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知り合いの活躍

 旅館けなげ屋に到着した当日の夜、僕は自分の部屋で横になっていた。既に夕飯と入浴は済ませているから後は寝るだけだ。


「まさか風呂掃除からしないといけないなんて思わなかったなぁ」


「あからさまに汚れていなかっただけ上等なんじゃない?」


 僕のぼやきにふわふわと漂う半透明な妖精が答えた。


 この旅館の共同の風呂は、使う前に洗うのが基本だとミーニアさんに教わった。前の人がどんな使い方をしているかわからないからだ。そして、実際に入ってみると空のユニットバスには誰のものかわからない垢がそこかしこに付着していてそのままでは使えない。


 これを見て僕はすぐに自分の手でユニットバスを洗い始めた。もちろんしっかりとは洗えなかったけど、何もせずにユニットバスに入るなんて考えられないからね。


 そのせいで僕は更に疲れてしまい、今はベッドでぐったりとしていた。思わずぽつりと漏らす。


「ミーニアさん、あれじゃ入るの大変だろうなぁ」


「確かにねぇ。どうしてるのかな? ちょっと聞いてみよう」


 同じく興味を持ったらしいソムニが精神感応(テレパシー)でミーニアさんに話しかけた。あちらの声までは聞こえないけど、ソムニの受け答えは僕にも聞こえる。


「魔法できれいにしてるって言ってたわよ。水の魔法と風の魔法を使うんですって」


「便利だなぁ」


「洗濯も掃除なんかも大抵は魔法だそうよ」


 そのあまりの便利さに僕は声が出なくなってしまった。何でもかんでも魔法で片付いちゃうんだ。すごいな。


 返す言葉がなくなった僕に対してソムニが更に話しかけてくる。


「それでね。もし掃除が面倒なんだったら、ミーニアの次に入浴したらどうかって提案してきたわよ。使い終わった後も洗ってあげるから、すぐに使えるって」


「そりゃ助かるけど、毎回部屋に呼びに来てくれるわけ?」


「何でよ。アタシとミーニアは精神感応(テレパシー)で話ができるんだから、それを使ったらいいじゃない」


 当たり前のように言われた僕は黙った。僕は使えないからその発想がないんだよ。けど、その提案はありがたい。


「わかった。それじゃミーニアさんにお願いしておいて。明日からそうする」


「はいはーい。あ、ミーニア、さっきの話なんだけどね」


 ソムニがミーニアさんに話しかけるのを見て僕は体の力を抜いた。もうそろそろ寝る時間だけど、あとちょっと何かしていたいな。


 そう思いながらも寝転がってやることはネット巡りしか思いつかなかった。半透明の画面を表示してぼんやりと見て回る。


 ジュニアハンター関連のSNSを見ていると、夏休みに何をするのかという話題で持ちきりだ。高一の人は訓練生から正式にジュニアハンターになって初めての依頼に緊張し、高二以上の人は魔物討伐や魔窟探索を楽しみにしている。


 こういうのを見ていると、改めて自分の活動の仕方が異質だと思えた。みんなは楽しく活動しているのに僕はひたすら訓練と修行だ。


 どうしてこんな風になったのか考える。


「最初はみんなと同じように楽しく活動するのが目標だったんだけどな。いや、今でもそのはず」


「どうしたのよ、急に」


「いや、他のみんなが楽しそうに活動しているのを見て、僕の本来の目的が何かって思い出しちゃってね」


「なんか前にも言ってなかった? でもそれって、結局友達がいないと成立しないって結論になったわよね」


 くるくると緩く周りながらソムニが以前の話を持ち出してきた。そう言えばそんなことを言っていた気がする。


「友達、友達かぁ。いたら最初からこんな風にはなってなかったよねぇ」


「訓練生を卒業する時期が早くなるかどうかはともかく、友達がいたら春からは一緒に活動していたでしょうね~」


「あ~、結局その結論になるのかぁ」


「っていうか、何今更蒸し返してるのよ。そんなに言うんなら、さっさと友達を作ったらいいじゃない」


「簡単に言ってくれるね。できない奴にはできないんだよ」


 渋い顔をした僕はごろりと反転してベッドにうつ伏せになった。嫌な事実を思い出しちゃったなぁ。


 でもそうなると、前に大海(おおうみ)さんがチームに誘ってくれたのは千載一遇のチャンスだったのかもしれない。あのときは尻込みしたけど、そもそもチームに入る機会がないんだからもっとよく考えておくべきだったかな。


 そこまで考えて、ふと大海さんの所属するウルフハウンズというチームのことが気になった。ウルフハウンズ公式のSNSアカウントを覗いてみる。


「今度はアメリカに行ってるんだ」


「お? それって真鈴(まりん)が所属してるチームよね。確か西海岸にある魔窟(ダンジョン)に挑戦するんだっけ?」


「世界有数の巨大魔窟(ダンジョン)かぁ。すごいなぁ」


 画像や動画と一緒に魔窟(ダンジョン)近辺の様子がアップロードされているのを僕はソムニと一緒に眺めた。砂漠や荒野が広がっている場面や近辺にある街並みなんかがいくつもある。


 まだアメリカに到着したばかりらしく魔窟探索(ダンジョンアタック)はしていないらしいけど、メンバーが楽しそうに観光している様子はとても眩しく見えた。


 ウルフハウンズについて調べたらしいソムニが僕にその内容を教えてくれる。


「今回は日本からやって来たハンターだけじゃなくて、あっちのハンターやジュニアハンターとも一緒に活動するみたいね。一週間くらい合同練習をしてから始めるみたいよ」


「ネットの情報だとあそこって難易度が割と高めだけど、大丈夫なのかな?」


魔窟(ダンジョン)全体が一律に危険というわけじゃないわよ。地下に潜るほど危険になるけど、中には比較的ましっていう場所があるの」


「へぇ、そうなんだ。でも遠征費って高いらしいから、その元って取り戻せるのかな?」


「スポンサーから援助が出てるみたいね。だからお金にはそんなにこだわらなくてもいいみたい」


「いいなぁ」


 自分の口座の残高を思い出した僕はため息をついた。僕にはスポンサーなんていないから全部自分で稼がないといけない。


「もっとも、スポンサーの援助がなくても、真鈴達の実力だったら遠征費くらい稼げるんじゃないかしら。現代のゴールドラッシュって呼ばれるくらいに盛況な魔窟(ダンジョン)だし」


「それじゃ浅い階層でも結構儲かるんだ」


「実際のところはピンキリらしいけどね」


 軽い調子で切り替えされた僕は少し肩を落とした。やっぱり現実はそんなに甘くはないらしい。


 次いで見たくないけど気になる住崎くん達のSNSアカウントを覗いてみた。やっぱり八王子魔窟(ダンジョン)のことが書かれている。既に一度入っているようでその感想がいくつも書き込まれていた。


 それを見ながら僕はソムニに尋ねてみる。


「ソムニ、実際のところ僕がこの魔窟(ダンジョン)の一番奥まで行けると思う?」


「そりゃ最終的には行けるようになると思うわよ。アタシとミーニアがついてるんですもの。でも、夏休み中にっていう条件を追加すると優太次第ね」


「僕次第か。お年寄りのハンターが結構死んでるって書いてあったから、なんか不安なんだよね」


「年寄りが死ぬ理由は判断力が鈍ったり反射的な行動ができなかったりが中心よ。どちらも老化による衰えが原因なんだから、優太には関係のない話だわ」


「前の所でひどい目に遭ったことがあったから、どうしても怖いなぁ」


「必要以上に怖がることはないわよ。アタシとミーニアがいるんだもん。今度はミーニアだって戦うんだし、もっと気楽に構えなさいな」


 ふわふわと浮かぶソムニが何でもないように返事をしてきた。今まで大きく見立てが外れたことはないんだけど、やっぱり初めてのときは不安が募る。


 これ以上考えても仕方ないと思った僕は寝ることにした。

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