基本的に不干渉な場所
魔窟の中位層の構造は上位層と似たようなものだ。元々地中の割れ目を元に作られているから上下左右にうねりながら、そこかしこに分岐している。
これだけならばどうということはないけど、奥に進むほど戻るのにも同じくらいの時間がかかるのが地味にきつい。特定の場所にワープとか転移なんていう便利な機能は魔窟にはないから、とにかく移動に時間がかかる。
そして、移動に時間がかかるということは、負傷したときに手遅れになる可能性が高くなるということだ。そのため、ちょっとした怪我でも中位層からは油断できない。それを恐れて行動範囲を上位層に限定している者も多いのもうなずける。
そんな状況に対して施せる手段は少ない。一つは医療用具をできるだけ揃えるというもので、もう一つは魔法で治療するという方法だ。
僕とミーニアさんの場合は後者を採用している。非常に優秀な魔法使いであるミーニアさんなら、大抵の傷はすぐに治せてしまうからね。
今も擦過傷と打撲の部分を魔法で治療してもらった。中位層にやって来てから負傷が急に増えてきつい。
「ありがとうございます、ミーニアさん」
「構いません。それより、中位層に来てから接近戦で負傷することが多くなってますね」
「少し前からソムニに教えてもらってるんですけど、まだ充分じゃなくて」
”ミーニアと出会う前に組んだスケジュールだからね~。こんながっつりと魔窟に潜るってわかってたら、優先順位は変えてたわよ”
射撃の方はともかく、近接戦闘になると今の僕は弱かった。だからといってすぐにどうなるものでもないから、今は手持ちの能力でどうにかするしかない。
戦闘終了後は素材を回収するんだけどその質は良くなった。ミーニアさんが業者のおっちゃんから聞いたところによると、上位層に比べて純度が高いらしい。
その素材を残らずミーニアさんが毎回残らず回収するものだから、後をつけてくる残素材回収人は入れ替わりが激しい。数回の戦闘を経ておこぼれに預かれないと知ると離れ、また別のチームが様子を窺うということを繰り返している。
「あの様子だと、もうしばらくすると誰もついて来なくなりそうなんじゃないかな」
「ああいった者達にも横のつながりはあるでしょうから、日が経つにつれてわたくし達のことが知られるでしょう。そうなれば、姿は見えなくなります」
”ただちょっと面倒そうなヤツがいるのよねー”
すっかり安心していた僕はソムニの言葉に眉をひそめた。残素材回収人に知り合いはいない。気になったので尋ねてみる。
「誰のこと?」
”ほら、前に中華料理店でミーニアに言い寄って来たヤツよ。確か金田って言ってたわよね”
「あの人、残素材回収人だったんだ」
もう二度と会うことはないとすっかり忘れていた人物の名前を持ち出されて僕は驚いた。思わず背後に延びる通路の奥を見つめるけど今は誰もいない。
不安に思いつつも僕はその後もミーニアさんと中位層を彷徨う。たまに粘性生物のような銃や鉈で倒せない魔物はミーニアさんが焼き払ってくれた。
中位層に入って三日目になると、僕達は一度地上へと進路を変える。二日連続で二時間ごとに睡眠と見張りを繰り返したせいで頭が少し重い。
「僕、地上に戻ったら寝ますね」
「ふふふ、さすがにつらいですよね。これを繰り返していずれは慣れてもらいます」
「いずれはそんなに深く潜るんですか」
「恐らくは」
”よっぽどきつかったら、アタシがアンタの脳みそを調整してあげようか?”
「それは最終手段だね。あんまりソムニに頼りすぎると成長できないよ」
物騒なことを言われたから僕は真剣に釘を刺した。体を操られたときにも思ったけど、あれは良い気分じゃない。
時間を確認するとそろそろ正午が視野に入る頃、早く地上に戻りたい一心で歩いていると、前方に四人が集まっているのを見つけた。その瞬間、僕にソムニが声をかけてくる。
”止まって。金田がいるわ”
僕達が立ち止まると金田達四人がこちらに向かってきた。どの顔もにやけている。
隣のミーニアさんに顔を向けると眉をひそめていた。そして、僕に目を向けて話しかけてくる。
「そのまま通り過ぎましょう。話しかけられても無視するように」
”あいつら何か仕掛けてきそうな感じね。いつでも動けるように気を付けて”
「わかった」
ソムニからも警告された僕は顔を引き締めて歩き出した。何をしてくるのかわからない怖さが僕の心をじんわりと締め付けてくる。心拍数が上がってきた。
距離が三十メートルを切ったところで金田が笑みを浮かべて声をかけてくる。
「よう、ミーニア! こんなところで会うなんて奇遇だねぇ!」
楽しそうに振る舞う金田を無視して僕達は通り過ぎようとした。けど、あちらの仲間二人に行く手を阻まれる。もう一人が僕達の背後に回った。
金田達を見ながら僕はミーニアさんに尋ねる。
「残素材回収人って追い剥ぎみたいなこともするんですか?」
「普通はしないですね」
「口を慎めよ、ガキ。オレ達は狩猟者だよ」
顔に笑顔を浮かべながらも金田の僕を見る目は冷たかった。他の金田の仲間は馬鹿にした顔つきで僕を見ている。
ミーニアさんはさっきから無表情だ。不機嫌そうでもなければ緊張もしていない。周囲の状況を考えると不思議だ。
そんなミーニアさんに金田が馴れ馴れしい笑顔を向ける。
「前に会ったときの話を覚えてるか?」
「覚えていませんし、思い出す必要もありません。わたくしはあなたに関わる気がありませんので」
「つれねぇなぁ。この魔窟を知ってるオレ達と魔法で完璧な素材回収ができるお前がチームを組めば、一儲けできるじゃねぇか」
「興味ありませんね。それに、組む相手は自分で決めます。あなたより優れたハンターの知り合いはいくらでもいますので」
「ははは! 言ってくれんじゃねぇか」
まるで相手にされていない金田が顔を引きつらせた。すごい言い方だけど、共通の知り合いを思い浮かべて確かにと内心でうなずく。
そのとき、ソムニが頭の中で話しかけてきた。珍しく真剣な声だ。
”後ろのヤツの挙動が怪しいわ。合図をしたら表示した通りに避けて反撃して”
”わかった”
格闘術のときの訓練を思い出しながら僕は返事をした。あれがこんな形で役に立つとは残念だ。
僕がソムニと話をしている間にもミーニアさんと金田の会話は続く。
「このガキがオレ達よりも優れてるってぇのかよ?」
「ええ、遥かに」
「はっ、そうかい。それじゃちょっと試してみようか?」
”優太!”
ソムニの合図と同時に僕は表示された半透明の自分の姿に合わせて体を動かした。金田が射線上に来るよう横向けに転がって後ろに振り向き、大型拳銃を取り出して緑のOKアイコンが表示された瞬間に引き金を引く。
「ぐあっ!」
背後から小銃で僕を撃とうとした金田の仲間は右肩を押さえて片膝を着いた。小銃は肩から掛けた肩紐のおかげで落としていないけど、あれでは使えないだろう。
金田とその仲間二人は口を開けて呆然としていた。まさか背後からの銃撃を予測して反撃するとは思ってなかったんだろうな。ソムニがいなかったら確かにその通りだった。
怯えと怒りが混ざった眼差しを向けている男が何もして来なさそうだと判断すると、僕は振り向く。
「ミーニアさん、僕、この人撃っちゃいましたけど」
「魔窟内ではハンター同士は不干渉が習慣な上に危害を加えようとしてきたのですから正当防衛です」
実に優しそうな笑顔でミーニアさんが僕に断言してくれた。