金物工房での邂逅
学校の正門近くで魔物を倒した後、下校時の警備は翌日まで続ける。水曜日以降はお年寄りハンターと希望するジュニアハンターのみで正門近辺を守る態勢に変わった。
意外にも連盟支部の判断が早かったので僕は喜んだ。やらないといけないことがあったからね。
早速水曜日の夕方、学校が終わってすぐに八千代へと向かった。対魔物用大型鉈を持って店内に入る。
「横田さ、あれ? 荒神さん?」
「大心地じゃないか。買い物か?」
「坊主、何の用だ?」
二人に尋ねられて僕は少し面食らった。けど、黙っていても話は進まないので横田さんに対魔物用大型鉈を差し出す。
「二日前にこれが刃こぼれしちゃったんで、修理できないかと思って持って来たんですけど、できますすか?」
「貸してみな。あーこりゃ駄目だ。直すにしたって刀鍛冶の領分だな」
「多少の刃こぼれってんならともかく、結構欠けてるじゃないか。何やったんだ?」
刀身を眺めている横田さんの横から荒神さんが目を向けてきた。尋ねられた僕はあのときの体を操られた気持ち悪さを思い出して気分が悪くなる。ただ、それも一瞬だ。
荒神さんに顔を向けて答える。
「狼人間と戦って」
「あれか。いやでも待てよ? あいつの爪ってそんなに丈夫だったか?」
「僕、そこまでは知らないです」
「坊主、これを直すんなら刀鍛冶のところへ持っていくんだな。荒神、いい機会だからあのドワーフを紹介してやれよ」
「ズィルバーか。面倒みてくれるかな」
「そんなの紹介してみねぇとわかんねぇだろ。何だったら儂が売ってやったやつだって言ってやればいい」
「そりゃまた微妙な口添えだなぁ。まぁいいか」
少し考え込んでいた荒神さんは難しい顔をしたまま引き受けてくれた。
翌日の放課後、僕は川向こうの市の郊外にある半スラム街の入口で荒神さんと落ち合った。普段足を向けない場所だから緊張する。
「来たな。はは、確かに油断するのはよくないが、ここはまだそこまで危険じゃないぜ」
「あ、はい」
「それじゃ行こうか」
気持ちのせいか若干怪しく思える街並みを眺めながら僕は荒神さんの後に続いた。
この半スラム街はずっと昔の大厄災が起きたときにできたらしい。天変地異で関東が海に沈んだときにやって来た難民の子孫が住んでいると聞いたことがある。
半スラム街の入口近辺は商店街のように店が並び、人通りも結構多い。そこを過ぎると、今度は町工場みたいな店が軒を並べている。往来する人の種類も少し変わった。
その町工場街の外れにある店に僕は案内される。町工場というには少し違和感のある、なんとなく西洋風の工房に見える建物には、読めない文字の看板が吊されていた。
通い慣れているらしい荒神さんは気負うことなく扉を開けて取り付けられた小さな鐘を鳴らす。足を踏み込むと、かすかに金属と油の臭いが強くなった。
中は普通のお店とは違って陳列されている品物はほとんどないことに僕は驚く。しかも、大半が装飾品だ。首飾り、腕輪、髪飾り、指輪、どれも細かくきれいに見える。
一方、刃物類はあってもナイフ類ばかりだ。それこそ入る店を間違えたんじゃないかと僕は思ってしまう。
「ズィルバー、客を連れてきたぞ」
荒神さんが奥にあるカウンターの向こう側に立っている背の低い毛むくじゃらの人に声をかけた。波打った焦げ茶色の頭髪、黒い瞳、顔の下半分は髭に埋没している。
「あれがドワーフ」
「まるでまるで毛の生えたドラム缶みたいだろ?」
「誰がドラム缶だ! てめぇ、肉片にして豚のエサにしちまうぞ!」
目の前にいる背中の中ほどまである金髪の女の人から目を外したズィルバーという人、いやドワーフが荒神さんに声を荒げた。本気で怒っているわけではなさそうなので黙っておく。
「悪かったって。客を連れてきたんだから勘弁してくれよ」
「その子供がか?」
「先客の相手が終わってから話を聞いてくれ」
ちらりと金髪の女の人を見た荒神さんがすぐに店主のドワーフへと目を戻した。それと入れ替わるように女の人がこちらに振り向く。
流れるような輝く金髪、碧の涼しげな目、意思の強そうな細い眉、整ったきれいな鼻、潤い清らかな口とどれ一つ取っても完璧だ。その整った顔に尖った耳はまるで妖精に見える。
そこまで思って僕は内心首をかしげた。そして、耳を眺める。やっぱり尖っている。整形なんて珍しくないけど、なんかそれとも違うような気がした。なんだろう、この違和感。
一方、僕を見たその女の人は大きく目を見開いていた。何を驚いているのかわからない。
突然、ソムニが頭の中で声をかけてくる。
”人間じゃないわね、アイツ”
”そりゃズィルバーさんはドワーフだから”
”女の方よ。何者かわからないから警戒して”
珍しく真面目に忠告してきたソムニに僕は戸惑った。でも、どう警戒したら良いのかわからない。
どうするべきかと僕が考えていると、ズィルバーさんに声をかけられたその女の人が背を向けた。そして、しばらく話をして店内から去る。
「よし、次はお前らだな。その子供が客だって?」
「源爺に頼まれて連れてきたんだ」
「あいつか。お前、名はなんてぇんだ?」
「大心地優太です。ジュニアハンターをしています。今日はこの対魔物用大型鉈が刃こぼれしたから直してもらいたくて来ました」
「ワシはズィルバー、見ての通り金物職人だ。どれ、貸してみな。随分と使い込んでるじゃねぇか」
「一度なくして、横田さんから中古品を買ったんです」
「なるほどな。こりゃ買い換えた方がいい。ここまで欠けてるとなると、もう小型鉈にするしかねぇ。どうする、やるか?」
「そっちは持ってるんでいらないです」
「だろうな。ちょっと待ってろ」
僕の持って来た対魔物用大型鉈をカウンターに置くと、ズィルバーさんは奥へと姿を消した。それと同時に荒神さんがつぶやく。
「ミーニアが来てたのか」
「さっきの女の人ですか? ぱっと見た感じ、エルフみたいな人ですよね」
「みんな最初は同じ感想言うんだよな。あいつ、かなりの魔法の使い手ってこともあって、本当にそうなんじゃないかって噂があるくらいだ」
「ますますファンタジーっぽい人ですね」
「あんまりにも美人だから言い寄ってくる男が絶えなくて、今じゃ一人で活動してるって話だ」
「荒神さんは一緒に仕事をしたことがあるんですか?」
「一回な。あいつ以上の魔法の使い手を見たことがない」
話をしながら僕はソムニの言葉を思い出していた。あそこまで断言する以上、ミーニアさんはたぶん本当に人間じゃないんだろう。でも、エルフかどうかはわからない。
もやもやとしたものを抱えていると、ズィルバーさんが三本ほどの対魔物用大型鉈を抱えて戻って来た。カウンターにそれらを置くと声をかけてくる。
「優太、お前さんが使うならこの当たりがいいだろう。少しずつ長さが違うから、実際に持って確認してみな」
言われるままに僕は三本の対魔物用大型鉈を鞘から出して振ってみた。どれも似たような感じがするけど、やっぱり前のと同じ長さが一番安心するなぁ。
「これが良いです」
「五万だ」
「あんたんとこにしちゃ、随分と安物じゃないか」
「ジュニアハンターが使うんならこれで充分だろ。不足ってなら、また相談に乗ってやるさ」
肩をすくめたズィルバーさんは当然というように話していた。実際のところ僕にはよくわからないので黙って受け入れるしかない。
ともかく、これで懸案事項は一つ減った。やっぱり道具がしっかりと揃っていると安心するな。