嫌みなチーム
大鬼討伐当日、僕は眠い目を擦って起きるといつも通り勉強をさせられた。こんなときくらい休みたいと不満を漏らしたら、この程度で習慣は崩せないと返される。筋トレを免除したのが慈悲らしい。
朝ご飯を食べて一休みしてから僕は予約していた自動車で現地に向かう。以前行ったことのある場所なので直接向かうことにしたんだ。
集合時間の三十分前に到着すると、僕は制服の上から強化外骨格などの装備を身に付け始めた。拳銃はホルスターにしまい、小銃は肩紐でしっかり固定しておく。
討伐開始直前になると討伐本部のテント前にハンター達が集合した。今回の参加者は六十人程度なのでちょっとした人だかりができる。
”確認されている大鬼の数は現在四体で、ばらばらに行動しているらしいわね。本部が予想してる居場所はこの黄色の枠内らしいわよ”
”できれば出会いたくないなぁ”
”何言ってるの! 討ち取らなきゃ参加した意味ないじゃない!”
”一人ではさすがに無理だと思うんだけど”
”誰かと一緒に倒すしかないわね”
”知り合いなんて誰もいないよ”
討伐本部の職員さんが説明していることを聞きながら、僕は頭の中でソムニと言い合いをしていた。直前になってやっぱり怖くなってきたんだ。
説明が終わるといよいよ討伐開始となり、みんな自分の狙う場所へと散っていく。僕も検討して選んだ場所に足を向けた。
ところが、歩き始めてすぐに背後から声をかけられる。
「大心地? まさかお前まで参加してんのかよ」
振り向くと、装備に身を固めた住崎くんがこっちに顔を向けていた。ヘルメットにボディアーマー、それに強化外骨格は同じだけど、対魔物用ポリカーボネイト製防護盾を持っている点が僕と違う。隣にいる中尾くんも同じ装備だ。
でも今朝はこの二人よりも、その奥にいる二人の方に気が向いた。
一人は男の人で装備は僕とあまり変わらない。そんな人が僕を値踏みするような目つきで見ている。
もう一人は女の人でこっちはかなり変わった格好だ。赤いとんがり帽子に赤いローブというファンタジーの魔法使いのような姿をしている。そうなると、先端が膨らんでいるあの長い杖はもしかして魔法の杖なんだろうか。
ここで住崎くんと中尾くんからハンターとチームを組んだと聞いたことを思い出した。
なんと声をかけて良いのかわからない僕が黙っていると、男の人が住崎くんに話しかける。
「住崎、こいつが前にお前が言ってたヤツか?」
「そうっすよ、思田さん! 今年の春にやっと訓練生を卒業できたやつっす!」
「そんなヤツがよくこの討伐に参加できたな。何もできるとは思えないが」
「どうせその辺で小鬼でも狩っておしまいっすよ!」
住崎くんと話をしている思田っていう人は次第に僕のことを馬鹿にする目つきで見るようになっていった。
それに釣られてか、女の人の方も僕を見下してくる。
「実際どんな程度なのかって思ってたけど、確かに大したことなさそうね~」
「夢野さん、やっぱわかります?」
「まぁね~。ほら、やっぱできる人ってオーラが違うじゃない。あの子、そういうのが全然ないからすぐ見抜けちゃうのよ~」
僕が一言も話さないうちに相手の僕の評価が勝手に固まっていった。
どうしたものかと僕が迷っているとソムニが頭の中で囁いてくる。
”こんなの放っておいて行きましょ相手にしても一円の特にもならないわ”
”うん。でも、あの夢野って人、すごい格好してるね。なりきり系のコスプレかと思っちゃった”
”たぶん、魔法を使えるんでしょう。中途半端なものだったら素直に現代の道具を使った方がいいんだけどね”
弱い魔物相手にファンタジーごっこをする遊びがあることは僕も知っていた。特に威力や効果の低い魔法しか使えない人がよくやっているらしい。
でも、夢野さんはあんな格好をしていてもこの討伐に参加している。つまり、もし魔法が使えるのならそれなりなんだろうな。
住崎くんと思田さんと夢野さんが僕のことを馬鹿にしていると、中尾くんがため息をついた。そして、三人に話しかける。
「もう討伐は始まってますから先に進みましょう。時間がもったいないです」
「おっとそうだった! 悪いな、中尾! 住崎、夢野、大鬼をぶっ殺して一旗あげようぜ!」
「もちろんっすよ!」
「ま、華麗に倒してあげるわ!」
散々好きなことを言っていた思田さん達は、そのまま僕の前を通り過ぎて山へと向かった。
気を取り直して僕も旧林道を進む。既に何度か通っているので見覚えがある道だ。
林の中に入ると早速魔物の死体が地面に倒れている。犬鬼だ。
その死体を避けて僕は奥に進む。
「死体は新しかったけど、銃声は聞こえなかったよね?」
「刀か刃物で倒したんでしょ。弾がもったいないって思ったのかもしれないわ。購入費を抑えたがるハンターは多いから」
付近に人がいなくなると半透明な妖精が現れて語ってきた。僕もその考えにうなずく。気持ちは良く理解できた。
しばらくすると銃声が聞こえるようになる。その音は散発的だ。
今回は大鬼討伐の依頼だけど、近辺に他の魔物がいないとは限らない。というより、魔物の大量発生の影響で大鬼が現れたのなら他もいて当然だ。
こういう指定討伐のときは他の魔物の駆除もセットになっている。通常の駆除依頼とは違って一匹いくらで計算するからみんな積極的だ。
最初の魔物は何かなと思いながら林の中を歩いていると前の方で銃声が聞こえてきた。警戒しながら近づいていくと、何と住崎くん達が豚鬼と戦っている。
豚鬼は人間程度の大きさで、頭部は豚、体は肥満気味な魔物だ。単体での強さも結構なもので攻撃性が高く、道具を使う知性があって更に集団で行動する。そして嫌なのが、人間も含めて何でも食べる雑食であるんだ。
そんな魔物四匹が住崎くん達に向かって突っ込んでくる。
「あ、一匹倒れた」
「中尾はともかく、住崎と思田の射撃は雑ね。五十メートル切ってあれなの?」
木の裏に隠れて僕が様子を窺っていると、その横でソムニが冷静に三人の戦い方を評価していた。
僕はそれよりも夢野さんの方が気になる。奇抜な服装だからじゃなくて、魔法がどんなものか知りたいからだ。
更に一匹が倒れた直後に三人の奥から夢野さんが右手を突き出して叫ぶ。
「出でよ、火球!」
夢野さんの右の手のひらに野球のボール程度の火の玉が現れた。そして、それが弧を描いて小銃から対魔物用大型鉈に武器を切り替える三人を飛び越える。
「ピギャァァ!!」
その火の玉は中尾くんに向かっていた豚鬼の顔面に直撃した。顔を焼かれた豚鬼は転がりながら地面をのたうち回る。
そこから先はちょっとした乱戦だった。住崎くんが豚鬼の体当たりを盾で防ぎながら吹き飛ばされたり、思田さんが棍棒を持つ豚鬼とちゃんばらしたりだ。
けど、それも中尾くんが顔を焼かれた豚鬼にとどめを刺すとすぐに終わる。
一応最後まで見届けた僕は見つかると面倒なのでその場を離れた。
横に浮かんでいるソムニが感想を漏らす。
「どの程度かって前から気にしてたけど、あんまり大したことないわね~」
「そうかな? 夢野さんの魔法はすごかったように思うけど」
「もしかして魔法は初めて見たの?」
「うん。僕は使えないから」
「あれも微妙なんだけどなぁ」
どうも僕の感想はソムニにとってお気に召さないようだ。手品じゃない、本物の魔法を初めて見た僕は結構驚いたんだけどなぁ。
とはいっても、感心ばかりしていられない。僕もお金を稼ぐため、林の中で魔物を探した。