魔窟内での戦闘
表示された赤枠が示す場所を自分の目で確認するため、僕は寄った壁から蛇行した洞窟の奥をのぞき込んだ。周囲はぼんやりと明るいので奥の様子が見える。
赤枠は全部で三つあった。距離はどれも五十メートルちょっと。固まっている。
ぱっと見三匹とも小鬼に見えた。けど内心首をひねる。地上よりも強い魔物が現れるなら、奥にいるのが小鬼なのはおかしい。
でも、湧いた疑問について考えている暇はなかった。僕が壁から顔を出して様子を窺うとすぐに気付かれたからだ。物音一つ立ててないのに!
「なんで気付かれたの!?」
不快な金切り声を上げて三匹がこちらへと走り出す。手には石っぽい物を持っていた。
意外に足が速いことに気付いた僕は慌てて銃を構える。
先頭の小鬼に小銃の初弾を撃ち込むと、後頭部から血の混じった脳みそを撒き散らして崩れ落ちた。この時点で二十メートルまで近づかれてしまう。
次いで一歩前を走っている小鬼に銃口を合わせて引き金を引いた。こちらもあっけなく倒れる。けど、最後の一匹はもう目の前だ。
「ギギャァ!」
石を持った右手で殴りつけてきたのを後退して躱した。強化外骨格を装備しているから一メートル程度なら後ろに飛べる。
一旦空いた間を利用して僕は小銃を手放し、対魔物用小型鉈を鞘から引き抜いた。狭い場所だからと大型鉈は持ってこなかったけど、それが正しかったのかはこれからわかる。
空振りした小鬼が怒り狂った目でこちらを睨んできた。見慣れた魔物だから怖くはない。けど、改めて正面から見て僕は違和感を抱く。
「あれ? 大きい?」
腹が出っ張った醜い年寄りのような姿は同じだけど、大きさは目の前の奴の方が一回り大きそうに思えた。普通の小鬼が幼稚園児くらいなら、これは小学生くらいだ。
強さを図りかねていた僕だったけど長くは考えられなかった。すぐに目の前の小鬼もどきが襲いかかってくる。
「ギャギ!」
前と同じく石を持った右手で殴りかかってきた。さすがに一旦間を置いた後だから僕は落ち着いて回避する。そして、相手の体が硬直したところで右腕を切り落とした。
「ギャァアアァァァ!」
左手で切断された右腕を抱えた小鬼もどきは絶叫しながら床を転がった。自分でやっておきながらなんだけど、気持ちは理解できても正直うるさい。
暴れる魔物を足で押さえつけた僕は対魔物用小型鉈で首を一刺ししてとどめを刺した。あれだけうるさかった叫び声が消えて洞窟内が妙に静かになる。
戦いが終わると真っ先にソムニが現れた。嬉しそうに僕の周りをくるくる回る。
「お疲れさまー! びくついていた割にはあっさり倒せたじゃない!」
「さすがに小鬼相手だと苦戦はしないよ」
「あれは小鬼長ですよ。見た目は同じですけれど、一回り大きかったでしょう?」
「小鬼が大きくなっただけじゃなかったんですか」
「はい。その上位版の魔物ですね。しょせんその程度の相手ではありますが」
後ろから近づいて来たミーニアさんが正確なことを教えてくれた。名前だけなら聞いたことがある。小鬼よりも強いのは確かだけどそこまで強くないんだっけ。
相手を見誤っていたことについて考えていると最初の謎を思い出した。眉を寄せて首をかしげる。
「そういえば、あの小鬼長達ってすぐに僕に気付いたけど、どうしてかな?」
「頭に付けている光のせいではありませんか? こういう暗い場所ですと目立ちますよ」
「あ!」
思わず手でタクティカルヘルメットを触ってしまった。ヘッドライトの光源を隠した形になって周囲が暗くなる。
余りに間抜けなことに気がついて僕は恥ずかしくなった。隣でにやにやと笑うソムニの態度を我慢しながら僕は目を背ける。
しばらく休憩した後、僕達は再び奥へと進み始める。ここから先は僕が先頭だ。
下り坂だった洞窟は次いで真横に延びる。ちょうどの境には横に同じ大きさの穴が別れていた。
どうするべきか迷った僕は振り向いてミーニアさんを見る。
「これ、どっちに行けばいいんですか?」
「お好きな方へ。簡単な構造ですから、全部巡るつもりで歩いても構いませんよ」
「えぇ」
好きにして良いと言われて僕は逆に困った。何がほしいと尋ねたら何でもという返答が返ってきたときの気分だ。
少し迷ってから僕はまっすぐに進むことにした。何か考えがあってのことではなくて、わからなくて考えるのを諦めたんだ。
果たしてこれで良いのかと思いつつも僕はまた歩き出した。すると、後ろでソムニがミーニアさんに話しかけているのが聞こえる。
「ねぇねぇ、こっちで正しいの?」
「行ってみればわかります」
「ほほぅ」
後頭部に視線が刺さるのを感じながらも僕はとりあえず二人の会話を無視した。
横に洞窟が延びてからも相変わらず蛇行はしている。けど、枝分かれすることが多くなった。そんな中、僕は一度まっすぐ進むと決めたからというわけではないけれど、今のところひたすらまっすぐ進んでいる。すると、再び洞窟は下に向かい始めた。
注意深く周囲を見ていた僕は下に向かい始めた途端に気付く。
「床がさっきより滑らかになった?」
「気付きましたか。今までの部分は通称地下一階と呼ばれる部分で、ここから先は地下二階になります」
「どうやって一階二階って決めてるんですか?」
「地下に潜る深さはもちろんですが、もう一つの基準として、壁、天井、床の形状や質でも区分けしています」
話を聞いた僕は納得した。高さを揃えて作られるわけではないから、一定の範囲内を便宜上そう呼ぶことが習慣化しているらしい。
そんな豆知識を聞きながら進むと二股に分かれている所に出くわした。形状や大きさはほぼ同じように見えるけど、右側の方の天井は何やら濡れている。思わず床に目を向けたけど湿っているところはなかった。
何となく違和感が湧き出してきたのでもう一度天井を見る。
「なんだこれ?」
「どうしました?」
「いえ、何がってわけじゃないんですけど、なんかここがおかしいように思えて」
「上に貼り付いているのは粘性生物ですね。よく気付きました」
「粘性生物!?」
まさかそんなものに出くわすとは思わなかった僕は驚いた。
僕の知っている知識だとこれは火でないと退治できなかったはずだ。暗くて奥の方は見えないけど、大きさによっては無視できず、けれど僕には退治する手段がない。
仮にこちらの道が正解だった場合、一体どうすれば良いんだろうか。
しばらく悩んでから僕はミーニアさんに尋ねてみる。
「仮にこっちの方へ進むとしたら、あれって無視しても構わないんですか?」
「小さいものでしたらその場所を通り過ぎれば良いですが、洞窟内に広がっていたら厄介ですね」
「僕、退治する手段がないんですけど」
「でしたらどうします?」
逆に問いかけられて僕は気付いた。そうか、自分で考えることも試されているんだ。
そのことに気付いた僕はもう一度右側の洞窟の天井を見てみた。よく見るとゆっくりと波打っているように見える。
たぶんミーニアさんには解決する手段があるんだろうな。どんな魔法が使えるのかはわからないけど、何でもやってのけそうに思える。
一方の僕は対抗手段がない。この状態で進むのは危険だ。
どうするべきか悩んだ末に左側の洞窟を進むことにした。まずは安全そうな所から進むとしよう。
「じゃ、左側に行きます」
笑顔でミーニアさんがうなずいてくれた。その隣にいるソムニがにやにやと笑っているのがむかつくけど何も言い返さない。
僕は前を向いて再び歩き始めた。