手助け
どうしてソムニが人間を赤枠で囲っていたのかようやくわかった。狼人間だったんだ!
僕に向かって一直線に向かって来る狼人間に対して、僕は手にした対魔物用大型鉈を構えた。身体能力が高いらしいそいつは一気に間合いを詰めてくる。
「ガゥアァ!」
大口を開いて狼人間は僕に噛みつこうとしてきた。
それに対して僕は対魔物用大型鉈で下からすくい上げるように喉元を狙う。
けど、相手は単に速いだけの魔物ではなかった。急制動をかけて刃先を避けると右足で僕を蹴りつけて間合いを開ける。
たまたま強化外骨格に当たったのでよろめくだけで済んだけど、思った以上に衝撃が強くて目を見張った。
完全に狙いを僕に定めたらしい狼人間は姿勢をかがめて襲いかかる隙を窺っている。
”ソムニ、銃のときみたいに白い線は出せないの?”
”出せるけど、アンタの体がついていけないわよ。銃と違って体全体を使うんだから”
自分の技量だけでは近接戦闘で負けそうだったのでソムニに相談すると、厳しい現実を突きつけられた。体作りはまだ途中で充分にできあがっていないんだ。
こういうときに拳銃でもあれば便利なのになと僕は悔しがる。中尾くんは怪我をしたから動けないし、住崎くんはその中尾くんを守るために側を離れられない。
どうしようか迷っているとソムニから急かされる。
”周りの生徒に逃げるよう伝えないといけないわ。それと、他のハンター達に応援要請を出さないと”
やるべきことをすっかり忘れていた僕は顔を引きつらせた。同時にパソウェアの通話機能で関係者全員に連絡する。
「こちら大心地。現在正門付近で狼人間と対峙中。至急応援を願います」
一旦回線を切ると僕は周囲の生徒達に対して叫ぶ。
「撮影してないで早く逃げて! こいつが暴れると死んじゃうよ!」
半分以上の生徒が僕の声で現実に気付いたらしく、すぐにこの場から離れ始めた。まだ何人もの生徒が残っていたけど避難させるだけの余裕が僕にはない。
そして、僕の声に反応したのは生徒だけではなかった。狼人間が四つ足で突っ込んでくる。あまりの速さに僕は追いつけない。
どう対処するべきかもわからなかった僕は動けなかった。少なくとも僕自身は反応できなかった。けど、体は勝手に動いて狼人間の爪を対魔物用大型鉈で防ぐ。
”事後承諾だけど、しばらくアンタの体を勝手に動かすわよ!”
”わかった”
とても僕では相手にできないことは理解できていたから、あっさりとソムニの要求を受け入れた。
ここから先は僕の次元を超えた戦いになる。近接戦闘に慣れていない僕は目で追いかけることすらできない。
すっかりお任せモードで戦ってしまっている僕だけど、それじゃ高みの見物ができるのかというとそんなに甘くなかった。何しろ自分の意思で体を動かせないから恐ろしいことこの上ない。牙が、爪が、つま先が、次々と繰り出されて僕をかすめる。
何より、他人に自分の体を振り回されているから次第に気持ち悪くなってきた。操られていても乗り物よりになるんだなと吐き気を我慢しながら思う。
”ソムニ、酔い止めを飲む隙ってつくれない?”
”酔い止め!? ああそうか。それじゃ神経をちょっと遮断するわね。はい!”
”いやちょっと!? そうじゃなくて!”
僕の抗議はあっさりと無視されてしまった。ソムニのかけ声とともに今まで感じていた感覚がきれいさっぱりなくなる。うわなだこれ、別の意味で気持ち悪い!
目の前の魔物どころではなくなった僕は恐怖で引きつるが、今の状態では顔の表情まで引きつってくれない。
もはや単に見ていることしかできない僕は半ば諦める。もう一刻も早く終わってくれることを祈ることしかできない。
互角の勝負を演じていた僕と狼人間はお互いに一度間合いを開けた。そのとき、僕の脇から滑り込むようにして魔物へと向かう人影を見る。
”木岡さん!”
「大心地、よくやった!」
入れ替わるようにして突撃していく木岡さんがすれ違いざまに声をかけてくれた。
ここでソムニから体の支配権を返してもらえると思った僕だったけど、そのままの状態で一緒に攻め込んだのを見て驚く。
”ソムニ、いつまで僕の体を操るの!?”
”アイツを倒すまでよ!”
ある意味当たり前の返事なんだけど、何も感じないままの状態が続くのは正直かなり嫌だった。
ただ、二対一で戦うとさすがに形勢は完全に逆転した。というより、木岡さんの近接戦闘がすごい。これって僕はいらないんじゃないかな。
それほどの圧倒的な技量差を見せつけた木岡さんは、何度かやり合ったあと対魔物用大型鉈で狼人間を斬り伏せた。何がどうすごいのかわからないほどの剣捌きだ。
ここに至ってようやく体の感覚が僕に戻って来た。その瞬間、痛み、疲れ、気持ち悪さがいっぺんに襲ってくる。
耐えられなかった僕は、近くの排水溝によろめきながら近づいて吐いた。胃の中の物を全部吐き出してようやく楽になる。
「はぁはぁはぁ」
「大丈夫? かなり頑張っていたみたいだけど」
涙を浮かべた目を声の方に向けると、大海さんがのぞき込むように僕を見ていた。声を出せないままだったのでうなずく。
呼吸を落ち着かせるためにじっとしていると木岡さんも寄ってきた。あれだけ動いてまったく息が乱れていない。
「吐いたのか。気分が悪い以外に、どこか怪我したところはないか?」
「ないです。あの、住崎くんと中尾くんは?」
「住崎くんは無傷だったから、肩を負傷した中尾くんを学校の保健室に連れて行ってもらったわよ」
答えてくれた大海さんが向けた視線の先を追うと、正門から校内に入る二人の背中が視界に入った。歩けるのなら大丈夫なんだろう。
それにしても、今回は今まで戦った中で一番大変だった。訓練生のときに対魔物用鉈を使った訓練はやったけど、正直全然できていなかったから愕然としている。今まで射撃訓練ばかりに目が行ってたけど、近接戦闘も鍛えないとまずいよなぁ。
「あ!」
色々と考えながら何気なく右手の対魔物用大型鉈に目を移すと、刃こぼれしていることに気付いた。乱暴に使ったからかもしれない。
密かに僕が気落ちしていると、他のハンター達と代わりにやり取りしてくれた大海さんが笑顔を向けてくる。
「接近戦は苦手って前に聞いたような気がするんだけど、意外に動けていたから驚いたよ! 結構万能なんだね!」
「何がどうだったか正直わからないです」
この感想は本心だ。何しろあのとき僕の体を動かしていたのはソムニだったからね。
木岡さんへと顔を向けた大海さんが尋ねる。
「木岡さんはどう思いました?」
「それがよくわからないんだ。体は結構動けていたんだけど、かなり我流っぽいから判断が難しい」
「ほほー? 野生児みたいな戦い方ってこと?」
「あーそれが一番適切な言い方だな」
褒められているのかどうかよくわからない評価をされた。けなされていないから黙っておく。
「にしても惜しいなぁ。これだけ戦えるんなら、チームを組んで魔窟なんかに挑んだら、いい線いくように思うのに」
「そういえば、大心地は単独で活動しているんだったな。それだけできるんならわからんでもないが」
「いやぁ、そうは言われましても」
どうせ誰も入れてくれないと思っていたので、突然そんなことを言われても困るだけだった。正直なところ、今すぐ誰かと組みたいとは思わない。
それでも、もし組むとしたら誰が良いかと考えてみる。けど、そもそも思い浮かぶ人がほとんどいないことに気付いて、僕は肩を落とした。