オーガ出現
大鬼討伐が始まってから二時間以上が経過した。パソウェアの通話機能を無線機代わりにしていると、各チームの景気の良い報告が聞こえてくる。
そんな中、僕は未だに魔物一匹倒せないでいた。休憩しながら山や林を歩き回っているのに出くわすのは魔物の死体だけ。
「あっちこっちから銃声が聞こえてくるから、魔物はいるはずなんだよね」
「ツイてないって言っちゃえばそれまでなんだけど、これはちょっと度が過ぎてるわね。さっきから気配も感じないし」
「また場所変えてみる?」
「そうね。心機一転しましょうか」
首をひねりながらソムニは僕の提案を受け入れた。疲労感よりも徒労感の方が強くなる。
目の前に表示された半透明の地図を見ておおよその方向を確認すると僕は歩き始めた。
相変わらず通話機能越しに喜びの声が聞こえてくるから、僕だけが取り残されたかのように思えてくる。焦ってはいけないと思いつつも落ち着かなくなってきた。
そろそろ正午も視野に入ってきたときにその連絡が討伐本部から入る。
『参加しているハンター並びにジュニアハンターに警告。第八地区で大鬼一体発見の報あり。現在二チーム六名が対処中。近くにいる者は急行せよ』
『よっしゃ来たぁ!』
『お、近くだな! さっきのアレに違いない』
討伐本部からの警告が報じられると途端に通話が賑やかになった。第八地区やその周辺の人達が喜びの声を上げる。
林の中で僕はちらりと開きっぱなしの半透明な地図を見た。今いる場所が第二地区なのでかなり遠い。
「ソムニ、これ、今から行っても間に合わないよね?」
「さすがに難しいわね。それよりもこっちで探した方がいいわ。討伐本部の話だとあと三体いるはずだから」
「そうだね。って、あれは」
ため息をついてから改めて前を見たとき、何か植物以外で動いたような気がした。横に漂っていたソムニが寄ってくる。
「豚鬼ね。二体くらいかしら」
「住崎くん達の戦いを見てたら、何発か当てないと駄目だったよね」
「お腹の辺りだと一発じゃ死なない可能性が高いわね。頭だとさすがに一発で済むけど」
「距離は百二十メートルちょっとか」
目の前に現れた小さい赤枠を見ながら僕はつぶやいた。地面の凹凸だけでなく、林立する木が邪魔になって当たらないことがあるので厄介だな。
魔物の方はまだ僕に気付いていないようで全然違う方を見ている。確実に当てるためにもできるだけ近づきたい。
こういうときに姿を消せる隠蔽機能があれば便利なんだけど、僕はまだ持っていない。手に入れるのならもっとお金を稼がないと。
手にしている小銃のをちらりと見てから僕はゆっくり木から木へと移っていく。どこまで近づけるだろうか。
八十メートル辺りで豚鬼の一匹がこちらに顔を向けた。別の木へと移ろうとした僕はソムニに止められる。
「ここまでね。アタシのサポートもあるんだし、ライフルなら充分でしょ」
「わかった」
耳元で囁くソムニに僕はうなずいた。
こっそりと覗くように木の端から前を見る。幸い、豚鬼はどちらも向こうを向いていた。左側が手前で石に座ってしゃべっていて、右側が奥で立っている。
「左側を先に仕留めて、次いで右側ね。焦らなくてもいいわよ。最悪右側は外してもこちらに突撃してくるでしょうから、そのときに改めて狙えばいいわ」
小銃を構えた僕はソムニに答える余裕は既になかった。その代わり、左側に照準を定める。銃口から延びる白い線が豚鬼の後頭部に当たった。
小さく息を吸って止める。そして、引き金を引いた。乾いた発砲音が林の中で思ったよりも響く。
撃った銃弾は狙い通り後頭部に命中した。反対側から血飛沫が舞う。
反動を受け流した僕はわずかに体をずらして右側の豚鬼の頭を狙った。発砲音に驚き、倒れた仲間を見て一瞬固まる。
その側頭部に白い線の先を固定すると僕はすぐに引き金を引いた。二度目の発砲音と同時にその豚鬼は横に倒れる。
二匹の魔物が倒れたのを見た僕は大きく息を吐いて体の力を抜いた。
そんな僕にソムニが声をかけてくる。
「やったわね! ちゃんと訓練の成果が出てるじゃない!」
「全然動かなかったからね。射撃場の的とほとんど変わらなかったよ」
「いい感じね~」
「あの白い線はかなり便利だよ。やっぱりなしとは全然違う」
「でしょ~! アタシのサポートは完璧なんだから!」
褒めるとソムニは嬉しそうにくるくると飛び回った。
この二匹を皮切りに、その後はちらほらと魔物を見かけるようになる。いずれも数は少なかったので遠距離から一匹ずつ仕留めていった。
その間に発見の報があった大鬼が仕留められたと通話機能越しに聞く。仕留めたハンター達は大はしゃぎしていた。
僕が昼ご飯として携行食を食べているとその二体目が発見された。第五地区だ。
ストローから清涼飲料水を吸っているとソムニが近づいてくる。
「二体目はどうする? 行っちゃう?」
「うーん、微妙に遠いんだよなぁ。走らないと間に合わないよね? 息切れした状態で戦うのはちょっと」
「やる気ないわねぇ。せっかくなんだから挑戦しましょうよ」
「たくさんのハンターがいる中じゃやりにくいよ。それに、獲物の横取りとか色々言われるのは面倒じゃない」
「一人でやるのは怖いくせに、複数人だと面倒だなんてわがままね~」
自覚のあった僕はソムニから目を逸らせた。
携行食を食べ終わると軍用背嚢から虫除けスプレーを取り出して自分に振りかける。朝一番にかけた効果が落ちてきて虫が鬱陶しくなってきた。
休憩が終わるとまた歩き出す。そのとき、三体目が現れたという報告があった。今度は第六地区だ。ハンター達が向かう様子が通話機能越しに聞こえる。
遠くで銃声が頻繁に鳴っている音が僕にまで届いてきた。全然他人事のように思える。
前方に小鬼三匹を発見した。遠距離から二匹仕留めて一匹逃がす。僕は迷わず駆け出した。
そのとき、通話機能越しに二体目の大鬼が倒されたことを知る。歓声が沸く中、知った声を聞いた。住崎くん達だ。討伐に参加できていたらしい。
何となく心にもやが湧き出すのを感じながら走っていると林を出た。原野に逃げる小鬼が見える。その先には山の谷間が見えた。
走りながら僕は口を開く。
「珍しく逃げるなぁ!」
「刀に持ち替えて切った方がいいかもしれないわね。走りながら撃つのは難易度が高いでしょ?」
「無理だよ!」
一体どこまで逃げるのかと思いながらも僕は追いかけ続けた。
かなり追いつく。相手の走る音や鳴き声がはっきりと聞こえる。もう少しと思ったところで対魔物用大型鉈に持ち替えようとした。
すると、突然ソムニの声が耳に入る。
「止まって!」
「え?」
一瞬何を言われたのかわからなかった僕だけど、理解するとすぐに立ち止まった。いつの間にか山の谷間に入っている。左右は緩やかな斜面になっており、大きな岩や繁みがあちこちに点在していた。
なぜ立ち止まるように言われたのか理解できなかった僕は、すぐにその理由を目の当たりにする。前方の岩や繁みから多数の魔物が現れたんだ。
「え? これって」
「待ち伏せね。小鬼、犬鬼、豚鬼。ふん、誘い込まれたってわけね。普段いがみ合ってる連中がまとまってるだけでも不思議だけど、まとめてるヤツがいるわね」
「それって」
「ほら、出てきたわよ」
奥の方の岩の陰から一体の大鬼が現れた。体長三メートル程度で、頭に角を、口から牙を生やした腰巻きだけの姿だ。体の色は赤黒い。
それが仲間の魔物達と一緒に僕を愉快そうに見ていた。