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重なる影

 戦闘音のする方へと向かって行くミーニアの背を僕は呆然としたまま見送る。やがて奥にその姿が消えると周囲には誰もいなくなった。


 まだ少し肩で息をしながら僕はさっきのやり取りを思い出す。今後の憂いを断つためにミーニアさんは当然のように金田達を殺そうと提案してきた。


 ここはなかなか法が及ばない所な上に僕達は正当防衛をしているのだから、恐らくこの件を知られても何とかなると僕は思う。問題なのは、僕が魔物しか殺すことを考えていなかったことだ。


 ジュニアハンターは基本的にハンターの補助的な立場なので、命に関わるような危険にはあまり(さら)されない。そして、戦闘を含む依頼もほぼ魔物の駆除か討伐だ。


 でも、ハンターの仕事には人を殺すというものもあることを僕も知っている。強い魔力に曝された動植物が魔物になることがあるということは、人間も例外じゃないんだ。


 更にハンター同士で諍いがあってその末に殺し合うことがあることもある。今が正にその状態なんだけど、まさか自分がそんな状態に陥るとは思ってもいなかった。


 思考が同じ場所をぐるぐると巡っている僕にソムニが話しかけてくる。


”このまま事が終わるまでじっとしてる? それとも今からミーニアのところへ行く?”


「それは」


”このままだとミーニアが一人で全部片付けちゃうわよ。でも、それは問題の先送りでしかないわ。今回はそれで良くても、ミーニアといる限りまた同じ事は起きるでしょうからね。そのとき、また今みたいに悩むの?”


 ソムニの問いかけに僕は答えられなかった。何と答えるべきなのかわからないのか、答えるのが怖いのかすらわからない。


”何も決断しないまま事が終わっちゃうのは一番良くないわ。じっとしているのならしている、行くのなら行く、どちらにせよ自分で判断しなさい。そうすれば、次はましな決断ができるから”


 口調はいつもよりも落ち着いていた。珍しく優しくいたわるような感じすらする。でも、僕は次第に追い詰められていくような気がした。


 単にジュニアハンターの活動を楽しむというのなら、行くべきではない。更に言うなら、ミーニアさんの故郷帰還も手伝うべきじゃないだろう。あまりにも危険すぎる。


 でも、それならどうして手伝うなんて言ってしまったんだろう。危ないことはわかっていたはずなのに。認識が甘かったと言われたらそれまでだ。


 ただそれでも、やっぱり助けたいという気持ちはある。どうしてかここで手を引くという気にはなれない。


 そのとき、今も頻繁に見る夢を思い出した。腰まで伸びた黒髪に少しおっとりとした顔つき、白い肌のほっそりとした体つきを白い折り襟パフスリーブシャツと黒のキャミワンピースで包み込んだその姿を。


「ああそっか、同じなんだ」


 どちらも望んでも自分の求める場所へ一人では絶対に行けないという点は同じなんだ。だから助けたいんだ。


 そうなると後は一つ。助けるために人を殺せるのか。


 正直怖い。人を殺すことへの嫌悪感以外にも、その後自分がどうなってしまうのかわからないのが怖い。意外に何ともないかもしれないし、立ち直れないかもしれない。やってみないとわからないことだけど、やってしまうと後戻りできないのが恐ろしかった。


 未だ続く戦闘音を耳にしながら僕は問いかける。


「ソムニ、自分が正気でいられる方法って何かあるかな?」


”脳みそいじってとか洗脳してとかじゃないのよね。そうねぇ、何か誓いを立てるって方法はあるわね。これだけは守るってやつ”


「誓いか」


”別にそんなご大層なことでなくてもいいのよ。女子供には手を出さないとか、必ず最初は人の話を聞くとか、むしろ単純な方がいいんじゃない?”


 思いもしなかったことを提案されて僕は驚いた。


 なるほど、それなら僕は。


「ミーニアさんみたいに困ってる人の邪魔をする金田のような悪人をぶちのめす、ってのはどうだろう?」


”困ってる人の邪魔をする悪人をぶちのめすってわけね。いいんじゃない? 都合が悪くなったら後で調整すればいいんだし”


「そんな簡単に内容変えてもいいの!?」


”人それぞれよ。臨機応変にという人もいれば、頑固一徹って人もいるんだから”


 いきなりいい加減なことを言われて僕は体の力が抜けた。それでも、決めた以上はやり通したい。


 僕は走り出しながら尋ねる。


「ソムニ、戦況はどうなってるの?」


”ミーニアがまだ生きてるっていうくらいしかわからないわね。遠くないんだから直接見た方が早いわ”


 緩く右に曲がる通路を壁伝いに走ると戦場に着いた。


 思った以上に混沌とした様子に僕は驚く。すっかり混戦状態だ。金田の仲間に豚鬼祈祷師(オークシャーマン)上位豚鬼(ハイオーク)はともかく、黒妖犬(ブラックドッグ)大鬼(オーガ)までいる。


 魔物が途中で増えたこと以外は何もわからない中、赤枠に混じって青枠が右に左にと舞っているのをすぐに見つけた。今は大鬼(オーガ)と戦っている。


 ミーニアさんを除いた生きた人間は四人だ。一方、魔物は生きているのが七匹と数は多い。


 誰を狙おうかと迷いを見せた僕にソムニから声がかかる。


”ミーニアと連絡したわ。離れた場所から魔物と人間を交互に撃ってと言われたわよ。できるわよね?”


「うん」


 うなずくと僕は壁際に膝立ちで小銃を構えた。白い線が延びて乱戦の中を指し示す。最初に狙ったのは豚鬼祈祷師(オークシャーマン)だ。あの中で一番動きが鈍い。


 魔法を使おうと動きを止めたところで引き金を引く。乾いた音と共に豚鬼祈祷師(オークシャーマン)は倒れた。


 次いで黒妖犬(ブラックドッグ)大鬼(オーガ)の二匹と戦っている男に狙いを定める。けど、苦戦しているようだから目標を黒妖犬(ブラックドッグ)に切り替えて引き金を引いた。それは悲鳴を上げて倒れる。


 次に動きを止めた男の腹を撃った。うずくまる男を大鬼(オーガ)が棍棒で滅多打ちにする。ある程度待ってから今度は大鬼(オーガ)の首筋を狙った。そいつは片膝をつく。もう一発。今度こそ倒れた。


 残りは金田達三人に魔物が四匹だ。


 ミーニアさんが距離を取って氷の槍を金田の仲間の一人に放つ。脇を貫かれたその男は倒れて、戦っていた上位豚鬼(ハイオーク)に馬乗りされて殴られ始めた。


 対魔物用大型鉈で大鬼(オーガ)黒妖犬(ブラックドッグ)の二匹と戦っている金田が叫ぶ。


「ちくしょう! 魔物を使うなんざ汚ぇぞ!」


「多人数で襲おうとしたあなたに言われたくありません」


 劣勢は明らかだった。恐らくどちらか片方だったら戦えたんだろうけど、大鬼(オーガ)と距離を取ろうとすると黒妖犬(ブラックドッグ)に付きまとわれて離せないということを繰り返している。


 僕はそんな金田に対して小銃を構えると引き金を引いた。左腰の足の付け根あたりに命中する。


「いでぇ!? てめぇ! あっ、うわ! まっ」


 動きの止まった金田に対し、黒妖犬(ブラックドッグ)が左腕に噛みついて匹倒した。続いて大鬼(オーガ)が棍棒で金田を殴りかかる。鈍い音が響き始めた。


 離れた場所で戦っていた最後の男はその様子を見て背を向けて逃げようとする。けれど、黒妖犬(ブラックドッグ)に足に噛みつかれて転倒し、上位豚鬼(ハイオーク)に殴られ始めた。


 人間と魔物の死体が散らばる通路を見ながら僕は大きく息を吐く。まだ終わりではないけれど大勢は決した。


 今回は直接人は殺さなかったけど間接的に死に追いやった。だから、誰がどう見ても僕が殺したことになるだろう。


 気持ちは意外に穏やかだ。この後どうなるかはわからないけど、このまま落ち着いてくれるかな。


 襲っていた人間から離れようとした魔物を順番に仕留めていく。これはいつもの作業だから何ともない。


 ミーニアさんが最後の魔物を仕留めた。これでこの場で生きているのは僕達二人だけになる。とりあえず、それ以上は考えないようにした。

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