広まる話
指定討伐の翌日、すっかり疲れ果てて一日中部屋でごろごろしていた。この日は日曜日で動けなくなることを予想して元々何も予定を入れていなかったんだ。筋トレも勉強もしない日なんて本当に久しぶりだなぁ。
懐かしい気持ちになりつつも夜を迎える。まだ何日かは休みたいけど、月曜日からは容赦なく学校が始まってしまうんだ。そう思うとため息が出る。
夕飯と入浴を済ませて自室に戻るとネット巡りを再開した。実は今、少し恥ずかしい話を追いかけてる。それは、僕の噂だ。
僕が討伐で大活躍したことは既に連盟支部周辺に広がっていた。隠すようなことじゃないから制限もかからなかったしね。それでも職員やハンターの人達はまだ落ち着いた感じだった。
一方、ジュニアハンターの方はちょっとした騒ぎになっている。自分達と変わらない何者かが魔物六十匹以上と大鬼を倒したからね。
ただ、幸いなことに名前までは広がっていなかった。住崎くんと中尾くんは黙っているようだから成果の話ばかりだ。
「武士からメッセージが届いたわよ」
「本当だ」
室内を漂うソムニからヴォイスメッセージが届いたことを教えてもらった。内容は大鬼を倒した件についてだ。
『よう。大鬼を一人で仕留めたんだってな。知り合いから聞いたときは驚いたぜ。しかも小物を六十匹以上倒した上でだとは、大したもんじゃねぇか』
そこからしばらく荒神さんの話が続いた。ずっと褒めてもらってばかりなのでどうにもむず痒い。身じろぎするとソムニがにやにやとした目を向けてきた。
最後までこそばゆく感じながら荒神さんのヴォイスメッセージを聞き終えると、今度は少し真面目な表情をしたソムニに話しかけられる。
「いい気分なところ水を差すようで悪いけど、今度はこの記事を読んで。ちょっと気になるのよね」
「え、なに?」
目の前に現れた半透明の画面を拡大すると一つの記事だった。この街で魔物に襲われる事件が昨日から発生しているらしい。
記事を読み終えた僕は眉をひそめた。たまに迷い込んだ魔物が街中で悪さをすることは今日日珍しくない。でも、この記事には同時多数と書いてある。
「このままだと夜間に外出制限がかかるかもしれないんだ。面倒だなぁ」
「午後六時以降だから、微妙に引っかかるわよね」
「せめて午後七時以降だったら大丈夫だったのになぁ」
生地の最後の方を見ながら僕は呻いた。
けど、不穏な話があっても学校はなくならない。翌日からいつも通り登校した。
何事もなく昼休みを迎えた僕は、お弁当を食べようとしたところで大海さんに話しかけられる。
「ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?」
「どうしたの?」
「大心地くんって、一昨日大鬼を仕留めたんだよね。そのときの話を聞かせてくれないかな?」
申し訳なさそうにお願いしてくる大海さんを見て僕は目をぱちくりとさせた。確かに僕にとっては大事件だったけど、大海さんが話を聞きに来るほどなのかと首をかしげる。
「大海さんってもっとすごい魔物倒してなかった?」
「倒したかどうかと言われたら倒したことはあるよ。でも、六十匹以上の魔物を引き連れた大鬼を一人ってなると、さすがにないなぁ」
「そうなんだ」
「だから戦闘記録を見ながら話を聞きたいんだ。知り合いと一緒に」
「知り合い?」
うなずきかけた僕は大海さんに怪訝な表情を向けた。すると、苦笑いしながら答えてくれる。
「実はね、わたしのチーム内でちょっとした話題になったの。それで、できれば同じ学校のわたしと木岡さんっていう先輩の二人で聞きたいってことになったのよ」
「チームで話題」
「そうなの。さすがにあの数の魔物を一人で一度にってなるとわたし達もきついし、どうやって戦ったのか知りたくて」
椅子に座ったままの僕は大海さんの顔をぼんやりと見ていた。気になる情報はちゃんと調べるなんて熱心だなと思いつつも、それが自分の記録だなんてことが信じられない。
「いいよ。けど、どこで?」
「やった! 北校舎の屋上で! 木岡さんはいつもそこでお昼を食べてるの!」
聞けば木岡さんは三年生らしいので僕は少し緊張しつつも、大海さんと一緒に屋上へと向かった。
屋上には何人か他の学生もお弁当なんかを食べているけど全体的に閑散としている。その奥に一見するとどこにでもいそうな上級生が四人掛けテーブルの一角に座ってパンを食べながらこっちを見ていた。
大海さんが手を振って声をかける。
「木岡さん! 大心地くんを連れてきました!」
「ありがとう。初めまして。俺は木岡信雄。ジュニアハンターで大海と同じチームなんだ」
「僕は大心地優太です。大海さんと同じクラスです」
「無理言って悪いな。こういう事例は珍しいし、それが近くにいる人がやったことだってわかったから、どうしても直接聞きたくてね」
「討伐本部で説明したような感じになりますけど良いですか?」
「頼むよ。それと、食べながらでいいから」
木岡さんの隣に座った大海さんを見て、僕は二人の正面に座ってお弁当を広げた。そして、お箸を持ったところで半透明の画面を立ち上げる。
「それじゃ、これから始めますね。僕は最初倒し損ねた小鬼を追いかけて山の谷間まで向かったんですけど」
こうして僕はもう一度あのときの状況を他の人に説明することになった。
二日前に討伐本部で説明したときはそのときの状況を淡々と説明していったが、今回は更になぜそうしたのかという説明も求められた。それもできるだけ話す。
ただし、いつものことだけどソムニのことは避けた。代わりに優秀な戦闘支援機能を使っていると説明している。そうでもしないと僕が天才みたいに思われてしまうからね。
たまに返答に詰まってはソムニに手助けしてもらいつつも、僕は大海さんと木岡さんにあのときのことを説明し終えた。
お昼休みが残り十分を切っている。まだ半分もお弁当を食べていないことに気付いた僕は箸と口を動かすペースを速めた。
一方、聞きたいことを聞けた様子の大海さんはうなずいたりしている。
「なるほどねー。逃げては撃ってを繰り返したんだ。完全に体力勝負ねぇ」
「多数に包囲されて攻撃されるのを避けるのには有効だな。俺もやったことはあるが、ここまで大規模なのはないな」
「状況が状況だったからとはいえ、普通は一人でやろうとは思わないわー」
「俺だったら諦めて逃げの一手だな」
ペットボトルを空にした木岡さんも半ば呆れていた。僕だって最初は逃げようと思ったくらいだから気持ちはわかる。
僕が食べ終わると同時に授業五分前の予鈴が鳴った。
それを聞いた木岡さんが立ち上がる。
「ありがとう。参考にするのは少しきついが、面白い話だった。それじゃ僕は先に戻るよ」
「またねー!」
軽く黙礼する僕の近くで大海さんが声を上げて手を振った。木岡さんはそのまま屋上から去る。
弁当箱を袋に片付けた僕も立ち上がった。待っていてくれた大海さんが声をかけてくる。
「それじゃ、わたし達も戻ろっか」
「うん」
既に誰もいなくなった屋上を後にして僕達は廊下に移った。そして、下の階に降りるために階段へと近づく。
するとそのとき、南校舎とつながる渡り廊下に見覚えのある四人組がいるのを見つけた。どうしてそこにいるのかと思ったけれど休み時間なんだから別に悪くない。
問題なのは中尾くんが僕と大海さんに気付いたことだ。釣られて住崎くんもこちらを見る。一瞬だけ目が合った。
でも、僕はその表情を確認する間もなく階段へと体を向ける。そして、そのまま降りた。