、たまに妙に甘くなる相手がいるんだ。たぶん大心地は、その枠に当てはまると思う」


「そうなんですか?」


「ああ。はっきりと理由は言えねぇんだけど、なんとなくわかるんだよ。そーゆーの」


 胸の内に不安がよぎるけど、今の僕は荒神さんを信じるしかなかった。


 第二公共職業安定所から坂を下ること約二十分、傾斜が緩くなって開けた場所が現れる。職員、業者、ハンターなど多種多様な人々が往来するのを狙って発展した地域だ。


 門前町と呼ばれているこの場所は、歓楽街であり宿屋街であり各種物資の売買場所なので常に人がいる。午前中である今もまばらだけど人影はあちこちにあった。


 いつもは通り過ぎるだけの街中を歩いていると不思議な気分になるなぁ。知っているようで知らない場所だから微妙に落ち着かないや。


 そんな僕に構うことなく荒神さんは進んで行く。行く先は各種物資を売買する区域だ。その中のも、地方の寂れた商店街の店を少し大きくしたかのような風貌の店に入る。


源爺(げんじい)、いるか?」


「お前さんが朝からくるなんて珍しいな」


 雑多に物が積み上げられた店内の奥から小柄なおじいさんが姿を現した。白髪で顔はしわくちゃ、目つきは鋭くて度のきつそうな黒縁眼鏡をかけている。それに黄ばんだワイシャツとだぼだぼのズボンだからみすぼらしく見えて仕方ない。


 最初は荒神さんを見ていたおじいさんは次いで隣の僕へと目を向けてくる。ちょっと威圧されているようで怖い。


「なんだこの坊主は?」


「ジュニアハンターの大心地って奴なんだ」


「ガキを連れてくるなんざ、珍しいじゃねぇか」


「ちょっと事情があってよ。刀を売ってやってほしいんだ」


「刀だぁ? 刀だったら刃物屋に行きゃいいじゃねぇか。お前さんが贔屓にしてるあのドワーフのところなんて、正にぴったりじゃねぇか」


「はは、まぁそう言うよなぁ」


「ちっ、ワケありか。てめぇそういう奴ばっかり儂んところに連れてくるよなぁ」


 おじいさんは荒神さんを睨んだ後に僕へと顔を向けてきた。


 正直なところすごく怖いけど、これからのことがかかっているから逃げるわけにはいかない。僕はつばを飲み込んでから口を開く。


「は、初めまして。僕は大心地優太と言います。あの、実は刀をなくしちゃって、買わないと訓練生卒業試験を受けられないんで売ってほしいんです」


「刀をなくしたぁ? 坊主、どういうことだ?」


 眉をひそめたおじいさんにおののきながら僕は崩落事故について説明した。説明の内容は前に大海(おおうみ)さんへ話したものとある程度同じだ。次いでお金もあまりないことを伝える。


 じっと話を聞いていたおじいさんは僕が口を閉じると小さくため息をついた。そして、荒神さんへと目を向ける。


「駆け出し以前の奴を連れてくるたぁな。儂んところは保育所じゃねぇぞ」


「わかってるって。でも、このまま放っておけなくてよ」


「たまには儲けさせてもらいたいもんだな、まったく。ちょっと待ってろ」


 頭をかきながら踵を返したおじいさんはそのまま店の奥へと姿を消した。


 この先どうなるのかと不安に思う僕は荒神さんへと顔を向ける。


「あのおじいさん、刀を売ってくれると思います?」


「たぶん大丈夫だろう。本当に相手にしないときはすぐに店から追い出すしな。そういう奴を何人か見たことがあるんだ」


 何も知らない僕は荒神さんの言葉を信じるしかなかった。けど、例え駄目だったとしても、僕だけだと何もできなかったんだから文句は言えない。


 しばらく待っていると、一本の対魔物用大型鉈を両手で持ったおじいさんがやって来た。僕の目の前で立ち止まると、その手にした対魔物用大型鉈を突き出してくる。


「ほれ、これを持ってけ。中古品だがモノ自体は悪くねぇ」


「あ、ありがとうございます。あの、お代はいくらですか?」


「金はいらねぇ。その代わり、さっさと試験に合格して、儂んとこで何か買えるようになれ」


 突然降って湧いた幸運に僕は言葉を失った。今持っているお金は全部差し出すつもりだったので、おじいさんの言ってくれたことがしばらく頭で理解できない。


 隣でその様子を見ていた荒神さんが口笛を吹く。


「随分気前がいいな」


「馬鹿野郎、ガキの小遣いに手ぇ出せるかってんだ。儂はそこまで落ちちゃいねぇぞ」


「へーへー、それは大したことで」


「それほどでもねぇよ。こっちで損した分はお前さんが買う品に上乗せするからな」


「ひでぇ」


「試験監督はお前さんがやってたんだろう? だったらその責任は取らねぇとなぁ?」


「今まで何ともなかった足下が崩れるなんて予想できるかよ!」


 目を剥いた荒神さんがおじいさんに詰め寄った。けど、おじいさんはどこ吹く風でまったく相手にしていない。


 そんな二人を見ながら僕は手にした対魔物用大型鉈を握りしめる。これでまた訓練生卒業試験を受けられるんだ!


 ひとしきり喜んだ僕は改めておじいさんに話しかけようとしたとき、まだ聞いていないことがあったことを思い出した。二人の会話に割って入る。


「おじいさん、そう言えば、僕まだ名前を聞いていませんでした」


「ああ? そうだったか。儂の名前は横田源治(よこたげんじ)だ。好きに呼べばいい」


「ありがとうございます。横田さん」


 僕の呼び方に横田さんはうなずいて返してくれた。


 一時はどうしようかと本当に困っていた武器の購入だけど、まさかお店でもらえるとは思わなかったな。今はまだ無理だけど、そのうちここで品物を買えるようになりたいな。

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