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記録と名声

 八王子の魔窟(ダンジョン)から帰宅した僕は久しぶりのベッドで心ゆくまで眠った。やはり住み慣れた場所で眠るのが一番だ。翌日は昼近くまで眠っていたから疲れの取れ方も違う。


 でも、昼ご飯を食べているときに母親から小言を言われたので少しテンションが下がった。夏休み中の長期外泊時に連絡一つしなかったからだ。別にいらない気がするんだけどなぁ。


 いまいち納得いかないと思いつつも、僕は昼ご飯を食べ終わると予約しておいた自動車に荷物を入れて出発した。目的地は第二公共職業安定所だ。


 駐車場に着くと僕はナップザックだけを肩にかけて本館へと向かう。まだきつい日差しを受けながら中に入るとかなり涼しかった。


 エントランスホールを歩きながら僕は頭の中でソムニに話しかける。


”受付カウンターに行って、魔窟(ダンジョン)踏破認定をしてもらいたいと言えば良いんだよね”


”そうよ。その後に証拠の入った袋を渡せばいいわ”


 横切る人を避けながら僕は手続きの確認をした。滅多にないことだからネットで検索するのに手間取り、最後はソムニに改めて調べてもらった経緯がある。


 空いている受付カウンターの前まで進むと僕は受付嬢に声をかけた。すぐにこちらへと顔を向けてくれる。


魔窟(ダンジョン)踏破認定の手続きをしたいんですが、よろしいですか?」


「はい? 少々お待ちください」


 やはり珍しい手続きらしく受付嬢も戸惑いながらやり方を調べてくれた。


 その間に僕は肩から降ろしたナップザックの中に手を入れて袋を手にする。採取した当初に比べてあの青白い魔力の塊は三割くらい目減りしていた。


 ようやく手続きのやり方を探し当てたらしい受付係は僕に再び目を向ける。


「お待たせしました。魔窟(ダンジョン)踏破認定ですね。どこの魔窟(ダンジョン)でしょうか?」


「八王子魔窟(ダンジョン)です」


「踏破した証拠はお持ちですか?」


「これです」


「お預かりします。では、あちらのエレベーターから二回に上がっていただいて、奥にある二○八会議室にお入りください。確認のための質疑応答を別の者がいたします」


 丁寧に応答しながら受付係は右手でエレベーターを指し示した。


 僕はうなずくと踵を返して隣の階段を使う。ここのエレベーターは動きがやたらと遅いから嫌なんだよね。


 指定された会議室に入ると僕は椅子に座った。六人が席に座れる小さな部屋だ。やることがないからソムニに話しかける。


”後はこの質疑応答を乗り切ったら認められるんだよね”


”そうなるわね。あれを本当に自分で取ってきたのかを確認するための面談よ”


”現地の映像でも録画しておけば良かったかな。それを提出したら一発じゃない?”


”その映像が本物であることの確認はするし、やっぱり面会はあるわよ”


「うわー、めんどくさいなぁ」


 面会を省略する方法はないものかと考えていた僕はため息をついた。


 ちょうどそのとき、会議室に男性と女性が入ってくる。男性は黒縁眼鏡で半袖のカッターシャツ姿で、女性はショートヘアの乳白色のパンツルックスタイルだ。


 二人とも軽く会釈すると男性が口を開く。


「これから魔窟(ダンジョン)踏破認定の面接を行います。私は職員の正木、こちらは立村です」


「初めまして、立村です。三十分もかかりませんので、しばらくお付き合いください」


 一度立ち上がって頭を下げた僕共々みんな席に座ると早速面接が始まった。


 自分の名前から始まって当時の様子を色々と聞かれたんだけど、要は本当に自分で踏破したのかということを確認したいわけだ。それならばと事前にソムニに立体地図を作ったからそれを提出した。ご丁寧に途中で倒した魔物の記録付きだ。


 この立体映像を見た立村さんが驚く。


「随分と正確で細かいですね。探索中にこれを描いたのですか。高価なソフトウェアを使っていらっしゃるんですね」


”ふふん、そりゃこのソムニちゃん謹製の地図(マップ)だもん。当然よ!”


「ペアを組んでるハンターさんが記録してくれたやつなんで詳しくはわからないです」


 人の頭の中で威張り散らす妖精さんの言葉を聞き流しながら、僕は事前に用意していた言い訳を口にした。尚、口裏合わせはソムニ経由でしてある。


 納得してくれたらしい立木さんはそのままうなずいて黙ってくれた。今度は正木さんが質問してくる。


魔窟(ダンジョン)の奥へと進むほど漏れてくる魔力は強くなります。これに長時間曝されていますと人体に悪影響が現れるわけですが、どうやって対処しましたか?」


「ペアを組んでるハンターさんが魔力の効果を減らしてくれる魔法をかけてくれました」


”ホントはアタシなんだけどねー”


 やっぱり妖精さんの独り言を無視して僕は職員さんに説明した。こうやって話しているとミーニアさんにおんぶに抱っこに聞こえるけど、実際はソムニを加えたらその通りだ。


 けど、僕がジュニアハンターであることは相手の職員さんも知っているから、この説明で納得してもらえた。


 その後もいくつか質問を受けて返すと、ようやく正木さんから問題ないという返事をもらえる。それを聞いて僕は安心した。


 展開していた半透明の画面を閉じると正木さんが伝えてくる。


「それでは、面接はこれで終わります。大心地(おごろち)さんのパソウェアに連絡が入りましたら、一階の受付カウンターまでお越しください」


「ありがとうございました」


 二人は会釈して立ち上がるとそのまま会議室から出て行った。


 それを見送った僕は大きなため息をつく。


「おわったぁ」


”大げさねぇ。そんなに緊張するような内容じゃなかったじゃない”


「そりゃ終わったから言えることじゃないか。始まる前まではボロが出ないか不安だったんだから」


 椅子にもたれながら僕は口を尖らせた。最悪ミーニアさんにパソウェアの通話機能越しに説明してもらうことも考えていたから、何事もなく終わってくれたのは本当に嬉しい。


 ぐったりとしていると、パソウェアのメッセージ機能のアイコンが目の前に表示された。受付カウンターへ来るようにというメッセージだ。


 起き上がった僕はすぐに会議室を出て階段を下りた。エントランスホールを突っ切るとさっきの受付嬢に話しかける。


「連絡を受けた大心地ですけど」


「はい、お待ちしていました。登録証(ステータス)の特記事項に八王子魔窟(ダンジョン)踏破が追記されましたのでご確認ください」


 言われるままに僕は登録証(ステータス)の画面を表示させた。そして、特記事項を見ると確かに八王子魔窟(ダンジョン)踏破とある。こうやって見るとなんだか無性に顔がにやけてくるから不思議だ。


 そんな僕に対して受付嬢は更に言葉をかけてくる。


「検査が終わりましたこの証拠品はお返ししますね」


 カウンターの上に突き出された袋を僕は受け取った。もう用はないからすぐにナップザックに入れておく。


 これで用は済んだとばかりに僕は踵を返そうとした。でも、受付嬢に呼び止められて思いとどまる。


「最後に一つ確認を。今回のこの快挙をジュニアハンター連盟の広報に掲載することになりますが、お名前を公表してもよろしいでしょうか?」


「え? そんなのあるんですか?」


「はい。ジュニアハンターの活動を世間に認知していただくための広報活動です」


”あー、入会規約にそれっぽいこと書いてあるわね。だから記事の掲載は拒否れないわ。名前の掲載の可否を聞いてきたのは、個人情報の法律に引っかかるからみたいね”


 あんな細かい条項をいちいち確認なんてしていなかった僕は頭を抱えた。でも、選択肢がないのなら仕方ない。僕はせめて名前の非公開を希望する。


 不安に思いつつも、厄介なことにならないことを願いながら僕は本館を後にした。

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