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初めての魔窟

 土曜日は日差しがきつかった。梅雨も明けて湿度が下がって気温が上がったことで、夏特有の暑苦しさが僕達を包み込む。そこへ更に強烈な日差しが突き刺さるのがつらい。


 それでも、これから長い夏休みが始まるかと思うと気分は真夏の青空と同じように晴れやかだ。大厄災前は夏休みの宿題なんてものが大量にあったそうだけど、そんな悪しき習慣は前世紀に消滅している。すばらしい。


 今朝はいつも通りに起きると筋トレ抜きで一時間勉強し、朝ご飯を食べて予約していた自動車に荷物を入れて家を出発した。


 第二公共職業安定所でミーニアさんと落ち合うと、僕達は寂れた魔窟のある山奥へと向かう。そこは、春に魔物駆除をした元渓流釣り場の近くだった。


 自動車で進めるところまで進んだところで止めて外に出る。


「前はここにバスで来たよね。懐かしいなぁ」


「魔物駆除のときよね。確かあの駆除した魔物がその魔窟(ダンジョン)から出てきてるんだっけ?」


「そうですね。弱い魔物は入口近くで発生したものが外に出ています」


 僕が漏らした感想に目の前を漂っていく半透明な妖精が答えて、ファンタジー世界そのままの姿をしたミーニアさんが説明を加えてくれた。


 乳白色のゆったりとした上着と洋袴(ズボン)の上から若草色のフード付きローブを被り、茶色い鞄をたすき掛けにしている。聞けば異世界での旅装姿らしい。コスプレをしたなりきりハンターとは違って偽物感がないのは、本物の異世界亜人だからだろう。


 装備一式を僕が身に付け終わると、ミーニアさんが茶色い革靴で砂利を踏みならしながら先頭を歩く。


「案内します。ついて来てください」


 足取りも軽く進むミーニアさんの後に続きながら僕は自分の装備に気を向けた。


 強化外骨格の上からボディアーマーを身に付け、タクティカルヘルメットを被る。武器は対魔物用小型鉈と大型拳銃を腰に下げ、小銃は肩紐(スリング)で肩から吊り下げ、予備弾倉の入ったマグポーチもボディアーマーに固定してある。そして、残りは軍用背嚢(バックパック)に入れて背負っていた。


 これだけがっちりと身を固めているからかなり暑い。虫除けスプレーを振りかけているおかげで虫が寄ってこないのがせめてもの救いだ。


 ややきつい斜面を汗だくになって登ると、正に裂け目といった様子の割れ目が斜面に現れた。


 まったく汗をかいていないミーニアさんが振り返って僕を見る。


「ここが入口です」


「ネットなんかでよく見かけたことはありますけど、知らないと魔窟(ダンジョン)の入口とは気付かないですよね。普通の洞窟みたいだ」


「もっと発達したものですとわかりやすいですけれど、こういう規模の小さい所は魔力が漏れていないとわかりにくいですね」


 息を整えながら僕は魔窟(ダンジョン)と呼ばれるその近辺を眺めた。かつて人が盛んに出入りした痕跡がなければ僕は絶対気付けないな。


 隣でふわふわと浮いているソムニが入口に近づいた。しばらくじっとしてからこちらに振り向く。


「近くに魔物はいなさそうね。入ってもいいんじゃない?」


「そうですね。ではついて来てください」


 魔物の存在を感知できるソムニの言葉に従って、ミーニアさんが杖も使わずに危なげなく中に入っていった。


 強化外骨格を装備した僕は筋力面はともかく、滑らないようにおっかなびっくりその後に続く。


 タクティカルヘルメットに取り付けられた小型のヘッドライトを付けて中で見えたものは、普通の洞窟っぽい風景だった。ゲームとかで見る遺跡みたいな感じじゃない。


「なんか、魔窟(ダンジョン)っていうより洞窟みたいですね」


「元々規模が小さい魔力噴出(マナバースト)だった上に、その噴出も短期間で終わりましたからね。入口が整うほど成長しなかったのです」


「よく生きているみたいとは言われますけど、魔窟(ダンジョン)って生きているわけじゃないですよね?」


「ええ、魔力の影響で地中が変化しているだけです。その変化が生き物のように見えるのは確かですが」


 優しく微笑むミーニアさんが丁寧に説明してくれた。


 やっぱりネットで見ただけなのと実際に中に入るのとじゃ全然違う。寂れてるとは言われても、初めて魔窟(ダンジョン)の中に入る僕は密かに興奮していた。


 ただ、通常の洞窟みたいな感じだから歩きにくい。それと普通に暗い。ネットだとぼんやりと明るいって書いてあったのに。ソムニ自身が光ってくれなかったら、小型のヘッドライトだけだと不充分だったな。


 一方、ミーニアさんは僕と違って全然危なげなかった。滑りやすそうなところもあっさりと通って行く。


「よくそんな平気で歩けますね。慣れるとみんなそんな感じなんですか?」


「まだ言ってなかったですね。わたくしは自分に魔法をかけているのです。足下には平地と同じように歩ける魔法を、目には昼間のように周りが見える魔法を」


 楽しそうに答えるミーニアさんを見て、僕はかなりの魔法の使い手だという話を思い出した。思わずその便利さを羨む。


 そうやって中を進んで行くと、やがて洞窟らしい風景が少し変化する。裂け目という感じから穴という感じに形が変わったんだ。そして、この辺りになってようやく周囲がぼんやりと明るくなった。まだヘッドライトはあった方が良いけど。


 やっと立ち止まったミーニアさんが僕に振り向く。


「一度休憩しましょうか。ここから先は魔物も現れるでしょうから」


「ある意味ここからが魔窟(ダンジョン)の本番よね~」


 息を切らして座り込む僕とは対照的にソムニとミーニアさんはまったく平気だ。ソムニはともかく、ミーニアさんが息を切らせていないのも魔法のおかげなんだろうか。


 僕はストローで清涼飲料水を吸い上げて飲み込んで口を離す。


「この魔窟(ダンジョン)の一番奥に行くって聞いてましたけど、どのくらいかかるんですか?」


「わたくし一人ですと二時間くらいですね」


「行ったことあるんですか?」


「ええ。優太の訓練に使う場所ですから、安全を確認しないといけないですから」


 話を聞いた僕は開いた口を閉じられなかった。改めて思ったけどレベルが全然違う。


 汗が引いたのを確認すると僕は立ち上がった。それを見たミーニアさんがうなずいてまた歩き始める。


 裂け目型から丸型に変わった内部は洞窟みたいだから歩きにくかった。それでも手をつくことなく歩けるのは嬉しい。これで武器を手にできるからね。


 蛇行しながら下へと降りていく通路を進んでいるとソムニが声をかけてくる。


「この先に何匹かいるわね」


「さすがですね。わたくしよりも先に気付くなんて」


「ふふん、でしょ! で、どうするの?」


「せっかくですので、優太に退治してもらいましょう」


 二人の話を聞いて僕はうなずいた。僕の訓練のためなんだからそうなるよね。けど、さすがに一点だけ質問する。


「ソムニのサポートはそのままあるんだよね?」


「さすがにそれはね。なくてもやっていけるほど成長してくれたら言うことないわ」


 面白そうに僕に向かってソムニが返答した。


 ミーニアさんを抜いて先頭に立った僕は小銃を手に進む。赤枠がまだ目の前に現れないということはまだ遠いということかな。いることがわかっているのにその居場所がわからないというのは何とももどかしい。


 進むにつれて僕は少しずつ緊張していった。地上の魔物よりも強いと聞いていたから怖い。

 しばらくすると、姿は見えないけど赤枠が表示された。距離は表示されていない。ということは、気配はするけど正確にはわからないということか。


 蛇行しているせいで奥が見えないのは不安だけど、それは魔物の同じはず。僕は左側の壁に寄って更に近づく。そして、そろりと奥をのぞき込んだ。

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