魔物との死闘
小鬼を追いかけて入った山間の谷間で、僕は大鬼を中心としたたくさんの魔物に囲まれた。
表示される赤枠を見て僕は震える。例え大鬼がいなくても何十体という魔物に囲まれてしまえば生き残れる可能性は低いように思われた。
最短の魔物で六十メートルほど、大鬼との距離は百九十メートル程度と表示されている。まともに戦って勝てるとは思えない。
「ソムニ、これって逃げられそう?」
「たぶん逃げるだけなら何とか。ただ、そうなるとこいつらを野に放つことになるから、周りにいるハンターに被害が出るかもしれないわ。別の地区へ大鬼討伐に出向いてるチームが多いから、この辺りはハンターの密度が低いのよ」
僕はちらりと半透明の地図を見た。討伐本部のある第一地区が隣だから、そっちにも向かう可能性があることを思い出す。
「でも、僕一人でこれを相手にできるとは思えないよ?」
「何言ってるの。アタシもいるでしょ!」
隣で浮いている半透明な妖精がウインクをしてきた。心強いとまでは思えなかったけど、いくらか安心できる。
「ここで迎え撃つわけにはいかないよね」
「もちろんよ。右後方の谷の斜面を登りながら魔物を片っ端から撃って。牽制だから当たらなくてもいいからね。その後は後退して距離を稼いで近づいてくるやつを片っ端から撃っていくわよ」
「いっぺんに相手をするんじゃなくて、ばらばらに相手をするんだ。いいね、僕の体力を考えなければ」
「死にたくないなら死ぬ気でやりなさい!」
ソムニの言葉を合図に僕は反転して走り始めた。緩やかな斜面を駆けながら小銃の照準を目の前の犬鬼に合わせ、白い線がその胴体に刺さったところで撃つ。
魔物側はこの発砲音で動き出した。僕めがけて全員が走り出す。
吹き飛ぶ犬鬼から目を離して、僕は近くにいた豚鬼の頭に狙いを付けて引き金を引いた。走りながらなので連射できないのがつらい。
強化外骨格のおかげで斜面を駆け上がるのは苦にならなかった。逆に一旦谷間に降りて登ってくる魔物の足は遅くなる。
元々右側の坂に陣取っていた魔物を優先して倒していく。岩や繁みがあるので遠くまでは狙えないけど、逆に魔物にとっても障害になるので一長一短だ。
ようやく立ち止まって狙えるようになったとき、討伐本部から連絡が入る。
『大心地、メッセージの大鬼発見、魔物に包囲されかかってるっていうのは本当か!?』
「え?」
討伐本部に連絡していないことを思い出すと同時に、そんな連絡をしていなかった僕はソムニを見た。半透明な妖精はぱちくりとウインクをしてくる。
「本当です! 現在交戦中! 応援をください!」
『本部の近くじゃないか! わかった。無理なら逃げろ!』
「了解!」
「いい感じに敵を倒せてるんだから、このままいくわよ!」
通話が終わるとすぐにソムニが口を挟んできた。正直なところ今すぐ逃げたい。
十匹以上倒すと僕は更に斜面を駆け上って魔物との距離を離そうとした。あんまり近づかれすぎると対処できなくなってしまう。
通話機能越しに第二地区の大鬼討伐の呼びかけを聞きながら、僕はひたすら小銃を撃ち続けた。魔物の総数がわからないのでいくらでも湧いてくるように思える。
「これ全部で何匹いるの!?」
「確認できる範囲で六十以上ね。あ、しびれを切らした大鬼が動き出したわ」
「うそ!?」
不甲斐ない仲間に怒っているのか、一際大きい叫び声が僕にも聞こえた。今この状態で迫られるのはまずい。
小銃の引き金を引いても銃弾が出なくなった。弾切れだ。迫ってくる魔物が何匹かいる。肩紐で固定してあるので気兼ねなく小銃を手放してホルスターから大型拳銃を抜いた。
至近距離に迫った魔物を立て続けに撃ち倒すと、僕は大型拳銃をホルスターにしまって即座に立ち上がって反転した。走っている間に小銃の弾倉を交換する。
息が上がってきた。銃を撃つときに狙いが定まりにくくなっている。今のところまだ外してはいなけど、これからは危ないだろうな。
「ハンターはまだ来ないの!?」
「魔物の数も正直に書いたから尻込みしてる連中もいるっぽいわね。来てもすぐに袋叩きに遭うって思うと足が鈍るのも仕方がないんだけど」
「つまり、応援は期待できないってこと!?」
「獲物を独り占めできるって思うしかないわね」
「僕は仲良く分ける方がいいなぁ!」
泣き言を言ってみたけど状況は何も変わらない。まだ一応魔物がばらついているおかげで何とかなっているけど、大鬼がやって来たら戦況は一気に悪くなる。
その後も同じように斜面を登っては撃つを繰り返した。小銃の弾倉二本を大型拳銃の弾倉一本をきれいに使い切る。
「魔物は四十八匹倒したわ! 大鬼以外あと二十四匹!」
「はぁはぁ、まだ終わらないの? 応援は?」
「ここまで来たら当てにしない! 全部仕留めるわよ!」
隣のソムニの檄を聞きながら僕は走った。いくら強化外骨格を装備しているとはいっても、繰り返し全力疾走していると体力は尽きてくる。
通話機能越しに話を聞いていると、いつの間にか三体目の大鬼は倒されていたらしい。一方、僕の方の応援は二チーム七人が谷間に着いたところだった。距離が離れてしまったせいで僕と大鬼がどこにいるのかわからないと言っている。
「とりあえず大鬼以外を狙うよ!」
「最後は一騎打ちってわけね。いいわよ!」
今更だけど、応援が間に合わないことを覚悟して僕は全部自分で倒す覚悟を決めた。そうなると倒しやすい奴からまずは片付けることにする。
既に大鬼と他の魔物が一緒に攻めてくる状態だったので、まとめて倒すのは難しかった。一匹か二匹を撃ってからすぐに逃げるということを繰り返す。
斜面を登ったり降りたりするせいで僕の息はすっかり上がっていた。余計なことを考える余裕はもうなくて、ひたすら走って狙って撃つことだけを考える。
「はい、最後のザコ!」
言われるままに狙って引き金を引くと前方の豚鬼の頭が吹き飛んだ。ちょうど空になった弾倉を引き抜いて新しいものと入れ替える。
「小銃はこれが最後の弾倉で、拳銃の方はあと二本だけ。これであいつを倒せるの?」
「いけるわよ、全部当てたらね!」
今のところほぼ狙いを外していなかったこともあってそんなものかと僕は思った。もちろん不安はあるけど、同時にどうにかなりそうとも思えるようになる。
真正面から突っ込んでくる大鬼に目を向けた。三メートルくらいの角と牙を生やした赤黒い肌の赤鬼が木の幹を担いで迫ってくる。
「ウオァァァ!」
さすがにこれだけ振り回すと魔物といえども息は切れるらしく、大鬼の叫び声には若干の疲れが混じっていた。僕もそうなんだし、ちょっと安心してしまう。
疲れのせいか大鬼の動きは直線的だ。これは狙い目だろう。
もう何度目かわからない逃走で距離を開けると振り返って小銃を構えた。肩でする息を抑えるべく意識を集中する。
距離五十メートルを切ったところで一回発砲、額に当たった。しかも角だ。それは砕けたけど致命傷にはならなかったせいで突撃は止まらない。
距離三十メートルで発砲したけど手にした木の幹で防がれる。
距離十メートルになると大鬼は木の幹を振り上げた。その隙を狙って僕はまた発砲する。今度は左目に銃弾がめり込んだ。
「ウガアァァァ!」
さすがにこれは効いたらしく、大鬼は木の幹を手放して顔を手で覆って地面を転がった。
危険を感じた僕は少し離れてから頭に集中して銃撃を加える。そうしてようやく大鬼は動かなくなった。