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次の修行地

 期末テスト後の補講期間が終わってついに夏休みに入った。一足早く夏休み気分だった僕だったけど、これで大手を振って自由に行動できるわけだ。


 一学期の終業式が終わると僕は帰宅して昼ご飯を食べ、すぐに第二公共職業安定所へと向かった。射撃場で訓練と銃の手入れを済ませてから本館へと入る。


 昼下がりの館内は人が多かった。夏休みに入ったジュニアハンターが依頼を求めてやって来てるからね。


 僕はエントランスホールを横切ると四人席が設えてある打ち合わせコーナーの一角に座った。そして、ミーニアさんにパソウェアのメッセージで連絡を入れる。


”ミーニアからもう少しで着くって返事が来たわよ”


”返事が早いね”


”自動車に乗ってるんですって。今駐車場に入ったらしいわ”


 頭の中に響くソムニの声を聞きながら僕は服の襟で軽く扇いでいた。真夏の太陽で火照った体にはじんわりと汗が出ているから館内のクーラーが気持ち良い。


 徐々に冷えていく感覚を僕が楽しんでいると、エントランスホールの向こうからミーニアがやって来た。僕に対して笑顔を向けてくれる。


「こんにちは。待たせてしまいましたね」


「さっき来たばっかりですから平気ですよ。それにしても、本当に周りの人が振り向くんですね」


 玄関口からこの席にやって来るまでに何人もの人ミーニアさんを見ていた。今も何人かの人がこっちに顔を向けている。これだけの美人だとやっぱりみんな見とれるんだ。


 注目されるのが苦手な僕にとっては落ち着かなくて困る。自分が見られているわけじゃないんだけど、絶対なんであんな奴といるんだって思われているはず。


 居心地悪そうにしているとミーニアが笑いかけてくる。


「わたくしはもう諦めて開き直りました。優太には慣れないことを強いて申し訳ないですけど。でも、以前は平気でしたよね?」


「前は気付いていなかったんです。こんなに注目されてたなんて」


 気付いてから思ったけど、知らない方が良いことってあるんだなと今の僕は強く感じていた。芸能人みたいにずっと注目されっぱなしの人って疲れるだろうなぁ。


 苦手意識丸出しの僕が苦笑いしているとソムニが声をかけてくる。


”せっかく集まったんだから早く話をしましょ。これからどうするのか考えるのよね?”


「そうですね。実を言いますと、優太に挑戦してもらいたい場所はもう決めてあります」


 風圧遮蔽機器(ウィンドウシェルター)によって会話の内容は外部に漏れないから、ミーニアさんは遠慮なく口を開いて前置きをした。


 先週末に寂れた魔窟に入った僕は夏休みに何をするか実はまだ決まっていない。初めての探索の結果次第で次に何をするか決めることになっていたからだ。


 自分ではこの先何をするべきかよくわからないから僕はまずミーニアさんの話を聞く。


「挑戦してほしい場所ですか?」


「はい。首都近郊にある八王子魔窟(ダンジョン)です。名前くらいでしたら優太も知っていますよね」


「そりゃまぁ、有名ですから」


 意外な場所を指名されて僕は目を見開いた。


 大厄災の際、海面が急上昇したせいで沿岸部の平地の多くが海に沈んだ。かつて関東平野と呼ばれた場所も同じで今では関東海になっている。


 当然そうなるとかつての首都は海の底だから時の政府は首都を別の場所に移した。それが八王子なんだ。


 でもそれですべてが解決したわけじゃない。何しろ山間からは魔物が次々と襲ってくる。その最も大規模だったのが今は八王子魔窟の魔力噴出(マナバースト)だ。これにより魔物が大量発生してしまい、一時は政府がまた遷都を検討したくらいらしい。


 幸いその大量発生はどうにか防ぎきり、現在は有力な魔窟(ダンジョン)としてたくさんのハンターが集まっている。


「でもあそこって、結構レベルが高いって聞いてますよ? 僕が入っても大丈夫なんですか?」


「わたくしとソムニもいますので問題ないと考えています」


”大丈夫だって! アタシも何とかしてあげるから!”


 陽気にソムニが請け合う声が頭の中に聞こえた。その発言は信用できるけど、僕の性格上やっぱり不安になる。


「そうなると、やっぱり上の方の階層で修行する感じですか?」


「それもありますが、最後は魔窟(ダンジョン)の最奥部を目指します」


「え? そんなところまで行けるんですか? あそこって結構広いらしいですよ?」


「あそから噴出している魔力がどの程度なのか知りたいので見ておきたいのです。その経緯が優太の訓練にも有効でしょう」


「あそこってまだ結構魔力が強く出てるんじゃなかったでしたっけ。しかも、一番奥まで行って帰還できた人はほとんどいないって聞いてますよ」


 一応一番奥まで到達できたハンターがいることにはいるらしい。ただ、あまりにも強く吹き出る魔力で発狂したともネットで見たことがある。ほとんど都市伝説みたいな話だ。


 そんなところに平然と行くというのだがら、ミーニアさんは肝が据わっているというか余程の実力の持ち主というか。そこまで自信のない僕は即座に首を縦には振れない。


 微妙な表情をしているとソムニが声をかけてくる。


”噴出する魔力の強さは気にしなくてもいいって前に言ったでしょ。アタシがいるんだからそこは無視していいわ”


「そんなこと言ってたね。そうなると、後は魔物の強さと数かなぁ」


「前と違って次はわたくしも一緒に戦いますから、あまり心配しなくても良いですよ。それに、優太の訓練を優先しますから」


 僕の気持ちは理解しているとばかりにミーニアさんは笑顔を向けてきた。そう言われるとある程度は安心できる。でも困ったことに別の問題が浮かび上がってきた。


 表情はそのままに僕はミーニアさんに尋ねてみる。


「たぶんこの夏休みの間に一番奥まで行くつもりなんですよね。もし僕が成長できずに八月末までに一番奥まで到達できなかったら、どうするんですか?」


「そのときは次のまとまった休みの時まで延期ですね。あるいは、優太が学校に行っている間にわたくしが調べておくかも。そのときの状況次第ですね」


「一人で行くつもりなんですか!?」


「別に他のハンターを雇っても構わないでしょう。ともかく、優太はそこまで気にしてくれなくても大丈夫ですよ」


「ということは、今回挑戦するのはあくまでも僕の修行が最優先で、一番奥に行くことは二の次ですか」


「その通りです。もっとも、わたくしとしては優太の夏休み中に一緒に最奥部へ行くつもりですけどね」


 笑顔でとんでもないことを言うミーニアさんに僕の顔は引きつった。


 本当に行く気なのかと内心頭を抱えていると、ソムニがミーニアさんに問いかける。


”ところで、その八王子のところっていつ行くのよ?”


「次の土曜日を予定しています」


「え、明後日ですか!? 随分と急ですね」


 思わず僕は声を上げた。確かに夏休みだから自由に動けるけど、そこまで急ぐ理由がわからない。


 僕の様子を見たミーニアさんが不思議そうに首をかしげる。


「そうなのですか? 他のハンターと仕事をするときは大体このような感じなのですが」


「あ、あー、そうなんですか」


”何か準備するものってある?”


「えーっと、あれ? そもそも八王子の魔窟(ダンジョン)で何をどうするのかわからないから準備のしようがないな」


「現地にもお店はありますから、不足があるならそちらで買い足せば良いでしょう。ですから、今ある物をとりあえず持って行けば良いですよ」


 できれば横田さんやジャックのお店で僕は品物を買いたかった。けど、何が必要なわからないので事前に品物を買うことができない。


 合理的な提案に僕は仕方なく曖昧にうなずいた。

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