依頼受諾の要請
今日も一日が終わろうとしている。学校から帰ってきて第二公共職業安定所の射撃場で訓練をして帰宅、夕飯、入浴とルーチンワークをこなした。
ベッドの上でごろごろしながらネットを巡回しつつ、近くを漂う半透明な妖精に僕は話しかける。
「午後六時までしかいられないっていうのは、やっぱりやりづらいよね」
「使った銃の掃除をする時間が限られちゃうからね~」
「どちらか片方だけなら掃除する時間はあるから、一日交替でやれるのが救いかな」
「けど、思ったよりも手こずってるみたいね、街中での捜索」
「なんでまた?」
「山や森から町に入ってきた魔物だけじゃないからみたい。どうも狂犬みたいなのも混じってるみたいなのよね」
たまに小さな半透明の画面を表示させながらソムニが僕の話に乗ってきた。
魔物の大半は山や森などに生息しているがたまに町に入ってきたりする。でもそれ以外に、魔力というものに影響を受けて動植物が魔物化する場合があった。狂犬はその一例だ。極端に攻撃的になり、自分の生死を考えずに襲ってくる。
「山にいる野良犬が狂犬になって町に入ってきたわけじゃないの?」
「何匹かはペットがなっちゃったものらしいから、全部が全部外からやって来たわけじゃなさそうなの」
「街中にそんな発生源みたいな場所があったら人間も危なくない?」
「それで連盟支部も必死になって探してるんだけど、これがさっぱりらしいのよね~」
外出制限が長期化しそうな情報を聞いて僕はげんなりした。僕の活動には今のところ影響はないけどなんとなく嫌な話だ。
話はとりあえず一段落したのでまたネット巡りに戻った直後、パソウェアの通話機能からコールがかかった。相手は荒神さんだ。
首をかしげつつも僕は通話してみる。
「もしもし」
「久しぶりだな。ちょっと仕事の話があるんだが、今いいか?」
「はい、何です?」
「最近、街中で魔物が人を襲ってるって話は知ってるか?」
「ニュースになってるくらいの話でしたら知ってますけど」
「それ関係の仕事なんだ。放課後に下校する生徒の警備と週末の夜にする魔物駆除を引き受けてほしいんだ」
最初から真剣な雰囲気だったから何だろうと思ったけど話の内容を聞いて納得した。でも、一部気になる点がある。
「そういうのって普通は連盟支部が依頼一覧表に載せて頼むものじゃないんですか?」
「報酬が安くて引き受け手がなかなかいないんだ。生徒の警備は一日二時間程度で五千、夜の魔物駆除は午後六時から六時間で一晩一万五千なんだよ」
「確かに安いですね。もっと高くしたらいいのに」
「今のところ出てくる魔物が小物ばかりだからな。年寄りがちらほらと引き受けているが、それだけじゃ全然足りねぇ」
事情を聞いた僕はため息をついた。脅威と達成難易度だけに比例して報酬額を決めるからこうなると荒神さんが愚痴るのを聞く。
「よくそんなのを荒神さんは引き受けてますね」
「知り合いの職員に泣きつかれたんだよ。だから期間限定で引き受けた。で、この間に解決の目処だけでも付けるつもりだ」
「大変そうだなぁ。でもそうなると、どうして僕に連絡してきたんです?」
「生徒の警備に関しては、ジュニアハンターに母校の警備をさせることになったから先回りして話した。で、俺の本命は夜の魔物駆除のほうなんだ」
「僕ですか?」
「とにかく頭数が足りないから、使える奴をかき集めてるところなんだ。大鬼討伐であれだけの成果を出したってんなら今回の仕事に不足はないしな」
実績を評価されるっていうのはこういうことかと僕は嬉しく思った。
ただ、ちょっと引っかかることがあった。荒神さんが悪いんじゃなくて僕個人の感情的な問題だ。言い出しにくそうに僕が口を開く。
「あの、生徒の警備なんですけど、それって他校じゃ駄目なんですか?」
「放課後すぐに警備に入る必要があるから、自分の学校の方がいいだろう。何か問題でもあるのか?」
「問題っていうか、ジュニアハンターじゃない知り合いに活動してるところを見られるのがどうにも慣れなくて」
「もしかして恥ずかしいのか?」
僕が沈黙すると荒神さんは苦笑いした。そして、続けてしゃべる。
「しかしな、さっきも言ったが連盟支部はジュニアハンターに母校の警備をさせるつもりだからな。拒否権はないと思うぜ?」
「あーそうでしたね」
「ま、俺の本命は駆除の方だからそっちについては何も言うことはないな。で、週末の夜の方は引き受けてくれるんだな?」
「はい、そっち側はわかりました。そっかぁ、母校かぁ」
「これからも色々な場所に引っ張り出される可能性はあるから、ちょっとした有名人になることは覚悟しておいた方がいいぞ」
最後の方はぐだぐだした感じになったけど、必要な約束を取り付けた荒神さんはにこやかに通話を切った。
あんまりやる気の出ない僕の方はというと依頼一覧表を表示させて件の依頼を探してみる。それぞれ別件として扱われていた。
とりあえず週末夜の魔物駆除は手続きを済ませておく。でも、生徒の警備の方は気が進まなかった。
手の止まった僕の横にソムニが進み寄ってくる。
「どうしたの? さっさと応募しちゃえばいいじゃない」
「うん、そうなんだけどね。なんていうか、装備を身に付けた状態で知り合いの前に立ったときのことを想像すると、こう」
「でもさっきの話だと、どうせ強制させられるんでしょ?」
「そうなんだよなぁ」
ため息をついた僕はもう一つの懸念について考えた。ジュニアハンターに徴集がかかるということは、住崎くん達も依頼を引き受けることになる。どうなるか予想できてしまうので今から気が重い。
なかなか手を動かさない僕をみてソムニが呆れる。
「どうせ住崎と中尾の二人もいるなんて考えてるんでしょ? バカねぇ。あっちが何と言おうとアンタの評価が変わるわけないじゃない。単純に実績だけ見たら、アンタの方がもう上なのよ?」
「え、そうなの?」
「あの二人って平均的な活動しかしてないからこなした依頼数こそまだ少し多いけど、アンタは単独で依頼達成率が百パーセントだからね。更に言うと、この前の討伐でぶっちぎりよ!」
意外なことを聞いて僕は目をぱちくりとさせた。今までそんなことを考えもしなかったな。
尚も黙っている僕にソムニがたたみかけてくる。
「なのに、なんで格上のアンタが格下のあの二人に怯えてるのよ? 普通ありえないでしょ? ナメたこと言ってきたら、遠慮なく言い返してやればいいのよ!」
「う、うん」
「大体、実力のある者はそれに見合った責任があるものよ。それを果たすからこそ普段は好き勝手できるんだから、やらないなんて選択肢はないわ」
「ノブレス・オブリージュってやつ?」
「そこまでは言わないけど、自分が役に立つ存在だってことは示した方がいいわよ。アンタ、学校ではどうも肩身が狭いみたいに思ってるようだし、ちょうどいい機会ね」
「一年のときよりかはずっと自由だよ。何しろあのときは住崎くんとかと同じクラスだったから」
「逆に肩身が狭い思いをさせてやればいいのよ! 自分の気分次第でアンタを責めてくるなんて最低なヤツなんだから!」
話しているうちに興奮してきたらしいソムニの声が荒くなってきた。聞いていた僕は半ば呆れながらも嬉しくなってくる。
元気になってきた僕は改めて依頼一覧表から生徒の警備を選択して詳細画面を開いた。そして、手続きを進めて応募する。
そんな僕の様子を見ていたソムニは満足そうにうなずいた。