中華料理店での話
八王子魔窟の近郊にある繁華街の中を僕はミーニアさんと歩く。昼ご飯を食べる店を探しているんだけど、住崎くん達と会ってそれっきりだ。
気になった僕はミーニアさんに声をかける。
「ミーニアさん、どこに入ります? 昼時なんでどこも混んでいそうですけど」
「でしたら、わたくしが知っているお店に行きましょうか」
「ちなみに、どんなお店なんですか?」
「中華料理店です」
にこやかに返答してくれたミーニアさんに僕は困惑の表情を返してしまった。エルフに中華店というのがどうにも結びつかない。
そんな僕の表情を見てミーニアさんが面白そうに笑う。
「わたくしが中華料理を食べるのがそんなにおかしいですか?」
「なんていうか、エルフのイメージと合わなくて」
「皆さん同じことを言いますね。菜食主義者ではないのかと驚かれたこともあります」
「肉は食べられるんですか?」
「もちろん。皆さんと同じ物を食べられますよ」
更に聞くと、故郷にいるエルフも普段から動物の肉を食べることに拒絶感はないそうだ。狩りをして食べているらしい。
話を聞き終えた頃には、僕のエルフのイメージはすっかり森に住む原住民だ。非常に優秀な魔法の使い手という特徴がなければそんなものだろう。
「そうなると、自然を愛して傷つけないというのも間違いなんですか?」
「自然を愛するというのがどういったものなのか次第ですね。わたくし達は自分の故郷を愛していますし、無闇に傷つけることはありません。しかし、住宅を作ったり畑を作ったりする程度には傷つけます」
さすがにそのくらいはと僕は思った。でないと原始的な生活しかできないもんね。
たどり着いた中華料理店というのは、どこにでもあるような個人店だった。店名は来訪店だ。初めて来た人は僕と同じように來來店じゃないんだと思うはず。
ともかく、ミーニアさんの案内で僕は中に入った。店内は八割方が埋まっている。なかなか盛況のようだ。空いてる二人掛けの席に座る。
「ぃらっしゃーい! ご注文は何にしますかぁ?」
すぐにエプロンをしたおばちゃんがやって来た。なかなか恰幅が良い人だ。
僕は味噌ラーメンの大、ミーニアさんは麻婆豆腐と炒飯を注文する。最後に水はセルフでと言われたので僕が取りに行った。
戻って来ると二人分の透明なプラスチックのコップを置いて僕も席に座る。何もかもが微妙に油でコーティングされたかのような感触に何とも言えない思いをした。
楽しそうにミーニアさんが話しかけてくる。
「ここの麻婆豆腐と炒飯が美味しいのよね」
「食べる話をするごとにエルフっぽくなくなっていきますね」
「皆さん同じことを言います。まるでお前はサラダだけ食べていろと言わんばかりにね」
「さすがにそれは嫌だなぁ。お肉もほしい」
「わたくしだってそうですよ」
雑談をしていると注文の品が届いた。美味しそうな臭いが鼻をくすぐる。
僕は割り箸を取るとすぐに食べ始めた。空腹を感じる口の中が味噌の味で満たされて幸せを感じる。
遠慮なしにかかっているクーラーが店内を必死に冷やしてくれているおかげで汗はあまり出ない。というかこれ、長居すると逆に体が冷えそうだ。
一方、ミーニアさんはレンゲを使って麻婆豆腐と炒飯を美味しそうに食べていた。別に疑っていたわけじゃないけど、本当に普通に食べるんだなぁ。
しばらく食べることに集中していた僕達だったけど、ほとんど食べたところで一息つく。
「めちゃくちゃ美味しいってわけじゃないけど、また食べたいって思える味ですね、これ」
「そうでしょう? 強い印象は残らないのですが、たまに思い出すのですよね」
「あーわかります」
名店ではないけど広く愛されるという感じの店っていうのかな。言葉にすると難しいな。
しばらくなんと表現しようかと考えていた僕は、無理だと諦めて話題を変える。
「ミーニアさん、昼から何をします?」
「必要な道具を買い揃えるのと、魔窟に入る許可をもらう手続きをしましょう。わたくしはもうありますので、優太の分ですね」
「前に行った魔窟みたいに誰でも入れるわけじゃないんですか」
「さすがにこれだけ大規模ですとまた魔物が大量に出てくる可能性もあるので、政府が管理しています」
「審査とかありますか?」
「わたくしのときはありませんでしたが」
”今ちらっと調べたけど、優太はジュニアハンターだから手続きは簡単に終わりそうよ。身元ははっきりしてるし、実績もあるからね!”
二人で話をしているとソムニも加わってきた。具体的な方法は聞かないけど色々と調べてくれたらしい。
「でしたら、まず許可の手続きからしましょうか」
「そうですね。それからゆっくりと買い物をしましょう。ってそうだ、僕あんまり手持ちがないんだ」
「心配ないですよ。いきなりたくさんは買いませんから。では、行きましょう」
ミーニアさんが立ち上がったの僕も続いた。会計を済ませると店を出る。途端にむわっとした空気に包まれた。
そして突然横合いから声をかけられる。
「そこのきれいなお姉さん、ちょっといいかなぁ」
声がした方を見るとやや細身の体の男が近づいて来た。にやにやと嫌な感じの笑顔を浮かべている。
「お姉さん、ハンターなんだろ? いい話があるんだけど、ちょっと聞いてくれない?」
「お断りします。では」
「いやいや! ちょっと待ってよ!」
取り付く島もないという様子で即断したミーニアさんの前に男が慌てて移動した。相変わらず嫌な笑顔をしたままだ。
「オレは金田飛男ってんだ。お姉さん、ミーニアってんだろ? あの魔窟に潜るんならさ、オレ達と一緒に行こうぜ。あそこはオレ達の庭みたいなモンだからよ」
「お断ります。あなたは必要ありません」
「つれねぇなぁ。あ、そこのあんたも何とか言ってくれよ」
呆然としていた僕はいきなり話を振られて驚いた。図々しいというレベルじゃないぞ。
それに、どうしてこの人はミーニアさんの名前を知ってるんだろう。初対面じゃないのかな。ちらりと顔を見ると不機嫌そうだ。例え知り合いでも会いたくない人なんだろう。
となると断るしかないよね。第一、この人がいるとソムニとの会話がやりにくくなる。それは特に今の僕には都合が悪い。
あと、ミーニアさんに対して最初からやらしい視線を向けてるのも印象が悪い。これ絶対に何か悪いことを考えている顔つきだ。
色々と考えた僕は金田という男に向かって返事をする。
「僕もあなたとは組みたくありません」
「あっそ」
途端に僕へは冷たい視線を向けてきた。あまりの変わりように僕は少し目を大きくする。
その間に金田はまたミーニアさんに話しかけ始めた。ミーニアさんの機嫌が更に悪くなる。立ち去ろうとすると回り込んでは説得するということを繰り返していた。
いい加減僕もうんざりしてきたのでソムニに相談する。
”どうしたらいいのかな?”
”警察呼んでおいたわよ。あと三分我慢してね”
なるほど、そういう対処方法もあったね。
三分後、水色系統の半袖の制服にボディアーマーを装備した警官一人がやって来る。
「たちの悪い男に絡まれていると連絡が」
「この方です。では、後はお願いします。行きましょう」
「え? あ、おい!?」
警官に軽く会釈したミーニアさんは僕に顔を向けて歩き始めた。警官と金田を一度見た僕は慌ててミーニアさんについて行く。背後で金田が喚いているのが少し気になったけど振り向くのを我慢する。
とりあえず僕達は面倒事から離れるために急いでその場を離れた。