他のハンターとの関わり
初めて魔窟に潜った翌日は休息日だった。特に理由がない限りは充分に休むべきというミーニアさんの提案だ。
「自分ではいけるというつもりでも、疲れていると体がついてこない場合があります。つまらないところで怪我をするよりは、事前に気を付けておくべきでしょう」
高校の体育の授業でハーフマラソンをしたときのことを僕は思い出した。後半は足が全然思うとおりに前へ出なかったよなぁ。
そんな理由で三日目は魔窟に入っていない。でも、やることがまったくなかったわけではなかった。魔物の素材を売りに行ったんだ。
知り合いの業者らしい店に入るとミーニアさんは店主に声をかける。
「こんにちは。素材を売りたいのですけれど」
「久しぶりじゃねぇか。相変わらず美人だねぇ。で、その革袋かい?」
「はい。あまりありませんが」
僕が両手で持っていた革袋を店主のおっちゃんが手に取ると計量器の上に載せた。そこに表示された重量を表示した半透明の画面に記入すると、袋の口を開けて隣にある大口を開けた機械の中へと入れる。
袋の中身を空にしたおっちゃんが機械のスイッチを入れるとうなりを上げて震えだし、その間に空の袋をもう一回計量器に載せた。
待っている間、おっちゃんはミーニアさんに話しかける。
「相変わらずきれいに鉱物だけ取り出してんだな。魔法ってのは便利だねぇ」
「かなり助かっているのは確かですね」
「で、そっちの坊主は?」
「仕事上のパートナーです」
「へぇ、前はずっと一人だったってぇのにな。坊主、よっぽど気に入られたんだな」
にやにやと笑いながらおっちゃんが僕に顔を向けてきた。正確には僕じゃなくてソムニが必要だからなんだけどね。
機械が甲高いブザー音を鳴らして止まった。半透明の画面が表示されて、鉱物の種類、重さ、金額が表示される。合計四万円だ。
買い取り一覧表を見たソムニが話しかけてくる。
”妥当なところなんじゃないかしらね。こっちの足下を見るようなことはしていないわ”
”ミーニアさんが選んだお店だからね。僕は心配していなかったよ”
旅館に戻る途中、ミーニア三は僕の隣を歩いた。そして、話しかけてくる。
「魔窟内で手に入れた物は原則としてすべて換金します。そして、二人で山分けしましょう」
「いいんですか? 六対四とかそんな感じでミーニアさんが多めの方が。僕色々と教えてもらってますし」
「わたくし、お金には困っていないのです。必要であれば魔法の道具を作って売れば結構な値段で売れるのですよ」
「えぇ、そんな方法があるんだ」
「はい。生計を立てるというだけでしたらハンター業は必要ないのです。こちらはあくまでも元の世界に帰るための方法を探すためにしていることですから」
手に職があるとか一芸に秀でるとかあると食べていけるという話を聞いたことがあるけど、ミーニアさんは正にそれを実戦しているわけだ。いいなぁ。
そんなことを話ながら一日何をするわけでもなくぼんやりと過ごした。
翌朝、僕は再び魔窟に入った。初回ほど緊張しなかったがそれでもまだ珍しさが勝っていて周囲を見回す。
「今日はどこに行きます?」
「昨日とは違うところにしましょう。魔窟をすべて回るのが目的ではないですけど、いろんなところへ足を運んで慣れましょう」
「好きなところに行っていいんですね?」
「ええ、もちろん」
許可を得たから僕はある程度進むと分岐路へと入った。入口から通じる大きな通路に比べて半分くらいの広さだ。
最初に出会った魔物は小鬼祈祷師だった。姿は小鬼と変わらないが、ぼろ布のローブを身にまとい、短い木の杖を持っている。そいつが、棍棒を持った小鬼長四匹を引き連れて襲ってきた。
距離七十メートルで小鬼長四匹が一斉に突撃する中、小鬼祈祷師が短い木の杖をこちらに向けて何やら叫ぶ。すると、その先に拳大の火球が現れてこちらに放たれた。
小銃で突撃してくる一匹を殺した後、二匹目に狙いを定めようとした僕は向かって来る火の玉を見て驚く。
「うわ!?」
初めて魔物に魔法を使われた僕は大げさに回避した。そのせいで残り三匹の小鬼長に距離を一気に詰められてしまう。一匹が僕、二匹がミーニアさんに向かった。
対魔物用小型鉈を引き抜いた僕は振り下ろされた棍棒を受け流そうとする。それは半分成功して棍棒は僕から逸れてくれた。けど、そのまま均衡を失った小鬼長が僕に突っ込んでくる。
「ギギャァ!」
「くそ!」
尚も暴れようとする小鬼長を強化外骨格の力を使って全力で突き飛ばした。すると、相手は蹈鞴を踏んでよろめく。僕は迷わず対魔物用小型鉈でその喉笛を切った。
喉を押さえて崩れ落ちる小鬼長から目を離した僕はミーニアさんへと顔を向けた。怪我をした様子はなく、その前には血だまりの上に倒れる魔物二匹が見える。
次いで正面に顔を向けてみたが奥に小鬼祈祷師はいなかった。
僕がどうするべきか迷うとソムニ声をかけてくる。
”小鬼祈祷師は逃げていくわね”
「追わなくてもいいのかな?」
「無理をする必要はないでしょう。倒す機会は他にいくらでもありますから」
ソムニに対する僕の質問にミーニアさんが答えてくれた。既に素材回収の作業をしているところだ。
その間、僕は独りごちる。
「初めて魔法で攻撃されたけど、なんか嫌だよね。銃みたいに速くはないんだけど、なんていうか、ちょっとやりづらい」
「攻撃が目に見えるので恐怖を感じているのかもしれませんね。でも、魔法でも目に見えないように仕掛けることはできますよ?」
「嫌だなぁ」
「しかし、これから先は当たり前のように魔法を使う魔物が現れますから、気を付けてください」
渋い表情をする僕にミーニアさんは苦笑いを向けた。
魔物を倒した後、僕達は更に奥へと進んだ。途中いくつか枝道を通って行く。すると、前方から戦闘音が聞こえてきた。
僕が立ち止まるとソムニが声をかけてくる。
”行ってみましょ。とりあえず何が起きているか確認しないと”
「そうだね。ミーニアさん、このまま進みますね」
「壁際に寄ってください。何が起きているのかわかりませんから」
うなずいた僕は左の壁に寄ると慎重に進んだ。
歩くにつれて戦闘音は大きくなっていった。大半が銃撃音、怒鳴り声、魔物の叫び声などだ。
やがて最初に黄色い枠が現れた。人間だからハンターだろう。三人が銃撃していて、一人が対魔物用大型鉈で赤枠で囲まれた上位豚鬼と戦っていた。
形勢は人間側が有利らしく、悲鳴は魔物から聞こえてくるばかりだ。
こちらに気付いていない様子なので一旦少し戻って僕は二人と相談してみる。
「ミーニアさん、あれって行った方が良いんですか?」
「いえ、行かない方が良いです。勝っているようですし、下手に加勢して魔物を横取りされると誤解されてもつまらないですし」
「助け合いはしないんですね」
「本当に危なければ助けるべきなのでしょうけど、ここは原則ハンターチーム同士は不干渉なのです」
そういうものと言われてしまえば僕はうなずくしかなかったけど、なんかもやもやするものが胸の内に広がった。仲良くしろとは言わないけれど、もうちょっと助け合っても良いような気がする。
「わかりました。気を付けます」
「ええ、そうしてください。これは武器を持った者同士で余計な争いを防ぐための習慣ですから。いずれわかるでしょう」
少し悲しそうな笑みを向けられて僕は黙り込んだ。そういうことなら仕方ない。
僕はため息をつくと、ミーニアさんに続いて元来た道を引き返した。