お揃いの服
襲撃犯の一味が去った後、裏路地で隠れていた僕は大蔵くんと抱き合っていることに気付いた。そういえば、急いで隠れなきゃと思って引っ張り込んだままだ!
慌てて大蔵くんを引き離す。その顔はなぜか真っ赤だ。
でもそれどころじゃない僕はとりあえず謝る。
「ごめん! 全然気付かなかった!」
「あ、うん。しょうがないってわかってるから、別にええよ」
若干上目遣いにこっちを見る大蔵くんを見て一瞬本当に男子なのか迷った。そういえば、大蔵くんが女装しているところしか見たことがない。
そんなことを考えてるとソムニから声がかかる。
”あの秘書からメッセージが届いてるわよ。状況がどうなってるのか教えろって”
指摘された僕はパソウェアのメッセージ機能を起動した。藤原さんからのメッセージを表示すると、確かにソムニの言う通りだ。
どうせならと僕は通話機能を立ち上げ、藤原さんにかけた。ワンコールで繋がる。
「藤原さん、追っ手がいたんで途中の駅で降りました。今はその追っ手を振り切ったところです。大蔵くんは無事ですよ」
『ありがとうございます。現在の居場所は、ああこれですね』
メッセージで現在位置をソムニが送ってくれた。とりあえず今現在までの状況は報告できた。次はこれからだ。
僕は不安そうな大蔵くんの顔を見ながら藤原さんに伝える。
「これからアパレルショップに寄ってから駅に戻って合流地点に向かいます。予定の時間より遅れますけど」
『駅に戻るのは危険ではないですか?』
「だから、アパレルショップで新しい服を買って着替えるんです。あと更に帽子を目深に被ったらわかりにくくなるんじゃないかと思ってます」
『なるほど、わかりました。くれぐれも周りには気を付けてください』
今思いついたばかりの案は悪くなかったらしく、あっさり藤原さんに支持された。やることが決まると僕は通話を切って強化外骨格を脱ぎ始める。
僕の突然の行動に大蔵くんが驚いた。眉をひそめて尋ねてくる。
「どうしたん?」
「これから僕達は服を買って着替えてから電車に乗って合流地点まで行くでしょ? だから目立つ強化外骨格は脱がないとまずいんだ」
「でもそんなんしたら、今度は逃げられへんようにならへんの?」
「だから見つからないように服を着替えて変装しないと駄目なんだ」
手早く脱ぎながらビールケースの奥へと装備を隠していった。強化外骨格はもちろん、武器も。そういえば、対魔物用大型鉈は鞘だけだった。最初の襲撃のときを思い出してため息をつく。
身軽になった僕は長袖の白いシャツに焦げ茶色の綿パン姿になった。この残暑の時期に強化外骨格を装備していたから汗びっしょりだ。
用意できると僕はソムニに頼む。
”男物を売ってる一番近いアパレルショップまで案内してくれない? あんまり違和感のない服が買えるところがいいな”
”わがままって言いたいところだけど、目立っちゃだめなんだから仕方ないわね”
「大蔵くん、行こう」
振り向いて声をかけた僕は大蔵くんがうなずくのをみて裏路地から出た。
追っ手から逃げているときは何も考えずに走っていたから、今いる場所がどこか僕にはわからない。なのでソムニに地図を表示してもらった。それを見るとちょっと駅から離れすぎたかもしれないと思ってしまう。
それでも結局は歩くしかないわけで、二十分ほどかけて駅の近郊に戻ってきた。
ソムニに案内されて入ったのは大手アパレルショップだ。ここなら一通り揃っている。
さて、ここで一つ問題に思い至った。気になったから本人に尋ねてみる。
「大蔵くん、きみは女装している上に女の子にしか見えないんだけど、男物を買っても店員さんに怪しまれないかな?」
「男物を着る女の人もいるって聞くし、大丈夫やと思う」
言われてみるとその通りだった。街中でパンツルックの女性だって見るもんな。男物そのままを着る女性がどれだけいるのかはわからないけど。
ともかく、女装した大蔵くんも一緒に買って不審がられないのなら問題ない。さっさと買ってしまおう。
「着るのは今回だけだから使い捨てのつもりで買うよ。お金は僕が出すから好きなの選んで」
「それやったら同じ服買ったらええんと違うかな。選ぶ手間が省けるし」
「よし、そうしよう」
思わぬ提案に僕はうなずいた。そうなると話は早い。僕はワイシャツとカッターシャツ、それに色違いのジーパンをすぐに買った。次いで麦わら帽子と野球帽、更に大蔵くん用にシューズも手に入れる。
買い終わったらすぐに男子トイレに入った。女装した大蔵くんが入るときは緊張したけど、幸い誰もいなかったので騒ぎにはならなくて安心する。
そうして静かに、けど急いで着替えてトイレから出てきた。脱いだ服や靴は買ったときにもらった紙袋に入れて持っている。
僕は野球帽を目深に被って濃いめの青いジーパンを穿いていて、大蔵くんは麦わら帽子を被って薄青のジーパンを穿いていた。これで印象はかなり変わるはず。
「大蔵くん、本当に男だったんだね」
「ほんまにってどうゆうことなん。嘘なんてついてへんかったのに」
さすがに化粧をする時間まではなかったから僕達はこのまま駅に向かうことにした。
最初にこの駅から出たときから結構な時間が過ぎていたから、襲撃犯の一味がまたいるのではと僕は緊張する。ところが意外にも、ソムニの警戒網には怪しい人物は引っかからなかった。
それは電車に乗ってからも同じで、拍子抜けするくらい何もなくて逆に驚く。もしかしたら服を着替えたのが予想以上に効果的だったのかもしれない。
何にせよ、何事もなく僕達は藤原さんに指定された八王子駅に到着する。
かつては地方都市だったらしい八王子は、大厄災後に事実上の首都となって今や日本最大の都市に成長していた。そんな首都の駅はあちこちに延びているから、初見だと迷子になることが多い。
ホームを往来する人を避けて端に寄ると僕は藤原さんに連絡をする。
「藤原さん、八王子に着きました。今駅のホームにいます。西の端に白のカッターシャツとジーパンを穿いていて、麦わら帽子と野球帽を被ってる二人組です」
『承知しました。その場でじっとしていてください。すぐに人を遣ります。黒のスーツを着ている四人組です。代表者は佐伯勝利、画像ファイルを今送りました』
”来たわ。これね”
僕のパソウェアに届けられた画像ファイルをソムニが半透明の画面に表示させた。
その顔に大蔵くんが反応する。
「あ、勝利さんや!」
「知ってる人?」
「うん。たまに護衛してくれはんねん。本業は護衛やないそうやけど」
なんだそれと思いつつも僕は尋ねなかった。今は気にしてる場合じゃない。
そうして待つこと約十五分、こちらに近づいてくる四人組の黒スーツ集団に気付いた。先頭には画像ファイルと同じ精強な顔つきの人がいる。
「坊ちゃん! やっと見つけた!」
「勝利さん!」
近づいて来た佐伯さんに大蔵くんが走り寄った。その顔には初めて見る笑顔が浮かんでいる。ようやく安心できる人と会えたんだから当然だろうな。
これで僕の役目は終わった。本心から肩の力を抜くとお腹の虫が鳴る。結局、昼前に大蔵くんと出会ってからずっと付き添っていたしなぁ。
時刻を確認するともうすっかり夕方だ。今から自宅に戻れば夕飯に何とか間に合う。それに明日は学校があるからあまり遅くなるのもまずい。
喜び合う大蔵くんと佐伯さんが僕に顔を向けた。少しだけ話をして帰るとしよう。
僕はそう決めて二人の元に歩き始めた。