調査先で出会った、少女?
大厄災で海面が上昇して低地を追われた僕達人類は、山の縁や丘陵の上に避難した。でもそこは安住の地では全然なくて、山で発生する魔力噴出やそこから溢れる魔物に怯えながら生活している。
ただ、人間はずっとやられっぱなしじゃない。かつての生活圏を取り戻すため、貴重な資源を手に入れるため、山や魔窟に入って今日も魔物と戦っている。
僕が今いる長野県の町もそんな最前線の一つだ。山に囲まれた県のほとんどは魔物の勢力圏だけど、盆地を中心に町が作られて魔物狩りや魔窟探索の拠点になっていた。
そんな事情があって町にはハンターの姿が目立つ。強化外骨格だけでなく、強化服や装甲服を装備したままで歩いているんだ。
おかげで強化外骨格を身に付けたままの僕も目立たない。
「やっと帰って来ましたね。結構きつかったですよ」
「優太がいてくれて助かりました。襲われるという心配がないのは安心ですね」
停車した自動車の隣で体を伸ばしながら感想を漏らす僕に、ペットボトルの水を一口飲んだミーニアさんが言葉を返してくれた。
九月も半ばの三連休を使って、僕はミーニアさんの用事に付き合って長野県までやって来ている。例の魔力噴出を予知する魔法の実験のためだ。規模を問わないと周囲の山でよく発生しているので実験に都合が良いらしい。
もちろんそんな場所だから魔物によく襲われた。事前に襲撃頻度を知っていたミーニアさんに護衛を頼まれたときは驚いたけど、実際に現地に着いてその理由を思い知る。
「これで実験は終わったんですよね。あとは帰るだけかぁ」
「昼食をいただいてから宿を引き払い、そのまま帰りましょう」
ミーニアさんの言葉を聞きながら僕は周囲を見回した。市街地の中心近くなのに青空が見える場所。ビルはあるけど十階建てなんてほぼない。幹線道路っぽいけど、今は交通量は少なかった。僕の地元の方がもうちょっと栄えてるなぁ。
”飲食店は駅の周りにしかないわよ。だからもうちょっと先に進まないとね。パーキングエリアから近いところの方がいい?”
「あー、うん。あれ?」
何も考えていなかった僕はソムニの質問に適当な相づちを打ちながら、視界に映った違和感に眉をひそめた。ビルの間から焦った表情の女の子が一人飛び出してきたんだ。
ショートカットのその女の子は大層な美人で白いブラウスがよく似合っていた。周囲を見回していたその子は僕達を見つけると薄茶色のスカートを翻して走り寄ってくる。
「助けてください! 追われてるんです!」
「え?」
いきなり迫られた僕は二重の意味で驚いた。一つは追われているという女の子の主張で、もう一つは声だ。女の子というには男の子っぽいし、発音がなんか変だ。
あまりにも非現実的な状況に理解が及ばなかった僕はミーニアへと顔を向けた。すると、僕同様に混乱しているのか眉をひそめているのが見える。
どうしたものかと判断しかねていると、女の子が出てきたビルの間から複数の男達が現れた。しかも不思議なことに赤枠付きだ。戦闘支援機能は起動していないはずなんだけど。
”ソムニ?”
”街中にある駐車場とかの監視カメラを確認したら、その子を追いかけ回してたわね”
”助けろってこと?”
”どうするかは優太が決めたらいいけど、あいつらは犯罪者っぽいわよ”
「ミーニアさん、とりあえず助けたいと思ってるんですが」
「真っ当そうな目つきはしていませんね。来ますよ」
こっちに目を向けた男の一人が声を上げると全員が走り寄ってきた。そういえば、まだ女の子に何も確認していたかったことを思い出す。
「あの、もしかして誘拐されそうなの?」
「誘拐されて逃げてきたんです!」
返事を聞いた僕はその子を背中に隠した。強化外骨格の他にボディアーマーは装備しているけど武器は対魔物用鉈の大小しか持っていない。銃器類は自動車の中だ。
銃器類を取り出す間もなく自動車を背に僕達は男達四人に半円状に囲まれた。そして、全員がいきなり拳銃を懐から取り出す!
それと同時に、ミーニアさんが何かを口ずさんだ。次の瞬間三人の男が一瞬紫電に包まれて悲鳴を上げる。雷撃の魔法だ。
残る一人、ミーニアさんからは僕が邪魔で見えなかった男が銃を構えようとした中途半端な格好で固まっていた。
僕がその男に顔を向けると同時にソムニが叫ぶ。
”取り押さえて!”
装備した強化外骨格の力を使って僕は二メートル態度の距離を一気に詰めた。最初に手刀で拳銃をはたき落とすと、次いで男の腹を殴る。
崩れ落ちて動けなくなった男から目を離すと僕はミーニアさんに顔を向けた。何ともなさそうなので安心する。
「ミーニアさん、この人達どうします?」
「警察に引き渡すしかないでしょう。その逃げてきた方も保護してもらわないと」
「あの、ぼくは」
か細い声でその子が何か言おうとしたとき、同じビルの間からまた複数の男達が走り出てきた。今度は銃を持っている。
”隠れて!”
ソムニの声が聞こえると同時に僕は女の子を引っ張って自動車の陰に隠れた。反対側からミーニアさんも回り込んできた瞬間、銃撃音が複数聞こえてくる。
「いきなり撃ってくるの!? この子にも当たっちゃうかもしれないのに!」
「優太、反撃します。車の前から回り込んでくる敵をお願いします」
「いや僕、刀しか持ってないんですけど!?」
”敵の一人から奪うわよ! 近距離だからどうにかできるわ!”
「ええ!?」
驚く僕にソムニから提示された案は、相手の一人に対魔物用大型鉈を投げつけると同時に走り寄り、体当たりして小銃を奪い取るというものだった。
そんな映画みたいなことができるのかと僕は一瞬思ったけど、ちらりと見たあの子が頭を抱えて震えているのを見て腹をくくる。じっとしてたら殺されるんだからやるしかない。
対魔物用大型鉈を右手に、小型鉈を左手に持った僕は自動車の陰に片膝を着いて待機する。目の前にはパラパラ漫画のように表示された半透明な自分の姿が見えた。タイミングはソムニ任せで、この通りに動くんだ。
自動車に当たり、たまに貫通してくる銃弾に怯えながら待っていると、ソムニが声を上げる。
”行って!”
敵の銃撃が止んだとほぼ同時に僕は立ち上がって対魔物用大型鉈を投げつけた。そしてすぐさまその男に全力で駆け寄る。
僕から対魔物用大型鉈を投げつけられた敵の一人は慌ててそれを避けた。見切って最低限の動きではなく、大仰にだ。そのせいで銃を撃つどころではなくなる。
撃たれることはないと無理矢理思い込んだ僕は、それ以上何も考えずに表示される半透明な自分の姿を追いかけた。そうして敵の一人に体当たりをしながらむしり取るように銃を奪う。
敵の一人と一緒に地面へ倒れた僕はそいつの顔を銃床で殴りつけて気絶させると、片膝を着いて他の敵を撃ち始めた。一発、二発、三発と撃つ度に敵が倒れてゆく。
けど、四発目の銃弾は撃てなかった。弾切れだ。最後の敵はミーニアさんの火球を受けて地面に転げ回る。
「終わった、かな」
”そうね。死んでいない敵もいるけど、もう反撃できないでしょうし”
奪った小銃を地面に置いた僕は立ち上がった。自動車の裏に回ってあの子に近づく。
「もう終わったよ」
「ほ、ほんまですか?」
怯えながらも僕の差し出した手を掴んでその子は立ち上がった。涙を浮かべているその顔は痛ましい。
でも、やっぱり声は変だ。女の子にしては少し声が低いし、発音が僕やミーニアさんとは違う。
僕は不思議に思いながら目の前の子を眺めた。