認めがたい事実
本来なら何人ものハンターが共同で対処しないといけないほどの魔物を倒した僕は、大鬼の死体の近くで座り込んでいた。全身の虚脱感がすごくて動けない。
パソウェアの通話機能から聞こえる討伐本部や他のハンターのやり取りを僕は他人事のように聞いている。今は反応する気になれなかった。
今は何人かのハンターに来てもらって倒した魔物の確認をしてもらっている。
『こっちは四匹確認できた、どうぞ』
『オレんところは八匹だ。これ本当にあいつ一人でやったのか? ジュニアハンターだろ? 信じられん』
『こちらは七匹だな。どれも一発か二発で仕留めてやがる。大した腕だな』
『他に熟練のハンターがいると言われた方がまだ信じられる。自己申告で六十五匹と聞いたときはフカシてんのかと思ったが、こいつぁ』
『おい、そっちは何匹だった?』
『ああすまねぇ。六匹だ』
あらかじめ討伐本部に魔物の駆除地点を提出しているから、不明点がない限り僕は待つだけだった。ソムニは既に姿を消している。
しばらくして倒した魔物の数の確認が終わった。討伐本部の職員さんが通話機能を使って話しかけてくる。
『こちら本部。大心地くんへ。数の確認が終わった。申告した数を受け入れる。おめでとう。今日一番の大手柄だ』
「ありがとうございます」
『一言言わせてもらっていいのなら、今度からは他のハンターと一緒に討伐してほしい。この数を一人で相手にするというのは無茶すぎる』
「気付いたら囲まれていたんです」
『そうか。なら、できればチームを組んでほしい。その方が安全だからな』
「そういう友達がいれば」
『あー』
僕が単独で参加していることを知っているはずの職員さんは黙り込んだ。
この場に留まる理由がなくなった僕は他のハンターと一緒に討伐本部へと戻る。指定討伐対象の大鬼がいなくなったのでこの依頼は終了したからだ。
強化外骨格を身に付けているはずなんだけど足取りは重い。気持ちがどうかというのではなく、単純に体が疲れ切っていたんだ。早く帰って寝たい。
討伐本部のある場所にまで戻ってくると、既に戻って来ているハンターの姿が見えた。みんな今日の自分の戦果を話している。
けど、半分くらいの人が僕に目を向けてきた。大鬼を倒したということはみんなに知られているからだ。
疲れてぼんやりとしたまま討伐本部のテントへと入る。戻って来たら立ち寄るようにと指示されていたからね。中では記録を確認しながら戦闘経緯を説明した。
全部終わった頃には結構暗くなっていた。山だから日が暮れるのが早いというのもある。
他のハンターは帰り支度を始めていた。通話機能越しに解散の連絡がさっきあったからね。
「あー疲れたぁ」
”お疲れさまー! 今日はよく頑張ったわね! 帰ったらごちそうよ!”
”作るのは母さんだけどね”
漏らした言葉に反応された僕は苦笑いした。本当ならあそこまで頑張る予定はなかったんだけどな。次はあんな状況に陥らないようにに注意しないと。
疲労感眠くなりつつも自分の自動車に戻ると、装備を後部座席に置いていた大袋に入れ始める。強化外骨格を外すと終わったという感じが強くなった。
やがて制服姿になった僕が運転席に座ろうとすると後ろから声をかけられる。
「大心地」
「え?」
振り向くと、そこには薄い茶髪で縁なし眼鏡型のパソウェアをかけた中尾くんがいた。
住崎くんと違って中尾くんから声をかけられることなんてほとんどないから僕は戸惑う。
「ど、どうしたの?」
「聞きたいことがある。今日討伐本部から連絡があった、四体目の大鬼を討伐したのは本当にお前か?」
「うん。他のハンターにも確認してもらったよ」
「一人で何十匹もの魔物も一緒に倒したと聞いているが、一体どうやったんだ?」
「どうって、いっぺんに襲われないよう逃げながら倒したんだけど」
「それで大鬼まで倒せたのか?」
信じられないという表情の中尾くんが真剣に尋ねてきた。僕だってよくできたものだと思ってるくらいだから、中尾くんが信じられないのも無理はない。でも、事実なんだ。
僕がうなずくと中尾くんは大きなため息をつく。
「春休みに訓練生を卒業したばかりで、三ヵ月もしないうちにこんな戦果を叩き出すなんて聞いたことがない。出来の悪い三文小説みたいだ」
「そんなことを言われても」
「ちっ、認めたくはないが、本部が認めたのなら事実なのか」
なんかひどいことを言われた気もするけど、どう言い返したら良いのかわからないから僕は黙った。それに、確かに春休みからここまで成長できたのは僕でも不思議だと思っているしね。
もう一度ため息をついた中尾くんが独りごちる。
「終業式のときにジュニアハンターは向いていないと言っていたが、あれは間違いだったということか。わからないものだな」
「おーい、中尾! 帰るぞ、ってお前、なんで大心地なんかとしゃべってんだよ?」
僕を見た途端に眉を寄せた住崎くんがやって来た。敵意剥き出しの視線を向けてくる。
中尾くんが何かを言う前に住崎くんが僕に向かって叫んだ。
「てめーの報告なんか信じねぇからな! どうせイカサマでもやったんだろ! それか、たまたまお前でも倒せるような状況だったに違いねぇ!」
「いかさまを見抜けないって本部の人に失礼じゃないかな」
「うるせぇよ! とにかく、お前の大鬼討伐なんてオレは認めねぇからな!」
人先指を突きつけられた僕は困惑した。僕が嫌いで僕の言葉を信じられなくても、他の人の言葉は信じたら良いのにと思う。
途中からやって来た住崎くんに僕が詰め寄られていると、中尾くんが止めてくれた。住崎くんの肩に手を置いて口を開く。
「住崎、もういい。俺がちょっと聞きたいことがあって話をしていたんだ。もう終わったから帰ろう」
「なんでだよ。もうちょっとオレからもこいつに言わせろよ!」
「もう帰るんだろう? 行こう」
「呼びに来たのはオレなのに、何でお前がオレを注意してんだよ?」
どうにも納得できないと住崎くんは抗議した。けど、中尾くんはそれに取り合わず更に帰ろうと促す。今回は住崎くんを見ていてちょっとかわいそうになった。
しばらく僕と中尾くんを見比べていた住崎くんは僕に向かって叫ぶ。
「くそ、今日はこのくらいにしておいてやる! 中尾、行くぞ」
「わかった」
正に仕方なくといった様子の住崎くんが踵を返して歩き始めた。中尾くんもそれに続く。
二人が去って行く姿を見て僕はため息をついた。
僕が車に乗り込むとソムニが頭の中に話しかけてくる。
”いやーなかなか気持ちよかったわねー!”
”そうかな? 面倒なだけだったけど”
”あのメガネの方はまだ冷静だったけど、住崎って方は完全に吠え面かいていたじゃない。今までのことがあったから、すっきりとしたわ!”
動き出した自動車の中にほぼ透明な妖精の姿が現れた。とても機嫌が良いらしく、くるくると回っている。
「でも、あの様子だと目の敵にされそうで嫌だなぁ」
「ふふん、そんなの返り討ちにしてやればいいじゃない! 今朝の戦い方を見てる限りじゃ、大したことないわよ」
「だからそうやって張り合うこと自体嫌だって言ってるのに」
「消極的すぎるわねぇ。まぁでも、これででっかい実績を一つどーんと作ったんだから、色々とやりやすくなるはずよ」
何がやりやすくなるのかわからない僕は考えようとした。けど、あまりにも疲れていてうまく頭が働かない。
どうにも眠かった僕は、とりあえず考えるのを後回しにして一眠りすることにした。