不機嫌な人々(住崎健太郎、思田秀明視点)
長い夏休みが終わって二学期の授業が始まった。すっかり休みに慣れたせいもあってオレはクッソだるい。それはみんなも同じだ。
さすがにやってられないから午前の授業は聞き流す。ネットに繋げられたら暇潰しができるが、授業中は繋がらないんだよなぁ。むかつく。
しゃーねぇからぼんやりと考えごとをしてた。特にこれといって思いつくもんなんてなかったけど、一つ嫌なことを思い出しちまう。
週末たまたまジュニアハンター連盟の支部のページを見たんだけど、そこに八王子魔窟踏破認定の広報メッセージが載ってたんだ。
やっと昼休みになるとオレは思い切り背伸びをした。それから立ち上がると中尾の席に向かう。
「中尾、昼飯買いに行こーぜ」
「わかった」
この高校には学食なんてないから学外に買いに行かないといけなかった。それはダルいんだけど、近くにコンビニやパン屋があるからまだましだ。
オレ達はコンビニでパンとペットボトルを買って教室に戻ってきた。すると、真央と村田が既に座って弁当を食べてる。
「お、はえーじゃん」
「健太となかおっちが遅いんだって」
「そーそー、まおっちのゆーとーり。昼休みは短いんだから、ゆーこーに使わなきゃ」
声をかけると二人からけなされた。ちょいむかつく。
それでも大人の対応で聞き流して真央の隣の席に座ってクリームパンの袋を破いた。隣に中尾が座る。そうしていつもの通り四人で昼飯が始まった。
話す内容は特に決まってない。思いついたことを好きなように話していく。面白ければ食い尽くし、つまんなければそのまま流す。
今日の話題は夏休みに何をしてたかだ。真央は何度か八王子へ行って、ライブとかショッピングを楽しんだらしい。村田は親の田舎に行ったり旅行をしてたと言ってた。
もちろんオレと中尾は八王子の魔窟に行ってたことだ。そこでハンターと一緒に迫り来る魔物をやっつけていったことをリアルに話す。村田にはイマイチだったけど、真央にはウケた。
けど、村田がオレと中尾の話を聞いて何かを思い出す。
「そーいえばさー、あたしの友達の彼氏が言ってたらしいんだけど、その八王子の魔窟ってこの前一番奥まで行った人が出たんだってねー」
「へーそうなんだ。健太知ってる?」
真央に話を振られたオレは言葉に詰まった。話自体は知ってる。ちらりと中尾を見たけどちょうどパンをかじってるところだった。
しょーがないから自分の口を開く。
「知ってる。けどあれって、名前までは出てなかったはず。そうだよな、中尾」
「確かに名前は公表されていない。そのせいでみんな色々と噂をしてるな」
そうして中尾の説明が始まった。こいつは気になることは調べる性格だから、知ってることだと話が長くなる。どうも今回はある程度調べてるらしい。
話を聞きながらオレは面白くない想像をしちまった。確かに踏破したやつの名前は公表されてないが心当たりならある。
夏休みの終わりに八王子の繁華街でその件について言い合いをした。てっきりハッタリだと思っていたのにマジだったのか。
思えば今年の春からあいつの姿がちらつくようになってきた。最初はどうでもいい存在でしかなかったのに、ちょっと前にはすっげー美人のハンターとペアを組んでいやがった。しかも、ちょーつええ。なんでそんな人があんなやつとペアなのかわけわかんねぇ。
そういえば、あいつが急に目立つようになってきたのっていつだった? 夏休みか? それにあの美人と組んだのはいつなんだ?
くそっ、わかんねぇことばっかだ。いや待て、なんでオレが必死になってあいつのことを考えてんだよ。すっげーむかつく。
あーもう、オレも何かでかいことして見返してやんねーと収まらねーな、これ。
そんなことを考えながら、オレは昼休み中みんなとの会話を適当に流した。
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どんな人間であれ、息抜きは必要だ。ずっと張り詰めたままじゃいつか緊張の糸が切れて倒れちまう。オレは会社員時代にそれを知った。
それともう一つ、そのときに思い知ったことがある。自分の周りは味方で固めておいた方がいいということだ。でないと何もできないし、足下を掬われる。
自分を評価できない会社組織というものに見切りを付けたオレは思い切ってハンターになった。自分のやったことが直接評価されるハンター業はオレにぴったりだ。
そんなオレは今、夢野と一緒に居酒屋にいる。依頼を終えて一杯やっているところだ。
「だぁからぁ、あたしは言ってやったのよぉ。そんなんじゃ先が見えてるってぇ」
夢野は言葉だけで酔っ払ってるっていうのがわかるくらい酒が回っていた。こいつ、いつもこうなんだよな。
やたらとフリルの着いてる白いノースリーブのブラウスと黒い膝丈のスカートという、歳の割には子供っぽい服を好んで着る傾向がある。確か以前はアイドルを目指していたと聞いたことがあるが、その名残かもしれない。
「ねぇ、聞いてるぅ? 思田く~ん」
「聞いてるって。オレもその通りだと思う」
「でしょぉ!」
適当にうなずいてやると顔いっぱいに喜びを浮かべた夢野がコップのビールを飲み干した。そして手酌で並々と注ぐ。
こんなご機嫌取りみたいなことをするのは正直嫌だが、腹立たしいことに今のオレが頼れるのはこのアイドル崩れしかいない。ハンターになって何人かと組んで仕事をしたが、結局一番扱いやすいのがこいつだったんだ。
本当はもっと実力のあるハンターと組みたい。あるは実績のあるチームに入りたい。今も色々と動いているけどなかなかうまくいかないんだよな。
だからあの冴えないジュニアハンターがあんな美人とペアを組んでいたことが不思議で仕方ない。
「一体何をどうやったんだ、あいつ」
「あいつってだれよぉ?」
オレの漏らした言葉に夢野が反応した。しまったな。この話をすると夢野は不機嫌になるんだ。明らかにレベルが違うのに認められないんだよな、こいつ。
どう答えようか迷っていると、夢野が口を尖らせる。
「どうせまたあのエルフもどきのこと考えてたんでしょう~!」
「いや、そっちじゃなくてもう一人のジュニアハンターの方だよ」
「ジュニアハンター? あーなんかいたわね。魔窟で戦ってたときに陰からこそこそ獲物を狙い撃ちしてたやつ」
「そーだよ、そっち」
「あれひどかったわよねぇ。自分達がとどめを刺したくらいで、人の獲物を全部横取りしようとして! あたしがはっきり言ってやらなかったら危なかったじゃない」
とりあえず怒りの矛先を自分から外せてオレは安心した。これ以上酒をまずくしたくない。
自分の言葉で盛り上がってたらしい夢野が更に声を大きくする。
「大体、あのミーニアってエルフもどき、ちょっと魔法が使えるからって生意気よ! 別にあそこまで魔法を使わなくても魔物は倒せるってーの!」
「まぁな」
自分が格下を相手にするときの態度をきれいに忘れてる夢野にオレは話を合わせた。オレも大きな顔ができるのはチームメンバーのジュニアハンター二人だけだけど、とりあえず今はその事実から目を逸らしておく。
何にせよ、今のままではこの環境から抜け出せない。何をするにしても実績を示さないといけないから、いずれ大きなことをしないといけないだろう。
問題なのは、今のチームでそんな大きな仕事ができるのかということだ。けど、今のオレにはこいつらしかいない。なかなかきついが何とかするしかないだろう。
手にしたコップに残っているぬるいビールを一気に呷ると、オレはため息をついた。