八王子魔窟上位層
八王子に到着した翌日、僕は早速ミーニアさん魔窟に入った。パソウェアを通じて入退出の記録がされるから、問題がなければ呼び止められることはない。
前に入った魔窟の入口は洞窟そのものだったけど、ここはより人工物っぽい形になっている。そして、ほのかに光っているからヘッドライトが不要だ。
僕の装備は前回とほぼ同じだ。強化外骨格にボディアーマー、小銃、大型拳銃、対魔物用小型鉈で軍用背嚢を背負っている。
一方、ミーニアさんは乳白色のゆったりとした上着と洋袴の上から若草色のフード付きローブを被り、茶色い鞄をたすき掛けにしている。杖すら持っていないというのは僕からすると違和感があるけど、これで問題ないらしい。
多くのハンターと同じく歩きながらも僕は周囲へと顔を巡らす。
「入口からいきなりそれっぽいですね。これってよっぽど強い魔力噴出があったってことですか?」
「らしいですよ。一時は魔窟周辺が魔物だらけになったそうです。討伐するのに相当手を焼いたとか」
「そのときにいなくて良かったなぁ」
心からの感想が僕の口から漏れるとミーニアさんに笑われた。
魔窟の入口から続く大きな通路を中心に中はいくつも枝分かれしている。ハンターによって目的地が違うから進むにつれて周囲から歩く人は減っていった。
今日の僕達は八王子魔窟の上位層を探索する予定だ。いきなり奥を目差すのは危険だから、まずは浅い層で慣れようというわけだよ。
周囲を見ながら僕は独りごちる。
「まだ魔物は出てこないですね」
「さすがにこの辺りは刈り尽くされていますからね。それぞれの脇道にも他のハンターが向かってますから、余程のことがない限り鉢合わせしません」
「どのくらい進む必要があるんです?」
「最低一時間は歩かないといけませんね」
半透明の画面を表示させて現在の時刻を表示させると、中に入って十五分が経過していた。まだかなり歩かないといけないらしい。
時刻を確認していた僕を見ていたミーニアさんが微笑んでくる。
「焦らなくても魔物は次々に湧いてきますから安心してください。毎日何百人というハンターが毎日中で魔物狩りをしていてもまったく尽きることがないのですから」
「逆にハンターがあまり来なくなったら危ないですね」
「そうですね。そのためにも魔物狩りが儲かるというのはとても重要なことだと思います」
みんなが進んで魔物を駆除してくれるから今の世の中はどうにかなっていた。僕もそれは知っているので安心して訓練をしながら稼ぐことができる。
不謹慎だけど最初はまるで遠足のように中を進んでいた。それは周りから同業者であるハンターの姿が見えなくなってからも同じだ。
あまりにも何も出なさすぎて拍子抜けしていると、はるか前方に赤枠三つが表示された。距離は百三十メートルだ。
「豚鬼?」
「いえ、恐らく上位豚鬼でしょう。ここに豚鬼はいませんから。太っているだけに見えますが、腕力はありますので気を付けてください」
”近寄らせなきゃいいのよ。全部銃で撃っちゃいなさい”
ミーニアさんとソムニの後押しを受けて僕は銃を構えた。向こうにいる上位豚鬼は僕達を見つけて突撃してくる。鈍そうな見かけによらず結構速い。
表示される白い線を先頭の上位豚鬼に向けて引き金を引いた。乾いた発砲音の一瞬後に上位豚鬼の頭が吹き飛んで体がのけぞる。
次いで五十メートル近辺まで近づいて来た二匹目の頭を吹き飛ばした。残り一匹に照準を合わせた時には十メートルの距離まで近づかれてしまう。
それでも僕は焦らずに引き金を引いた。金切り声を上げて突っ込んでくる上位豚鬼の頭がまた吹き飛んだ。
「うわっと!」
転がってきた魔物の死体を避けた僕は周囲に顔を向けた。他に魔物は来ていない。
「これで終わり、ですよね?」
「はい。最後まで冷静に戦えたのは良かったですよ」
”そうね! 幸先いいじゃなーい!”
合格点をもらえた僕は表情をほころばせた。何度も練習し、実践を重ねてできるようになったから嬉しい。
次は何をするのかわからなかった僕はミーニアさんに顔を向ける。
「それじゃ、先に進めば良いんですよね」
「いえ、待ってください。魔物から素材と呼ばれる物を集めましょう」
「あ、そっか。お金も稼がなきゃいけないんでしたよね」
口座にほとんど残高がないことを思い出した僕は倒した魔物の死体に目を向けた。いずれも頭を撃ったから体はきれいに残っている。
一体どうするのかと見ていると、ミーニアさんが何やらつぶやくと上位豚鬼の死体は急速に腐って骨だけになった。更に、石人形を召喚して骨を砕かせる。
あまりの出来事に僕は呆然とした。そんな僕にミーニアさんが声をかけてくる。
「成長した魔窟の魔物の骨髄には貴重な鉱物資源が含まれています。ですから、こうやって取り出すことで換金できるのですよ」
「みんな魔物を倒したら毎回こんなことをやってるんですか?」
「最も太い骨を取り出して持ち帰るのが一般的ですね。下に行くほどそういった余裕はなくなりますし」
「それで、骨を換金するんですか」
「はい。ただ、それだと粉砕して抽出する手間賃も取られますので、その分買い取り価格が安くなってしまいます」
一匹目の魔物を解体している途中でミーニアさんは僕に説明してくれた。
尚、抽出できる鉱物資源は金や銀などのお馴染みの貴金属から、魔銀などのファンタジー金属まで何種類かあるらしい。
二匹目に取りかかったところで僕は疑問をぶつけてみる。
「骨を砕くことでしか貴重な物って手に入らないんですか?」
「いいえ、魔物によっては鱗だったり目だったりと他の部位も換金できる場合があります」
「いずれにしても面倒そうですね。ゲームみたいに倒した魔物が消えて宝箱が出てくるっていうんだったら楽で良いのに」
「ふふふ、確かにそうですね。でも、残念ながら現実はそこまで便利ではありません」
「これを生業にしている人って生活費なんて稼げるのかなぁ」
「ぎりぎり何とかなるそうですよ。あくまでぎりぎりですが」
石人形が三体目に取りかかる頃に僕は首をかしげた。ちなみに、骨を砕いて取り出した鉱物は、ミーニアさんが持って来た革袋に入れて僕の軍用背嚢に入れた。こういうときの強化外骨格だしね。
素材集めが終わると再びぼんやりと輝く通路を進む。次に出会った魔物は上位犬鬼だ。犬のような姿は同じだが犬鬼よりも一回り大きく素早い。
緩やかに左へと曲がる通路の先にいたので発見が少し遅れ、六十メートル先から四匹に突撃されてしまう。
「うわっ!?」
一匹は小銃で倒せたけど、足の速い上位犬鬼三匹に近づかれてしまった。仕方なく一匹は対魔物用小型鉈で応戦する。そして、それを倒したころにはミーニアさんが氷投槍で他の二匹を倒していた。
「すいません、うまく戦えなくて」
「構いません。あれだけ近ければ懐に入られてしまうのは仕方ないですよ」
にっこりと微笑んでミーニアさんが慰めてくれた。
その後も進んでは魔物を倒して素材を手に入れるという手順を繰り返す。素材の回収については僕は見ているだけだけど。ここは手を出せないから仕方ない。
そうして正午頃、携帯保存食を食べ終わると僕達は地上に向かって歩き始めた。これはあらかじめ決めていたことで、しばらくは魔窟上位層で戦いに慣れるためだ。さすがにいきなり数日間入り続けるのはつらい。
今はとにかく目の前のことを一つずつこなしながら僕は必死に戦った。