格下であったとしても
左側の分岐先へと足を踏み入れた僕は、洞窟の傾きが真横に変わったことに気付いた。同時に地下二階は地下一階よりも少し明るいことに気付く。滑らかなだけじゃないんだ。
ヘッドライトを消そうかどうか迷ったけど、消すとやっぱり暗いので点けたままにする。さっき魔物に見つかった原因だけに消せるなら早く消したい。
今までの出来事を思い出してこれからどうするべきか考えていると、蛇行して先が見えない洞窟の奥に小さい赤枠が目の前に表示された。しかも五つだ。
「小動物系の魔物?」
思いついたことを僕は口にした。
この魔窟だとある程度近づかないとソムニは赤枠を表示しない。そして、さっきの小鬼長のときと比べて明らかに小さかった。
今度は間抜けなことはしないようにとヘッドライトを消す。そして、左の壁際に寄ってからまた進み始めた。
赤枠はさっきから右に左にとちょろちょろ動く。何をしているのかわからないけど落ち着きがないなぁ。
何度か壁際から先を覗くと、僕はようやく相手の姿を目に捕らえた。茶色い毛に覆われた鼠っぽい生き物だ。
一旦首を引っ込めて僕はミーニアさんへと振り向く。
「奥に鼠みたいなものが五匹いるんですけど、あれも倒すんですか?」
「どれかしら。ああ、敏捷鼠ね。一度くらい相手にしても良いんじゃないかしら」
「名前からしてすばしっこそうですよね」
「小さくて素早いからなかなか倒せない上にお金にもならないってみんな避けています。飢えていると自分より大きなものも襲ってくるから面倒な魔物ですね」
それはまたハンターにとって嬉しくない魔物だなぁ。
嫌そうな顔をした僕は少し考えてからソムニに声をかける。
「僕の銃の腕前で当たると思う?」
「毒を食べさせて殺すか、散弾銃で肉塊にするのが普通なのよねぇ。まぁいざとなったらミーニアの魔法で片付けてもらえばいいんじゃない?」
「僕、持ってくる装備間違えたかな」
「それも一つの経験と思うしかないわね」
まさか面を制圧する武器が必要になるなんて思わなかった。
赤枠の左下に表示されている距離は六十メートルとちょっとだ。ソムニの支援があるのならまず外すことはない。けど、一発撃ったらすばしっこく動き回るだろう。
逃げてくれるならそれで構わないけど向かってこられたらどうしようか。一匹くらいなら倒せそうだけど残り三匹にはどう考えても襲われる。
僕は対魔物用小型鉈の柄を触った。これで三匹も倒せるのか不安に思う。でも、他に手段がない。散弾銃がほしいなぁ。
かなり悩んだけど、手持ちの武器だとやれることはいつも通りの手順しかなかった。
諦めて銃を構える。よく観察すると三匹はよく動いているけど二匹はほとんど動いていない。そのうちの一匹を狙うことにした。
息を止めてから引き金を引く。発砲音がした一瞬後に一匹の敏捷鼠が吹き飛んだ。
「キキィ!?」
突然仲間を殺された敏捷鼠は瞬時に散開した。次いで四匹ともこちらに顔を向けて猛然と走ってくる。
「早い!」
その名の通り敏捷鼠はものすごく足が速かった。おまけに撃っても銃弾を避けるなんて!
三発目を撃てなかった僕は慌てて対魔物用小型鉈を鞘から引き抜いた。でも、あんなすばしっこい魔物に当てられる気がしない。
先頭とその次の敏捷鼠が飛びかかってきた。顔を引きつらせた僕は横に転がって避ける。そのまま立ち上がると、三匹目と四匹目が僕めがけて突っ込んできた。
「キィ!」
「うわぁ!」
僕は対魔物用小型鉈で一匹を薙いだ。力いっぱい振り抜いたから首から肩にかけて切断する。
でも、それで倒せたのは一匹だけだ。もう一匹は僕の左手に噛みついてきた。瞬間、鋭い痛みが小指の付け根に走る。
「痛っ!? あ、ああああ!」
痛みとともに何度も囓られる感触が手のひらに刻み込まれた。囓られるという本能的な恐怖に突き動かされて、僕は対魔物用小型鉈を手放して敏捷鼠を掴むと引き離そうとする。けど、なかなか離れてくれない。
涙目になりながら敏捷鼠と格闘していると、突然その体毛が燃え始めた。驚いた僕が慌てて手を放すと敏捷鼠も僕から離れる。
「キー!」
何が起きているのかわからない僕が呆然とする中、炎に包まれた敏捷鼠が悲鳴を上げながら地面をのたうち回っていた。そしてやがて動かなくなる。
肉の焦げる嫌な臭いが鼻につくのに僕が顔をしかめていると、ミーニアさんが近寄ってきた。そして、僕の左手を手に取る。
「じっとしていてくださいね」
半分言葉を理解していなかった僕はされるがままにじっとしていた。その間にミーニアさんが血に濡れた僕の左手の傷の部分を優しく撫でる。すると、徐々に痛みが引いてきた。見た目にもはっきりと傷が治ってゆく。
「これって」
「はい、これで傷は治りました。ついでにきれいにしておきましょう」
優しい笑みを浮かべたミーニアさんが僕の手を洗うように撫でると、途端にその手のひらから水があふれ出してきた。べったりと付いていた血糊がきれいに洗い落とされる。
すべてが終わって手を放されて、僕は魔法を使ったんだということに気付いた。まさかこんな便利なものだとは思っていなかったので驚く。
「すごいですね」
「ありがとう。敏捷鼠と戦ってどうでしたか?」
「何とかなるんじゃないかなって期待してたんですけど全然駄目でした」
「一匹だけだと大したことのない魔物でも、数が揃っていたりすばしっこかったりすると厄介な相手になることがあります。今回はそれを理解してもらうためにあえて戦ってもらいました。格下の相手だとしても気を付けてくださいね」
「はい」
大鬼を倒したこともあるからある程度強くなったのかなって思ってたけど、全然そんなことはなかったと知って僕はうなだれた。戦う条件が揃っていなかったからという言い訳はできるけど、なけなしの自信は木っ端微塵だ。
ふわふわと漂いながら僕の近くにやって来たソムニがミーニアさんに話しかける。
「それにしても、見事に魔法を使うわよねー! すばしっこいアイツらにぱっぱって火を点けたり、優太の怪我をすぐに治したり! エルフってみんなそんななの?」
「そうですね。一人前の大人でしたら誰でもできます」
「ほほー、それはとんでもない種族ね」
「とは言いましても、万能ではありませんよ」
「まーそれでもねー」
苦笑するミーニアさんの周りをソムニがくるくると回り始めた。
そんな半透明な妖精から目を離したミーニアさんは僕に顔を向ける。
「そんなに自信をなくさなくても大丈夫ですよ。誰でも必ず通る道ですから。それより、一度休憩して気を休めましょう」
「はい」
うなずいた僕は近くの手頃な岩の上に腰を下ろした。気になったから半透明のデジタル時計を表示するともう昼前だ。けど、食欲は湧かない。
忙しそうに羽を動かして近寄ってきたソムニが僕に声をかけてくる。
「そろそろお昼ね。ちょうどいいから何か食べたら?」
「あんまり食欲ないんだ」
「でも食べなきゃ体が持たないわよ。丸々一食分でなくても、いくらか口にするべきよ。失敗する度に食欲なくしてたら、そのうち動けなくなっちゃうじゃない」
「そうだね」
さすがにまったく何も食べたくないわけじゃなかったから、軍用背嚢を降ろして中に手を突っ込んだ。スティックバータイプの携帯食料を一食分取り出す。
袋を破って中身を剥き出しにするとかじりついた。フルーツ味で甘いけど、ちょっと口の中がぱさつく。そして、ストローで吸い込んだ水分とともに飲み込むとため息をついた。