おうちに帰れなくなった森人
店主であるズィルバーさんから対魔物用大型鉈を受け取った僕は、気になったことを尋ねてみる。
「異世界から来た人、じゃなくて亜人って呼ばれる人って滅多にいないんですよね?」
「まぁそうだな。ワシもこっちに来てからかなりになるが滅多に会わねぇ。だから、ワシみたいにここに来たらいつでも会えるってのは珍しいと思うぞ」
それならさっきの人はと言いかけて僕は言葉を飲み込んだ。荒神さんは知らなさそうだったから話して良いものか迷った。
僕が口を閉じると、代わって荒神さんが話しかけてくる。
「これで用は済んだな。他に何もないんなら先に帰っててくれ。俺も一つ片付けておきたいんだ」
「なんだてめぇ、またなくしやがったのか?」
「人聞きの悪いこと言うなよ。必要があって使ったんだって」
ズィルバーさんが話しかけたことで荒神さんの意識がそちらへと向かった。
それを機にやることのなくなった僕は踵を返し、頭の中でソムニに話しかける。
”結構な値段のように思うんだけど、実際のところこれって安いの?”
”んー、ネットで調べてみたけど、対魔物用大型鉈としては一番安いやつね。でも紹介してもらってやって来たんだから、変なものは掴まされていないと思う”
”目利きまではできないからね”
調べるのが得意なソムニだけど、データで推測できないことまでは判断できなかった。だから、こういった物の善し悪しに関しては首をかしげることが多い。
とりあえず普通に使えたら良いと思った僕は店を出た。ちょうど夏至直後ということもあってまだ日は高い。
自宅に向かおうとした僕は突然背後から呼び止められた。振り返ると先程店内で見かけたミーニアさんが微笑んでこちらを見ている。
「初めまして。あなたと少しお話をしたいのですが、よろしいですか?」
いきなり金髪美人に呼ばれて僕は固まった。話しかけられる理由がわからない。ソムニに警戒しろと言われたから逃げることも考えたけど、礼儀正しくされたらそれもやりにくかった。
白のクローブキューブブラウスに薄茶色のタック入りのタイトスカート姿のミーニアさんが、茶色のパンプスで小さな足音を鳴らしながら近づいてくる。
「わたくしはミーニア。ハンターをしています。荒神から先程わたくしの話をいくらか聞いていたと思いますが」
内緒話ではなかったけれど、荒神さんとの話を聞かれていて僕は少しばつの悪い思いをした。こうなったら少しくらい話をしてもいいやと開き直る。
「僕は大心地優太です。それで、話って何ですか?」
「少し人目を避けたいのでこちらに」
一瞬警戒した僕はズィルバーさんのお店の隣にある路地だったので肩の力を抜いた。
路地に入って振り返ったミーニアさんが口を開く。
「店内で見かけたときに驚いたのですが、あなた、その身に精霊を宿しているのですか?」
「精霊?」
「はい。あなたの中から精霊の存在を強く感じます。ただ、少し変わった存在のようですが」
「人間じゃないから感じ取れたんですか?」
「なぜ人間ではないと思うのです?」
理由を聞かれてからしまったと思った。何か言い返そうとしたけど、いきなりこんなことを言われたら理由を聞かれるに決まってる。
どう答えようかと思っていると、突然僕の目の前に半透明な妖精が姿を現した。それに僕もミーニアさん驚く。
「アタシがそう感じたからよ。アンタ一体何者なの? 魔物じゃなさそうだけど、人間でもないわよね」
「ああやっぱり! この世界にもいるはずだと思っていましたが!」
突然感極まった様子のミーニアさんを見て僕もソムニも目を見開いた。
しばらくして感情が収まったミーニアさんが柔らかい笑顔を向けてくる。
「確かにわたくしは人間でありません。こことは別の世界からやって来たエルフです。異界に渡れると聞いて興味本位でやって来たのですが、帰れなくなってしまったのです」
「まぁそれはなんというかー」
すっかり毒気を抜かれたソムニが微妙な顔で応じた。もちろん僕も何と言えば良いのかわからない。
そんな僕達に構わずミーニアさんは話し続ける。
「帰還の魔法は一応完成したのですが、魔力噴出で魔力は得られてもそれを制御する方法が見つからなくて困っているのです」
「あー話が見えてきたわー」
半目になってソムニがミーニアさんを眺めた。
ちなみに、魔力噴出とは地表からいきなり大量の魔力が吹き出す現象を指す。巨大化したり長期間噴出すると周囲に大量の魔物が発生するから、人類にとっては非常に厄介な代物なんだ。
それをどんな風に使うのかはまだわからないけど、ミーニアさんの話はまだ終わらない。
「わたくしのようなエルフよりも更に魔力と適正のある精霊にお願いしようとしていたのです。ただ、困ったことに召喚した精霊はこの世界に留まれるだけの力が不足していたので、今までこちらの世界に留まれる力を持つ精霊を探していたのです」
「アタシだって自力でこの世界に留まれてるわけじゃないわよ。この優太を起点にしてこの世界に留まってるんだから」
「まぁ、そうなのですか?」
突然水を向けられた僕は言葉に詰まった。自分で何かしたわけでもないから眉を寄せる。
「僕の体を起点にしたとは聞いていますけど、何をどうやったのかは知りません。全部ソムニ、この妖精がしたことですから」
「自ら望んで!? そういえば、先程からはっきりと受け答えをしてくださっていますね」
「そりゃアタシはできる妖精だもんね!」
褒められたソムニが嬉しそうに胸を反らせた。
後で聞いた話によると、普通召喚した精霊だと簡単な会話しかできないらしい。召喚したことのない僕にはさっぱりわからなかった。
ともかく、威張っているソムニに対してミーニアさんがお願いをする。
「あの、厚かましいお願いだとは承知していますが、わたくしが元の世界に戻る手伝いに協力してもらえないでしょうか」
「んー、どうしよっかなぁ。アタシ今、忙しいのよねー」
「そこを曲げてお願いできませんか?」
必死で懇願するミーニアさんに対してソムニが腕を組んで難しい顔をしていた。
話を聞いていた僕がソムニが忙しいなんて今初めて知って内心驚く。普段は一体何をしているんだろう。
それにしても、元の世界に帰れなくなったというのは何ともかわいそうに感じた。家に帰る方法があるというのなら、手伝ってあげても良いのではと思う。
「ソムニ、手伝える範囲で助けてあげたらどうなの? 僕がどれだけ手伝えるかわからないけどさ」
「何言ってるのよ。アタシと一緒に動き回るんだからメインの一人よ?」
「え、ほんとに?」
「鈍いわね。よし、それじゃこうしましょ! アタシは今この優太を育ててるところなんだけど、アンタもそれを手伝ってちょうだい。具体的には、ハンター活動のペアになってほしいの」
「はい、構いません」
「優太はジュニアハンターだからまだ未熟だし、活動期間に限りがあるわよ?」
「承知しました」
余程嬉しいのか、ミーニアさんはソムニの提示する条件を次々と丸呑みしていった。僕の方が心配するくらいだ。
お互いの条件を詰め終わるとミーニアさんは嬉しそうに両手を握る。
「これでやっと帰還の条件が揃いました!」
「やるからにはちゃんと結果を出すわよ!」
「これ僕でやれるのかなぁ」
「足りない分はこれから成長すればいいのよ!」
元気にソムニが声を上げた。
こうして実にあっさりと僕はミーニアさんとペアを組む。まさか紹介された店の隣でこんなことになるとは思わなかった。