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八王子魔窟中位層

 何度か魔窟(ダンジョン)内で戦っているうちに戦いづらさの理由がわかってきた。魔物と出会ったときの距離が屋外に比べてずっと短いのが原因だ。何しろ五十メートル前後で姿が見えることも珍しくないから余裕がない。


 八王子に来る前は小銃で倒して残りを対魔物用小型鉈で片付けるというやり方を考えていた。けど、実際は二匹くらい小銃で倒して大半を近接戦闘で相手している。


 こんな状態だから僕はミーニアさんに頼りきりだ。現状だと僕は戦闘開始から終了までの間に魔物三匹を相手にするのが限界で、残りはミーニアさんに任せるほかない。


 とある戦闘の終了直後、素材回収のときに僕はミーニアさんに尋ねてみる。


「今の僕だと三匹を相手にするのが精一杯なんですが、これでもっと下に行けるんですか? 無理そうに思えますけど」


「もちろん一人ですべてに対応できるようになってもらえると嬉しいですが、さすがにそこまでは期待していないです。わたくしもいますから、二人で対処できるようになればまずは合格ですよ」


”大丈夫だって! そのうち何匹も相手にできるようになるって!”


 今ひとつ自分に自信が持てない僕はミーニアさんとソムニに励まされた。


 そうして八王子魔窟(ダンジョン)の上位層部分のあちこちを回る。探索はある程度慣れてきた。後は戦闘時の課題をどう解決するかだろう。


 七月最後の日、僕は中位層につながる下り道の手前で休憩をしていた。ぼんやりとその奥を眺める。


 今までも中位層につながる通路は何度か見かけたことがあった。そして、更に下に向かうハンターチームも見かけたことがある。


「中位層で活動しているハンターってどのくらいいるんだろう」


”前にちょこっと調べたときに、ここに入ってるハンターの一割くらいって数字を見かけたわよ”


「少ないのか多いのかわからないなぁ」


”総数が多いから結構な人数なんじゃないかしら。でも、稼ぎはいいみたいよ。鉱物資源の売却金額を見ると、この魔窟(ダンジョン)全体の約七割だから”


「へぇ、すごいなぁ。ああでも、その分魔物との戦闘は厳しいんだろうなぁ」


”それはね。稼ぎに釣られて未熟なハンターが向かって死ぬことも珍しくないらしいし、その数も含めると結構人は死んでるわ”


 嫌な話を聞いて僕の顔は微妙なものになった。稼ぎはあんまり気にしてないんだから、その話はしてほしくなかったな。


 今度はミーニアさんが話しかけてくる。


「次からは中位層に行ってみましょうか。もう魔窟(ダンジョン)の戦いにも慣れたでしょう?」


「行っても大丈夫なんですか?」


「大丈夫ですよ。それに優太の様子を見ていますと、多少強引にでも連れて行かないと前に進みそうにないですから」


”そーなのよねー”


 自分でも自覚していることなので思わず目を逸らしてしまった。そのせいでミーニアさんに笑われてしまう。


 そんな責められる形で中位層行きが決まった。


 八月になると僕達は中位層へと足を運ぶようになった。朝一番に入口から最短距離で上位層を突っ切る。手前で昼ご飯を簡単に済ませてから中位層に降りた。


 下る通路を歩きながらミーニアさんが話しかけてくる。


「昨日にも話しましたが、明日いっぱい中位層を探索します。上位層よりも厳しいですから覚悟してくださいね」


「緊張するなぁ」


”大丈夫だって! 今までよりもちょっときついだけだから!”


 そのちょっとがどの程度なのかまったくわからない僕は、ソムニの言葉を聞いても緊張を(ほぐ)せなかった。


 中位層に入ると周囲の風景が変わった。上位層は人工物っぽい感じの洞窟だったけど、ここは洞窟っぽい人工の通路みたいだ。そして、更に明るい。


「更に下だったら遺跡みたいになるのかな? でもなんでそんな風に変化するんだろう?」


「原因は不明だそうですね」


「そういえば、ミーニアさんの故郷がある世界にも魔窟(ダンジョン)ってあるんですか?」


「ありますよ。やっぱり下に行くほど人工物っぽくなりますね。ただ、こちらの世界とは違って石造りの通路や部屋になりますけどね」


「こっちの世界とは違うんだ」


 見た目が違うことに僕は興味を持った。原因はなんだろうかと考えてみるが当然わからない。


 雑談を交わしながら僕達が奥へと進んでいると、中位層で最初の魔物が現れた。上位犬鬼(ハイコボルト)を筋肉質にしたかのような狂犬鬼(マッドコボルト)三匹、豚鬼祈祷師(オークシャーマン)二匹、大鬼(オーガ)一匹だ。


 六十メートル先から四体が突っ込んで来るのを見て僕は叫ぶ。


「いきなりこんなに出てくるの!?」


”しゃべってないで体を動かす! まずは狂犬鬼(マッドコボルト)!”


 他の犬鬼(コボルト)種と比べてずっと動きが速い狂犬鬼(マッドコボルト)が最初に襲いかかってきた。一匹は小銃で倒し、もう一匹は対魔物用小型鉈で応戦する。


 けど、近接戦闘だけには集中できなかった。豚鬼祈祷師(オークシャーマン)が魔法で石投槍(ロックジャベリン)火球(ファイアボール)を作りだしては僕達に投げつけてくる。


 苦労して狂犬鬼(マッドコボルト)を倒すとミーニアさんが大鬼(オーガ)を相手にしているのを見た。僕は横から大型拳銃でその側頭部を撃って倒す。


 残るは豚鬼祈祷師(オークシャーマン)だけだけど、その二匹は味方がやられたのを見て逃げていった。今の僕に追いかける気力はない。


「はぁ。どうにか倒せましたね」


「そうですね。これからはこれが当たり前になります。頑張りましょうね」


 僕とは違ってまったく動揺していないミーニアさんを見てさすがだと思った。


 戦いが終わるといつものように魔物からの素材回収だ。この作業は僕にはできないからミーニアさんにすべて任せる。その間は周囲を警戒するくらいしかやることがない。


 魔物に不意打ちされないよう注意深く通路を見ていると、何か蠢く者が見えた。同時に黄色い枠に囲まれる。


「ソムニ、あの黄色い枠って何かな?」


”ハンターなんだと思うけど、じっとこっちを窺ってるわね”


「優太、どうしました?」


「あそこにハンターらしき人が何人かいるんですけど、僕達の様子を見てるんです」


「恐らく残素材回収人(スカベンジャー)と呼ばれる方々でしょう。魔窟(ダンジョン)を探索するのではなく、他のハンターが回収しなかった素材を漁る者達です」


「それで生活できるんですか?」


「できるのでしょうね。魔物との戦闘は極力回避し、素材回収に特化しているようなので」


”ハンターの後をつけて回るらしいから、嫌いな人は大嫌いみたいね。他にも、死んだハンターの身ぐるみを剥がすって話も聞くから好きにはなれないけど”


 そんな職業があると聞いて僕は驚いた。あんまり近づきたくない人達だ。


 素材の回収が終わると僕達は再び進む。残素材回収人(スカベンジャー)の姿は一旦見えなくなったけど、またしばらくして後ろから視界ぎりぎりの距離を保ってついてくる。


 正直良い気分ではなかった。大嫌いという人の気持ちがわかってしまう。


 たまに振り返ってしまう僕を見たミーニアさんが苦笑する。


「気になるのは仕方ありませんが、気にしすぎないようにしてください」


「わかってはいるんですけど」


「わたくしが完全に素材を回収していますから、後をつけても仕事にならないと理解すれば自然にいなくなります」


「中位層ってああいう人が多いんですか?」


「上位層にもいますからここに限った話ではありません。全体でどのくらいいるかはわたくしにもわかりませんね」


 何となく嫌な感じがする人達に後をつけられて僕は落ち着かなかった。業者にとっては貴重な鉱物資源を漏れなく回収してくれる重要な存在らしいけど、つけ回されるのは嫌だなぁ。


 けど、追い払うこともできない。別に僕達の邪魔をしているわけでもないからね。自分達でも探索をしたら良いと思うんだけどな。


 ため息をつきながらも僕は前方に集中して足を動かした。

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