雨の中の取りこぼし
週末、土曜日はあいにくの雨だ。午前中に八千代で雑貨類を、ラッキーガンズで銃弾を買う。夜の準備と不足分の補充のためなんだけど帰宅する頃にはずぶ濡れだった。
早めの夕飯を済ませてから僕は自動車で学校へと向かった。今日の集合地は現地にある母校だ。
校舎の一部が開放されて更衣室が利用できるので装備を手早く身に付ける。武装は対魔物用鉈のみ。最後は午前中に買ったばかりの軍用雨合羽を被って完了だ。
体育館に駆除本部が設置されていることを知った僕はすぐに向かった。僕が体育館内に入ると既に何人もの職員やハンターがいる。
その中から僕は荒神さんを見つけて近づいた。職員さんとの話が終わったのを見計らって話しかける。
「荒神さん、こんばんは」
「お、来たな! すげぇ雨だったろう」
「土砂降りですよ。週間天気予報で今日から梅雨入りってありましたけど、初日から結構きついですよねぇ」
「今晩はこの雨の中を歩き回るってわけだ」
「冬だったら寒さで凍ってしまいそうです」
「まぁな。冗談はさておき、夜の暗さに加えてこの雨じゃ見落としが出てくるだろうな」
笑顔から一転して渋い顔をした荒神さんがため息をついた。それについては僕も同じ意見だ。僕だけだと絶対にいくつも見落とすだろう。
不安になったのでソムニに尋ねてみる。
”ソムニ、今晩は視界が悪いけど、魔物はどの程度見つけられそう?”
”アタシからしたらいつも通りよ。人間の視覚とはまったく別の感覚で周りを見てるもの。前にも言ったでしょ。周辺にいたら大体わかるわよ”
”それはすごいな。だったら、見落としはないんだ”
”相手が特殊な隠蔽能力を持っていない限りわね。ここの本部の見立て手だと小物ばかりだそうだから、どうにかなるはずよ”
話を聞いて僕は安心した。これなら見落としは心配しなくてもよさそうだ。
職員さんに呼ばれた荒神さんが別の場所に移ると僕も着いていく。すると、その先には大海さんと木岡さんがいた。
今回は僕の方から声をかける。
「大海さん、木岡さん、こんばんは」
「大心地くん! 来てたんだね! 今夜はすごい雨だけど、魔物を見逃さないように頑張ろう!」
「油断すると風邪をひいてしまうから気を抜かない方がいいぞ。あと、この様子だと巡回から戻って来たら着替えた方がいいな」
大海さんの挨拶に続いて木岡さんが助言をしてくれた。着替えは念のため持って来たから、やっぱり最後は着替えるべきなんだろう。
今回僕の母校に本部があるのは市内の各学校に本部が設置されているからだ。そして、第二公共職業安定所の本館にある統括本部が市内全域をまとめている。
各学校の本部にはハンターやジュニアハンターがいて、それぞれ担当する区域を巡回して魔物を発見すると駆除することになっていた。
外出制限が発令されているから市内にはあまり人影はない。けど、万が一があるから銃を持てるのはハンターだけでしかも拳銃のみ、更に発砲には本部の許可がいる。
一方、ジュニアハンターは対魔物用鉈のような刃物のみだ。そして、常にハンターと二人一組で行動することになっていた。
駆除本部の指示に従ってハンター達が次々と出発していく。やがて僕と荒神さんの番がやって来た。パソウェアの通話機能を通じて指示が下される。
『こちら本部、D-15班、出発してください』
『了解。大心地、いくぞ』
『はい』
命令に従って体育館を出た僕と荒神さんは軍用雨合羽の上から雨を叩きつけられた。思った以上に当たりが強い。
正門を出てすぐ右に曲がってまっすぐ進む。住宅街だから街灯と家の明かりの届かない場所は真っ暗だ。
フードを被っているから視界が悪いのは仕方ないとして、軍用雨合羽は思った以上に蒸れるのが鬱陶しい。いっそ雨に濡れた方が気持ち良いと思えるけど、後で冷えるとわかっているから我慢する。
視界の端に表示している半透明の画面には、僕達が担当する区域が色分けされていた。予定では一時間くらいで回れると聞いている。
『大心地、雨がきついから通話機能で話すぞ』
『はい』
『俺が前の様子を窺いながら進むが、お前は後ろに気を付けろ。背後から襲ってくる場合もあるからな』
『わかりました』
『あとこれはすっかり忘れてたんだが、盾があった方が良かったな』
『あー、僕元々持ってないです』
『なんだそうなのか? ジュニアハンターなら大抵持ってると思ってたんだが』
『ちょっと前に流行ったドラマか映画の影響で、最近は持たない人が増えてるみたいですよ』
『へぇ。お前さんもそうなのか?』
『いえ、僕は今年の春まで訓練生だったんでそもそも必要なかったですし、どうしようか考えているうちに今日まで来ちゃいました』
『なるほどなぁ』
大切な話をしたかと思うといつの間にか雑談になっていたりその逆だったりと、僕と荒神さんは話をしながら担当区域を歩いて行く。
パソウェアの通話機能は回線を開きっぱなしにしているので別の班の定時連絡なんかも聞こえていた。今のところ魔物が現れたという報告はない。
担当区域を半分以上歩いたところで荒神さんが独りごちる。
『ちっ、発見の報告が一件もないってのはさすがにおかしいな。こりゃ確実に見落としてるぞ』
そのつぶやきを耳にした僕はそうなのかと思った。気になったのでソムニに尋ねてみる。
”ソムニ、今のところ魔物の気配とかはないの?”
”ないわね。アタシ達の進んでるルートにはいないかもしれないわ”
”街では被害者が出てるんだから、やっぱり見逃してるのかなぁ”
”他のルートはどうか知らないけど、アタシのたどった範囲では確実にいないわね。もしかしたら、偶然この一帯には一匹もいないかもしれない”
そうやって話していると、別の班が魔物を発見したという報告をしてきた。相手は狂犬が一匹らしい。駆除はすぐに終わった。
別の班の駆除報告を聞いた後、僕は荒神さんに声をかける。
『やっと一匹駆除できましたね』
『安心したよ。これからはどんどん見つけていきたいね』
『後ろから襲われるのは勘弁してほしいですけどね』
『ははっ、そりゃそうだ』
話し終えるとまた雨の音だけが耳に入った。こうも何もないと逆に疲れてくるし、どうでも良いことが頭に浮かんできてしまう。あ、大海さんと木岡さんが何班か聞くのを忘れていた。本部に戻ったときに確認しようと決める。
それから通話機能越しにぽつりぽつりと魔物発見の報告が上がるようになった。最初どの班も静かだったのはたまたまだったようだ。
担当区域の巡回もあと少しというところで、僕はふと気になったことを荒神さんに尋ねてみる。
『荒神さん、この街に強力な魔物は入ってきていないんですか?』
『可能性はゼロじゃないが、本部の話だと小物ばっかりだと聞いている。何か気になることでもあるのか?』
『いえ、単なる思いつきです。別に深い意味があるわけじゃなくて』
『そうか。けど、もしそれが何らかの勘だっていうんなら、その感覚は大切にしておいた方がいいぞ。こういう仕事をしてると結構役に立つんだ』
それはそうだろうなと僕も思った。何しろ危険と隣り合わせだから。僕の場合はソムニがいるけど、いつかはこの妖精に頼らなくてもやっていけるようになるのかな。
ともかく、この日は担当区域を変えて四回巡回をした。けど、結局僕達は一度も魔物を見かけることはなかった。ひたすら雨に打たれて歩き続けただけだ。そのせいでまるでお風呂に入ったかのようにずぶ濡れになった。自分の汗で。