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なりすまし

 先週に引き続いて今週も下校時の警備は続いている。週末の夜にやった駆除活動が本当に効果があったのかまだわからないからだ。


 何度も繰り返して警備をしていると、次第に慣れてきたのか人目もあまり気にならなくなってきた。それは警備される生徒側も同じで僕達を気にする人はもうほとんどいない。


 同じジュニアハンターの住崎くんは初日以降僕に話しかけてこなくなった。顔を合わせると不機嫌な表情を浮かべるけどね。


 仕事の環境としては正直微妙だけどそこまで悪くないのでまだ我慢できる。あとは週末の駆除活動が効果ありと判断されて警備が完了するのを待つだけだ。


 曇り空を眺めながら僕はソムニに話しかける。


”最近射撃訓練をほとんどしてないよね。不安になってくるなぁ”


”ふふ、練習中毒者みたいな言い分ね。でも、思った以上に練習時間をひねり出しにくいのは困ったものだわ”


”平日の夕方は警備で潰れるもんね。日曜日の昨日に一回やったけど、今週末もあの駆除活動と射撃訓練で潰れるのは勘弁してほしい”


”同感だわ。連盟支部には今週中に判断してもらいたいわね”


 射撃の練習をするのも割の良い依頼を受けることもできない状態に僕達は不満だった。


 立ってるだけならネット巡りでもしたいなと思っていると、ソムニが声をかけてくる。


”あっちの方から一匹近づいて来てるわよ”


”え、どこに?”


”馬鹿正直に堂々と来るわけないでしょ。人が気付きにくい裏手から近づいて来てるのよ。刀を抜いて、ほら”


 早く対処するようソムニから急かされたけど、今正門には僕の他に住崎くんと中尾くんしかいない。他のみんなは巡回中だ。なので持ち場を離れる場合は二人に一声かけないといけない。


 非常にやりづらい思いをしつつも規則は守るべきと自分に言い聞かせる。


「住崎くん、中尾くん、僕、ちょっとあっちの方見てくるね」


「は?」


「なに?」


 きちんと受け答えをすると確実に揉めることが予想できた僕は、最低限の声かけをするとすぐにソムニが戦闘支援機能を通して示した先に向かった。


 その場所は一見すると何でもない道に連なる壁の一つだ。土地の所有者が変わるごとに壁の色も形も材質も大きく変化している。


 やって来た場所はちょうど壁と壁の境界で隙間があった。地面は背丈の高い草が生えていて見えない。その奥から赤枠が近づいて来ていた。距離五メートル。


「うわ、ほんとに来てる」


”だから言ってるじゃない。早く刀を抜きなさい!”


 草のざわめきがより一層激しくなったのを見て、僕は慌てて対魔物用大型鉈を抜いた。何事かと目を向けてくる他の生徒を無視して赤枠を見つめていると、狂犬(マッドドッグ)が飛びかかってくる。


「ワゥアァ!」


「くっ!」


 よだれを垂らしながら噛みつこうとした狂犬(マッドドッグ)に、僕は手にした対魔物用大型鉈を叩き込んだ。動きが直線的だから何とか当てられた。


 刃が胴体を切り裂くと狂犬(マッドドッグ)は短い悲鳴を上げて地面に転げ落ちる。しばらく息をしていたけどそのうち動かなくなった。


 緊張を解いた僕が周囲へと目を向けると、みんな騒ぎながらこちらの様子を見ている。中には動画を撮っている人までいた。


 さすがに撮影されるのは嫌なのですぐその場を離れる。その間に連盟支部に連絡して魔物の死体処理を頼んだ。


 正門に戻って来ると住崎くんと中尾くんが僕を見ているのに気付く。明らかに歓迎されていない。


 最初に中尾くんから話しかけてくる。


「お前、どうやって狂犬(マッドドッグ)がいると気付いたんだ?」


「どうって、何となくそっちにいると思ったからだけど」


 実際にはソムニが感じ取ったことだから嘘をついていることになるけど、本当のことを話すわけにはいかない。


 もちろんそんな返答で納得なんてしてくれなかった。特に住崎くんは不満げというより怒っているようにも見える。


「ふん、どうせちょっとカッコつけようとして、たまたま出会っただけだろ。いるんだよな、そういう自分勝手なやつ!」


「でも、先に動かなかったら怪我人が出てたよ。それでも良かったの?」


「んなこと言ってねぇよ。お前みたいにスタンドプレーされると迷惑だって言ってんだ!」


「だったらどうすれば良かったの?」


「オレ達が納得するようにきっちりと説明するんだよ! わかんねぇのか?」


 住崎くんは普段から僕のことを嫌っているのに、こんなときだけ冷静に話を聞いてくれるとはとても思えなかった。けど、中尾くんもいるから話した方が良かったのかもしれない。ただ、その時間があったのかと言われると結果的にはなかった。


 胸の内にもやもやとしたものが現る。結果論だけがすべてじゃないのはわかってるけど、こんなのはケチを付けてるだけだと思った。


 言葉を換えて僕はもう一度言い返してみる。


「さっきのは説明してたら明らかに間に合わなかったけど、それでも良かったの?」


「てめぇ、そういう話じゃねぇって言ってんのがわかんねぇのか?」


「説明しなかったのが悪いっていう住崎くんの言うことはわかった。でも、ちゃんと説明する時間がなかったからスタンドプレーしたのに駄目だって言うんなら、どうしたら良かったのって僕は聞いてるんだよ」


 言いたいことを言った僕は口を閉じた。


 住崎くんは目を見開いてこっちを見ている。でもそれもすぐに怒り一色に変わった。目を剥いて口を開いてくる。


「さっきからいちいち反論ばっかしやがって。てめぇムカ」


”今度は反対側から三匹来たわよ!”


 突然悲鳴が聞こえた方に僕達三人は顔を向けた。同時に僕の頭の中にソムニの声が響く。


 思わず走り出そうとした僕っだったけど住崎くんに肩を掴まれて止められた。


 驚いて振り向く僕に住崎くんが叫ぶ。


「てめぇはすっこんでろ! オレと中尾が行く!」


「わかった。急ぐぞ」


 突き飛ばすように僕を押しのけた住崎くんが走り出した。中尾くんがそれに続く。


 二人の向かう先に僕は目を向けた。狂犬(マッドドッグ)二匹が生徒を襲っている。けど、三つ目の赤枠は人間を囲っていた。その理由がわからない。


”二匹だけ? いやなんで人間を赤枠で囲ってるの?”


”あれ人間じゃないわよ。優太も早く行って。あいつが一番危ないわ”


”そりゃいいけど、人間を斬りつけるみたいなのはさすがに”


 向かった二人が魔物と戦っている奥に異様に青白い大人が立っていた。今のこの時期に厚手のトレーナーを着ていて暑そうに見えるけど、肌の色から寒そうにも思える。


 対魔物用大型鉈を再び抜いて足を踏み出したとき、住崎くんと中尾くんが魔物に匹を倒した。襲われていた生徒は軽症だったらしく、自分だけで立ち上がる。


 こちらに振り向いた住崎くんは挑戦的な目つきを向けてきた。言いたいことはわかるけど、今は残った人間みたいな奴をどうにかしないといけない。


「住崎くん、前!」


「なんだあいつ!?」


 僕と中尾くんが叫んだのは同時だった。視線の向こうで病的に青白い人の形が急速に変化していく。


狼人間(ワーウルフ)!”


「そんなのいたの!?」


 変形が終わったそいつの姿は全身体毛に包まれ、顔と足は狼そのものに見えた。手は五本指の先に鋭い爪を伸ばし、二本足で立っている。


「危ない!」


「うおぅ!?」


 狼人間(ワーウルフ)が一足飛びに住崎くんへ襲いかかろうとしたのを見た中尾くんが、体当たりして逃がした。代わりに肩を爪で抉られる。


 呻く中尾くんを見た僕はすぐに走り出した。いくら仲が悪くても放ってはおけない。


 そんな僕を認めた狼人間(ワーウルフ)が狙いを変えて一直線に向かって来る。急速に近づいてくるそれめがけて僕は対魔物用大型鉈を振るった。

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