魔窟の最奥部
昼休憩が終わると僕は再び立ち上がった。精神的な疲れもあって体が重く感じられる。背伸びをした後、僕は歩き始めた。
それにしても随分と長い洞窟だ。魔窟だから自然のものとは違うにしても、一体どうやってこんな穴ができたんだろう。自然の洞窟は何十万年や何百万年かけて形成されるものだと見たことがあるから不思議で仕方ない。
途中、いくつか横穴があったけど全部無視して先へと進む。もうこうなったらひたすらまっすぐ進むだけだ。
歩いているとまたもや洞窟が下に傾いていた。壁や床はより滑らかにそして明るくなっている。
ヘッドライトを消して僕は地下三階に足を踏み入れた。さっきまでとは違ってわずかに人工的な感じがする。
蛇行する洞窟をゆっくりと進んでいると、洞窟は下るのが終わってまた真横に延びていた。今度は比較的まっすぐ延びているからより奥まで見える。
「あれは、犬鬼?」
真横に延びた中を進もうとしたとき、赤枠が四つ現れた。距離は百メートル弱。隠れる場所がないから向こうから僕達も丸見えだ。
遠方にいる犬鬼らしき魔物が一斉にこちらへ向かって走り出した。
さすがに僕ももう驚いたりしない。すぐに小銃で狙いを定める。銃口から延びる白い線を合わせ、緑のOKアイコンが表示される度に引き金を引いた。三発撃って二匹倒す。
思った以上に早いその動きを見て、僕は距離三十メートルを切った時点で小銃を手放した。一瞬で接近戦の距離まで詰めてきた魔物二匹の攻撃を横に転がって躱す。
「ワウゥ!」
「ガァァ!」
犬鬼よりも尚早いその動きに顔をしかめながら僕は地面から起き上がった。同時に対魔物用小型鉈を鞘から引き抜く。構えようとしたけど、それよりも早く魔物二匹が同時に襲いかかってきた。そのせいでまた地面を転がる。
「なんだこいつら! 犬鬼よりも速い!?」
考えている暇はなかった。連携することを知っているのかわからないけど、二匹同時を相手にするのはきつい。
とても対魔物用小型鉈で斬りつける余裕がないことを知った僕は、それを左手に持ち替えて大型拳銃を引き抜いた。ろくに狙いを定めずに緑のOKアイコンが見えた瞬間引き金を引く。
「ギャン!」
腹に銃弾を受けた犬鬼らしき一匹は地面に転がった。その間にもう一匹が僕に噛みつこうと飛び込んでくる。
とっさに僕は左手の対魔物用小型鉈でそいつの口を受けとめた。当然刃で口が切れるからそいつも悲鳴を上げて離れる。迷わず僕は大型拳銃で二回撃った。
お腹を抱えて苦しんでいる方にとどめを刺すと僕は大きく息を吐き出した。しばらくぼんやりと倒した魔物を見てから武器をしまう。
振り向くとミーニアさんとソムニが近づいて来た。
少し眉をひそめて僕はミーニアさんに尋ねる。
「この犬鬼っぽい奴ですけど、これって何ですか?」
「上位犬鬼ですね。犬鬼よりも一回り大きいですよ」
改めて床に倒れている魔物の死体へ目を向けた。確かに言われてみると大きいような気がする。でもそれ以外はあまり外見の違いがわからなかった。
疲労を強く感じるようになったので休憩にする。歩いているときも緊張しているから徐々にきつくなってきた。
会話する気力もないまま黙って休憩時間を過ごすと、僕は再び奥へと足を向ける。
もはや余計なことを考えられない状態の僕は黙々と歩いた。ある程度進むとまた洞窟が下に向いている。より滑らかにそして明るかった。
今度は地下四階だなと思いながら躊躇わずに先へと進む。魔物が現れたときにすぐ反応できるよう気を配った。
生ぬるいそよ風を顔に感じながら進んでいるとソムニが後ろで独りごちる。
「あれ? なんか魔力が流れてきてない?」
「わたくしは何となくとしか感じませんが、ソムニにははっきりと感じ取れるのですね」
「え、この風って魔力なの?」
普通の風だと思っていた僕は驚いて立ち止まり、後ろに振り向いた。何か体に悪いんじゃないかと不安になる。今は何ともないけど、後からじわじわと影響があるのは怖いなぁ。
そんな僕を見たミーニアさんがにっこりと笑う。
「この程度なら問題ありません。余程濃密な魔力に曝されるか、本人の精神が極端な状態になっていない限りは」
「そーそー。それに、優太の場合はアタシがいるから平気よ。どれだけ濃い魔力でもちゃんと濾過してあげるから!」
自信満々の様子でソムニが僕の頭の上をぐるぐると回った。二人が平気だというのならそれを信じよう。
再び僕は歩き始めた。洞窟は更に下がり続ける。すると、やがて半球状の洞穴にたどり着いた。見た目は自然の洞窟のような、それでいて加工されているような微妙な見た目だ。
洞穴の中央には割と大きな裂け目があった。一番広い所で人一人が入れるかどうかという幅だ。そこから生ぬるい風が吹き出している。
「なんか、クーラーの送風の風を受けてるみたいだな。この風が魔力なんですか?」
「正確には、この風に魔力が混じっています。それもかなり薄いものですけどね」
ミーニアさんの説明を聞きながら僕は興味ありげに裂け目の中を覗いてみた。けど、さすがに暗闇しか見えない。何となく残念に思えてしまう。
改めて周囲を見渡してみると、やって来た洞窟とは別にもう一つ人が通れる穴が右側にあった。裂け目の向こう側だけど端からなら向こう側へ渡れる。
「ミーニアさん、次はあっちの穴に行けばいいんですか?」
「いえ、ここがこの魔窟の一番奥です」
「そうなんですか?」
意外なことを聞いた僕は驚いた。てっきりもっと奥だと思っていたので拍子抜けする。
「ラスボスでもいると思ってたのに」
「あはは! 優太、ゲームじゃないんだから必ずいるわけないでしょ」
「ラスボスとは何ですか?」
「ゲームなんかで一番最後に出てくる敵のことです。ここにもそんな魔物がいるのかなって思ってたんですけど」
首をかしげたミーニアさんに僕は言葉の説明をした。なるほど、現実の世界ではラスボスがいるとは限らないんだ。
そこまで考えて僕はあることに気付く。
「ということは、この裂け目って魔力噴出の跡なんですか?」
「そうですよ。噴出当初の勢いはすでにありませんから危険はほぼありません。そして、ここが今回の目的地です」
優しく告げられた僕はぼんやりと聞いていた。なんか途中でゲームが終わったような感じがする。結構疲れてるから楽ができて嬉しいっていう面は確かにあるけど。
何となく不完全燃焼な僕は思いついたことをミーニアさんに尋ねる。
「本番、ミーニアさんの帰還の時って、この裂け目から濃い魔力が吹き出してるところに行くんですよね」
「そうなります。魔力の浴びすぎに関してはソムニが対処してくれるということですから、問題はたどり着くまでの過程ですね」
「過程?」
「それだけ強い魔力が噴出している裂け目の周囲には強い魔物がたくさんいるはずですから」
「あー」
指摘されてその問題に気付いた。確かに魔力云々以前にたどり着かなくちゃいけない。でも、今日のていたらくを振り返ってみると先は長そうに思えた。
微妙な顔をしている僕に対してソムニが声をかけてくる。
「大丈夫だって! みんなが羨むくらいに強くしてあげるから!」
「いや別にそこまでは」
「何言ってるのよ。そこまで強くならないとミーニアが帰れないじゃない」
「そうなんですか?」
「強くなってくれるほどわたくしは嬉しいですね」
にっこりと笑顔を向けられた僕は思わず目を背けた。その先に黒い裂け目がある。
しばらく僕はそれを見続けた。