いずれ訪れる日のために(ミーニア視点)
蒸し暑い中、わたくしは差した傘に当たる雨音を聞きながら半スラム街を歩いています。あまり治安が良くない場所ですが、活気のある場所ですので行き交う人の数は多いです。ただ、ほとんどの人々が傘を差しているのでいつもより歩きにくいですね。
今日はいつになく重い荷物を防水加工された巾着型の大袋に入れて手にしています。本来なら片手で持てる重さではありませんが、風の魔法で軽くしているので平気です。
商店街を通り過ぎますと街並みは町工場街に変化しました。道を行く人もそれに合わせて一般人から職人や業者に変わります。
ツァオバーハンマーはそんな町工場街の外れにあります。どことなく懐かしい風貌の建物には、ドワーフ語で書かれた看板が吊されています。
傘を折りたたんだわたくしは躊躇うことなく扉を開けました。取り付けられた小さな鐘がここの店主の風貌に似つかわしくない涼やかな音色を奏でます。
中に入りますと、かすかに臭う金属と油の香りにわたくしは眉をひそめました。あいかわらずこれは好きになれません。
店内には控えめに装飾品が陳列されています。首飾り、腕輪、髪飾り、指輪、どれも細かく美しい。この仕事ぶりについてはさすがドワーフというところでしょう。
「ズィルバー、こんにちは」
「ああ、ミーニアか。何の用だ?」
床に雨水の足跡を付けながらわたくしがカウンターに近づくと、作業台で細工物を触っていた背の低い毛むくじゃらのドワーフに声をかけました。
胡散臭そうに黒い瞳を向けてきたズィルバーを前に、わたくしは持って来た大袋をカウンターに置きました。
重い音を一瞬響かせたそれにズィルバーが興味を示します。
「なんだそりゃ? 音からすると金属のようだが」
「魔銀と神鉄鋼です」
「なんだと?」
目を見開いたズィルバーにわたくしは大袋の口を開けてやりました。中には更に二つの袋が入っています。
視線だけで許可を与えるとズィルバーは一つの袋の口を開けました。中には銀色の板が何枚もあります。もう一方の中にはやや暗い銀色の板が入っています。
「こりゃ大したもんだ。本当に魔銀と神鉄鋼が入っていやがる。よく集めたもんだな」
「集めるだけでしたら難しくありませんよ。魔窟で魔物を倒せば採取できますし」
「そうだったな。こっちの世界じゃ鉄鉱石みたいに掘る必要はないんだったか。それで、こいつを使って何を作ってほしいんだ?」
「魔方陣を刻み込んだ装飾品をいくつかと剣を大小一組」
大まかな要求をしたわたくしはつぶやくように次いで呪文を唱えました。すると、大袋の中に何枚もの用紙が収められたクリアファイルが現れます。
驚くこともなくズィルバーはそのクリアファイルを手に取りました。中をぱらぱらと流し読みしてから目を向けてきます。
「髪飾り、耳飾り、二の腕輪、腕輪、指輪、足飾り、ねぇ」
「できますか?」
「はっ、誰に向かって言ってやがる。きっちり作ってやるさ。にしても、ここまで注文しておいて首飾りはねぇんだな」
「既にありますので」
不思議そうにこちらへと顔を向けたズィルバーに、わたくしは首元から首飾りを手に取って見せました。涙型の水晶を嵌め込んだ銀色の鎖型の首飾りです。
「もしかして、森の涙ってやつか? だったら初めて見るが」
「はい。首元はこちらを使いますので注文はしていません」
「装飾品としてはこれと言って特徴はねぇが、膨大な魔力が詰まってるんだっけか。これのおかげで好き放題魔法が使えるって聞いたことがある」
「大体そんなところです」
すべてをこのズィルバーに話す必要はなりませんから、わたくしは曖昧にうなずきました。さすがにエルフにとって大切な品ですからあまり口外したくないですし。
納得したらしいズィルバーが何度が首を縦に振りました。けれど、まだすべての疑問が解けたわけではないらしく、別のことを問いかけてきます。
「装飾品についてはこれでいいだろう。で、剣の大小一組ってのはなんだ? 見たところ、この仕様書の中には何も書いてないようなんだが」
「それはわたくしのペアに使ってもらうための武器です」
「ペアだぁ? お前さんが誰か他のヤツと組んでるってのか?」
「そんなに意外ですか?」
「今まで仕事で必要なときに人を雇うことはしても、誰かと組むなんてしてこなかったじゃねぇか。どういう風の吹き回しだ?」
「わたくしが目的を達成することを手伝っていただける方に出会えたのです」
機嫌良くわたくしが答えると、ズィルバーは微妙な表情を向けてきました。そして、しばらく黙った後に小さい声で言い返してきます。
「元の世界に戻ることをまだ諦めていなかったんだな」
「もちろんです。理論上でさえも不可能ならばともかく、時間をかければどうにかなるのでしたら諦める必要なんてないでしょう?」
「そりゃお前さんらエルフの考え方だわな」
「あなたは帰りたくないのですか?」
「まったく何とも思わないってことはねぇが、儂の場合は自分のやりたいことができるんならどこでもいいんだ」
「なるほど、そういう考えもあるのですね」
実のところわたくしも元の世界に戻ることにそこまで執着しているわけではありません。自分で組み上げた魔法で世界を渡ってみたいという気持ちの方が強いです。なので、ズィルバーの気持ちはいくらかわかります。
目の前のドワーフの考え方を否定することなくわたくしがうなずくと、ズィルバーはクリアファイルをカウンターの上に置きました。そして、話題を元に戻してきます。
「話が逸れたな。それで、剣について何の要望もねぇが、一体どんなやつを作ればいい?」
「それは、あなたが良いと思うものであれば」
「儂が使うんだったらそれで構わんが、お前さんがペアを組んでる相手に渡すんだろう。なら、その相手にとっていいものじゃねぇと意味がねぇぞ」
当たり前のことを指摘されたわたくしは目を見開きました。専門外ということもあって、そんな基本的なことすら思い至らなかったことに恥ずかしさを覚えてしまいます。
どうしたものかとわたくしは首をかしげました。すると、その様子を見ていたズィルバーが更に話しかけてきます。
「本人を呼んできてくれるのが一番早いな。なんか理由があって呼べねぇってんなら、誰だか教えてくれ。儂が知ってるヤツ、特にこの店で武器を買ったことのあるヤツなら、ある程度想像はできる」
「大心地優太です。以前、荒神と一緒にここへ来たことがあるでしょう」
「あいつとペアを組んでるのか。けど、あいつはジュニアハンターじゃなかったか?」
「そこは大した問題ではありません。重要なのはわたくしが目的を達成することを助けられるのかどうかです」
「具体的に何をするのかわかんねぇが、あいつがそこまで大層なことをできるとは思えねぇんだけどな」
「今は確かに。しかし、鍛えればかならず期待に応えてくれると信じています」
にこやかにわたくしが返答すると、ズィルバーは何とも言えない表情のまま黙りました。実際のところはソムニが目当てですからズィルバーの感想もまったくの的外れではありません。
「まぁいい。わかった。剣についても作ってやる。優太と相談してもいいんだよな?」
「ええ、構いません。これから必要になると伝えれば納得してくれるでしょう」
ようやく納得してくれたズィルバーは剣についても承知してくれました。これでまた一歩前進です。
用が済んだわたくしはズィルバーと別れの挨拶を交わすと踵を返しました。