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現地到着

 首都近郊の八王子魔窟(ダンジョン)の近郊に到着したときの僕の第一印象は、地元の第二公共職業安定所の門前町みたいだなというものだった。それもそのはずで、町は八王子魔窟(ダンジョン)がもたらす富で成り立っているからだ。


「結構賑わってますね」


「それだけ魔窟(ダンジョン)からもたらされる富が大きいということですね。日々の生活の糧を得ることだけ考えるなら、ここに毎日入ればどうにかなりますから」


「お年寄りの姿が割と多いのはそういう理由ですか」


 強い日差しに目を細めながら自動車から出た僕は、道を行き来する人に白髪交じりの人が多い理由を知った。体がまだ元気な人が流れ着くらしい。


 重い荷物を背負って歩くのは大変だから、僕は薄いカーキ色の制服の上から強化外骨格を身に付けた。それから軍用背嚢(バックパック)を背負い、スポーツバッグを持つ。


 一方、ミーニアさんの方は軽装だ。白のクローブキューブブラウスに薄茶色のウエストタック入りのタイトスカート、そして茶色のパンプスとハンターには見えない。


 使い込まれた茶色い鞄を肩にかけ、日用品が入って入るらしいスポーツバッグを手に持ったその姿を見て、僕は思わず声をかける。


「荷物持ちましょうか?」


「ありがとう。でも大丈夫です。風の魔法で軽くしていますから」


 にっこりと笑うミーニアさんに僕は感心した。魔法って便利なんだなぁ。


 できるだけ日陰を選びながら道を歩いて向かった先は、看板にけなげ屋って書いてある旅館だ。


 ソムニが僕の頭の中でつぶやく。


”ここがミーニア推薦の宿泊施設かぁ”


「以前仕事で来たときに使っていた宿ですよ」


 見た目は古ぼけているから何とも冴えない旅館に思えた。僕が宿探しをしていたら絶対に選ばない。


 この宿は設備はいまいちの割に宿泊料金が高い。本当に寝るだけの部屋で浴室もお手洗いも今時共同だ。しかも食事はなし。これで一泊二万円なんてどう考えてもおかしい。


 でもこの旅館の売りはそこじゃなくてセキュリティだそうだ。しかもコンピューターやネットのじゃなくて警備に関してと説明されて僕は首をかしげる。


「他の宿って治安が悪いんですか?」


「外出中に、大切な道具や貴重な回収品が従業員に取られないか心配するのは嫌でしょう? ここはそういった心配がないのです」


「外国の宿だと危ないって聞いたことあるけど、日本も安全じゃないんだ」


魔窟(ダンジョン)で回収した魔物由来の素材なんかも置く場合がありますから」


 この八王子魔窟(ダンジョン)では魔物由来の素材と呼ばれるものが手に入った。倒した魔物の部位を取り出すんだ。


 普通は地上に戻るとこの素材をすぐに業者に売って換金するんだけど、何らかの理由で手元に置いておく場合がある。このときに問題となるのが盗難だ。地味に深刻らしい。


 単に修行しに来ただけの僕はそこまで全然考えていなかった。けど、ミーニアさんはさすがにハンターだけあってその辺りもしっかりと考えていたみたいだ。


「あと、魔窟(ダンジョン)に近いという利点もあります。歩いて十分程度の距離ですから、地上に戻ってきたときに楽なんですよ」


「行くときじゃなくてですか?」


「だって、探索して疲れて戻って来たときの方が有り難みがあるでしょう? それに、素材をたくさん手に入れたら持って帰るのも一苦労ですし」


「素材かぁ。なんかあんまりピンと来ないんですよね」


「ふふ、でもこれから長期滞在しますから色々と入り用になりますよ」


 宿泊費、食費、武器弾薬費など、一つずつ指折りしてミーニアさんは数え上げてくれた。自宅から通っているわけではないということを理解した僕は考えを改める。


 けなげ屋でチェックインの手続きをすると料金を前払いで支払った。僕の口座から三十日分六十万円がいきなり消える。


「またほとんどお金がなくなっちゃった」


”ここは稼げる魔窟(ダンジョン)らしいから、ガンガン稼いだらいいじゃない!”


 励ましてくれるソムニの声が頭の中に響くけど僕の不安は消えてくれなかった。


 指定された部屋に荷物を置き、強化外骨格を外した僕は玄関ロビーでミーニアさんと再び落ち合うと旅館を出る。


「ちょうどお昼なので食事にしましょう」


 日差しがきつい中、ミーニアさんを先頭に僕は繁華街へと向かった。


 魔窟(ダンジョン)に通じる幹線道路沿いは主に魔物由来の素材を取り引きする店と旅館が多いけど、繁華街は飲食店と武器屋や雑貨店中心だ。第二公共職業安定所の門前町と雰囲気が似ているからこちらの方が僕は馴染める。


「さて、どこにします?」


「どこにしましょうと言われても、僕ここに来るのは初めてなんで」


 頭をかきながら困ったという表情を浮かべた僕は、ミーニアさんに続いて角を曲がったところでばったりと知り合いに出くわした。けど、残念ながら会いたかった人じゃない。


「住崎くん、中尾くん?」


大心地(おごろち)?」


 思田(おもいだ)さんと夢野さんの後に続いていた二人は、目を丸くして呆然としていた。


 住崎くんのつぶやきの後、合計六人が立ち止まってお互いを見つめ合う。あちらの四人は揃って僕とミーニアさんを見比べていた。


 唯一驚いていないミーニアさんが僕に振り向いて尋ねてくる。


「優太、知り合いなのですか?」


「奥の二人は住崎くんと中尾くんは同じ学校の同級生で、前の二人は同じチームのハンターって聞います」


「そうなのですか」


 再び住崎くん達四人へと顔を向けたミーニアさんは少し眉を寄せていた。たぶん、あんまり仲が良さそうじゃないっていうのを感じ取ったんだろうな。


 僕達二人が話をしたことをきっかけに住崎くんが僕に不機嫌そうな顔を向けてくる。


「お前、こんなところで何してんだよ?」


「何って、これから魔窟探索(ダンジョンアタック)をするんだ」


「は? お前が? いや無理だろ。ここの魔窟(ダンジョン)半端ないぜ?」


「なんでそんなこと断言できるの」


「オレ一回ここに潜ったんだよ。その経験から言ってるんだ」


 隣で思田さんがミーニアさんに熱心に話しかけ、夢野さんがその横で不機嫌そうな顔をしていた。そのため、僕は住崎くんに一方的に言われてしまう。


 更に中尾くんも僕に声をかけてくる。


「この魔窟(ダンジョン)に関しては俺もそう思う。かなりきついぞ」


「でも、やってみないとわからないじゃないか」


「ご心配なく。わたくしも優太と共に魔窟(ダンジョン)へ入って鍛えますので」


「鍛える? あなたは大心地のインストラクターなんですか?」


「いえ、仕事上の仲間です。詳しくは申し上げられませんが」


 やんわりと説明を断られた中尾くんは目を白黒させていた。その隣の住崎くんには不機嫌そうに「何でこんなやつと」とつぶやかれる。


 そこへ思田さんが割っては入ってきた。熱心にミーニアさんへと話しかける。


「どうせならおれ達と一緒に魔窟探索(ダンジョンアタック)しません? 六人いた方が何かとはかどるでしょうし。いや、ここってかなり大変ですよ」


「えー、思田くん、やめよーよぅ。あたし達四人だけで充分だって~」


「いや何言ってんだ。こういう困難はみんなで乗り越えるものだろ!」


「そこのエルフもどきがちょっと美人だからって鼻を伸ばしてるだけのくせに」


「ちょ、何言ってんだよ、お前!?」


 図星を指されたらしい思田さんが夢野さんに慌てて否定していた。


 すると、ミーニアさんがにっこりと笑って告げる。


「ごめんなさい。わたくしは優太は二人で行動するつもりです。こちらにも目的がありますからね。さぁ、優太、行きましょう」


 呼びかけられた僕は、相手の返事を待たずに歩き始めたミーニアさんに続いた。その僕達二人を住崎くん達四人は呆然と見送る。


 とりあえず面倒な場面から逃れられた僕は大きく息を吐いた。

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