遺跡探索のお誘い
強化外骨格と対魔物用鉈をなくした僕はしばらく何もできなかった。お金は何とかあるから買うことはできるけど、用意してくれる人がいるため待つしかなかったんだ。
でも、一週間ほど待つとズィルバーさんから鉈ができあがったという連絡があった。僕はすぐにツァオバーハンマーへと向かった。こういうときは近くにお店があると便利だね。
店内に入ると、いつものようにかすかな金属と油の臭いがする。
「ズィルバーさん、大心地です」
「待ってたぞ。ようやく完成したんだ。受け取ってくれ」
カウンターの前までやって来ると、ズィルバーさんは大小の対魔物用鉈を置いてくれた。一見すると今まで使っていたものと変わらない。
鞘から抜くと、刀身はやや暗い銀色だけど何となく明るい感じがするという不思議な印象を受けた。最初は照明の関係かとも思ったけど周囲を見て違うらしいことがわかる。
「そいつぁな、神鉄鋼に魔銀を混ぜて鍛え上げた代物だ。刀身の強度を落とさねぇように魔銀を配合するのは苦労したぜ」
「硬くするだけなら神鉄鋼だけで良かったですよね? 何でまたそんなことをしたんです?」
「刀身に魔力を通すためだ。ミーニアから材料を渡されたときにそう注文されてな」
ファンタジー世界であるような高位者のための武器みたいに思えるんだけど、困ったことに僕は魔法を使えなかった。なので、刀身に魔力を通すための機能に意味があるとは思えない。一体どういうことなんだろうか。
鉈を鞘に収めて首をかしげていると、ソムニが頭の中で声をかけてくる。
”魔力を通す機能ってもしかしてアタシのためのものじゃない?”
”ソムニ用? 何ができるの?”
”例えば、前に八王子魔窟で刀身に魔法をかけてもらったことがあるでしょ、活動屍を倒すために”
”あれかぁ”
もう随分と前の出来事のように思えることを僕は思い出した。あのときはミーニアさんに毎回魔力付与というやつをしてもらっていたけど、あれをソムニがするんだ。
ようやく謎が解けて気持ちが晴れた僕に対してズィルバーさんが話しかけてくる。
「出来は保証するぞ。これでお前さんは前よりも活躍できるってわけだ。何かでっかい仕事をする予定があってもこれで大丈夫だ」
「ありがとうございます。魔窟探索のチームメンバー募集が出てるのを見かけたことがあるんで、それに応募しようと思います」
「もしかして、この前の地震と魔力噴出関連か?」
「そうです。町の北側でそんなに遠くないところなんて参加してみようかなって思って」
自動車で三十分もかからないところだと聞いたときは驚いた。けど、魔物の大量発生もどうにか対処できそうということで、来週末に探索が始まるんだ。
僕の話を聞いたズィルバーさんは何度かうなずく。
「いいんじゃねぇのか。ただし、つまんねぇことで死ぬんじゃねぇんだぞ」
「はい」
しっかりと小言をもらった僕は苦笑いした。恐らくジュニアハンターだから、そこまで危険な仕事は与えられないだろうと思う。
受け取った物の割に安い代金を支払い、僕はしばらく雑談をしてから店を出た。
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その日一日のやるべきことを終えて自室で寝そべりねがらネット巡回していた僕は、自分宛にメッセージが届いていることに気付いた。思わず上半身を起こす。
「藤原さんからだ。新しい強化外骨格の件?」
「三日後に届くみたいね。良かったじゃない、今週末の探索に間に合いそうで」
ベッドの脇をふわふわと漂っている半透明な妖精が口を挟んできた。
メッセージによると既に発送したらしい。送り先は第二公共職業安定所だ。ジュニアハンター登録していると郵便物の一時引き受けをしてくれるんだよ。
「受け取ってすぐに調整しないといけなね。来週は稽古よりもそっち優先かな」
「そうね。ちゃんと使えるようにきっちりと仕上げておかないといけないわ。って、あれ? 荒神から通話要求が来てるわよ」
まただらだらと話し始めたところで、ソムニの言う通り通話機能が立ち上がって荒神さんのバストアップが表示された。たまに向こうからかけてくるのでもう珍しくない。
「大心地、ちょっと相談があるんだが、いいか?」
「僕に相談ですか? なんです?」
予想外の話に僕は首をかしげた。荒神さんくらいの人が僕に相談するなんて珍しい。
「一週間後に遺跡の探索チームに入ってほしいんだ」
「遺跡の探索チーム? 何でまた僕なんです? 普通はハンターの人に声をかけるんじゃ」
「単純に腕っ節を見ての判断だ。八王子魔窟を踏破した奴なら、閉鎖空間での戦闘能力は保証されてるだろう」
「あれはミーニアさんと一緒だったからですよ」
「それでも二人だけで踏破したんだろ。だったら間違いなくお前さんの腕も水準以上あるぜ。だから頼んでるんだ」
必要以上に卑下するのは良くないことは僕も知っているので、荒神さんの評価は受け入れることにした。けどそれでも、やはり気になることはある。
「僕はジュニアハンターですから週末しか引き受けられないですよ。こういうのって何日もするものなんでしょう?」
「予備調査なんだ。まずは危険がないことを確認するためだから、土日の二日だけでも助かるんだよ」
「ジュニアハンターってあんまり危ないことしちゃ駄目なんじゃなかったでしたっけ」
「痛いところを突いてくるな。その通りだよ。けど、こっちもなかなか人が見つからなくてな。ま、ミーニア同伴だったらかなりまで何とかなると思って頼んでるのは間違いない」
「そんなことだろうと思いました」
色々と否定的な言葉を並べていた僕だけど、乗り気じゃないのには理由はある。遺跡については良い思い出がないからあまり関わりたくないからだ。
そうは言っても、このまま断ってしまうのも悪い気がした。だから確認してみる。
「で、ミーニアさんにはもう話したんですか?」
「いや、まだだ。どっちから話してもいいと思ってたからな」
「でしたら、今からミーニアさんを呼んで話をしてみませんか? その方が手間が省けますし」
「いい考えだな。そうしよう」
荒神さんがうなずくのを見て、僕はパソウェアを使ってミーニアさんに呼びかけてみた。三回目のコールでバストアップ表示が目の前に現れる。
「こんばんは。珍しいですね、あなたからかけてくるなんて」
「実は、荒神さんから遺跡探索チームに誘われたんで、それの相談をしたかったんです」
「よう、ミーニア」
通話が繋がるとすぐに荒神さんが今回の件を説明した。
話を聞き終えたミーニアさんは少し考えるそぶりをみせてから口を開く。
「先日魔力噴出した場所ですか。魔物の駆除は終わっているのですか?」
「ほぼ終えてるって聞いてる。少なくとも来週にゃきれいになってるだろうさ」
「大蔵財閥関係の探索チームということですが、よくそんなつながりがありましたね」
「それはちょっとな。できれば聞かないでくれると嬉しい」
珍しく荒神さんがうろたえていた。情報源を知られたくないとかじゃなくて、何かあるんだろうか。
そんな僕の疑問とは関係なく、ミーニアさんは結論を口にした。それを聞いて僕は内心驚く。
「まぁ良いでしょう。わたくしとしては特に断る理由はありません。優太はどうなのですか?」
「よっしゃ。後は大心地だけだな」
二人から目を向けられた僕は黙った。遺跡に良い思い出がないという以外は特に断る理由はないからだ。実績という意味ではむしろこれ以上ないくらいの依頼といえる。
結局のところ、僕も最後は引き受けることにした。