討伐依頼の準備
六月最初の週末はまだ春の気候が残っていた。そろそろ梅雨も近いから依頼の日の天気も怪しくなってくるだろう。
それでもこの日は朝から快晴だ。早朝も冷え込むことがなくなって気持ち良く起きられる。ずっとこういう気候が続けば良いのになぁ。
ともかく、筋トレと勉強を済ませると朝ご飯を食べてから、僕は第二公共職業安定所に向かった。今日は色々とやらないといけない用事がある。
最初に向かったのは八千代だ。もはや見慣れた店内に入ると横田さんを呼ぶ。
「横田さん、いますか~?」
「おう、坊主か。何が入り用なんだ?」
奥から顔を見せた横田さんが近づいて来た。
相変わらず人がいない店内をちらりと見てから僕は品物を口にする。
「虫除けスプレーとスパッツと救急セットとストロー付き水筒をください」
「どこだったかな」
ゆっくりした動きで横田さんが店内を見回した。
今回買うのはオーガ討伐に必要な品物だ。一番の目当ては虫除けスプレーだったりする。最近は山に入ると蚊や蠅なんかの虫がすごいから必須なんだ。スパッツは股擦れ防止で、救急セットはないのを思い出し、ストロー付き水筒は壊れたから買い換える。
買うかどうか迷っていた物もあるけど、この際だからまとめて買うことにしたんだ。
ぼんやりと僕が待っているとソムニが頭の中で話しかけてくる。
”救急セットはこれだけじゃ足りないでしょうから、少しずつ買い足して行きましょ。そのうち優太がよくする怪我もわかるでしょうし”
”実際に怪我をして必要な物を知るってこと? 割と致命傷な怪我だったらどうするの? 取り返しがつかないじゃない”
”そのときは怪我をしないようにするしかないわね”
”そんな無茶苦茶な”
思った以上にいい加減な方法だったから僕は呆れた。自分がその手の怪我をしないから適当なのかもしれない。
ようやく僕が注文していた品物を横田さんが取ってきてくれた。手に抱えてやって来る。
「虫除けスプレーとスパッツと救急セットとストロー付き水筒だな、これでいいか?」
「はい。いくらですか?」
「全部で八千円だ」
横田さんの請求通り僕は自分の口座から振り込んだ。それから品物を受け取ってナップサックに入れる。さすがに今回は余裕で入った。
僕がナップサックを持ち上げると横田さんが尋ねてくる。
「最近調子の方はどうなんだ?」
「中間テストが先月の終わりにあったんで、しばらく活動をしてなかったんですよ。今月になってようやく再開したばかりで」
「ありゃ、そうかい。景気のいい話の一つでも聞けると思ったんだが」
「景気が良いかどうかはわかりませんけど、魔物の指定討伐を単独で引き受けられるようになりましたよ」
「お、いい話じゃねぇか。これでまたがっつり稼げるわけだ」
「それでこのお店でたくさん物を買うんですね」
「ははは、その通りだ! わかってんじゃねぇか」
機嫌良く横田さんが笑った。
そこで話を終えた僕は、八千代を出ると第二公共職業安定所の駐車場に駐車している自動車まで戻る。そこで大型拳銃と小銃を取り出した。
二丁の銃を持った僕はラッキーガンズに向かう。店内に入ると受付カウンター越しに店員さんにジャックを呼んでもらった。
しばらくすると汚れたオレンジ色のつなぎを着たジャックがやって来る。
「やぁ、ユータ、久しぶり! 調子はどうだい?」
「中間テストが終わったばかりで解放感に浸ってますよ」
「ははは! そりゃ大変だったな! で、何の用だい?」
「拳銃と小銃の整備をお願いしたいんです」
説明を終えると僕は手にしていた大型拳銃と小銃を受付カウンターに置いた。
目の前に差し出された二丁の銃を片方ずつ手に取ったジャックはしばらくあちこちを見る。そして微妙な顔をこちらへと向けてきた。
不安に思った僕から尋ねる。
「どうしました?」
「きれいに使ってるから、あんまり整備する必要がないように思えたんだ」
「来週、大鬼討伐をするんで万全にしようかと思ったんですけど」
「もしかして、指定討伐ってやつかい?」
「はい。今回初めて受けるんです」
「そういうことか。ならやっておいてもいいのかな。ただ、全体の整備と掃除ってなるとちょいと高いぜ? 拳銃の方が四万で、小銃が六万なんだが」
「うっ、予想はしてましたけど、かなり厳しいですね」
思わず僕は呻いた。ソムニに手伝ってもらっておおよその目安は事前に把握していたけど、実際にそれだけかかるとわかったときはやはり精神的にきつい。
それでも、掃除以外の整備は一度やっておきたかった。大鬼と向かい合ったときに銃が動作不良なんて起こしたら悲惨の一言につきる。
「でも、お願いします。ここでやっておいた方が良いと思うんで」
「よしわかった! それじゃやっておこうじゃないか。四日間くれないか。念入りに整備して完璧に仕上げたいんだ」
「わかりました。それと、拳銃と小銃の弾を買いたいんですが」
「気前よく買っていくってのはいいね! それはこっちの店員に頼んでくれ」
紹介された店員さんが軽く黙礼してきた。
僕はジャックに二丁の銃を任せるとその店員さんにほしい銃弾の種類と数を注文する。整備の代金もまとめて支払うと残金は一万円になった。
銃弾の入ったビニール袋を手にした僕は自動車へと歩いていく。その足取りはどことなく重い。
「あ~あ、一ヵ月かけて貯めたお金がまたほとんどなくなっちゃった」
”使った分はちゃんと自分に返ってくるんだからいいじゃない”
指示を出してくるソムニはのんきに僕を慰めてきた。
確かにそうなんだけど、財布からお金がなくなっていくのはとても悲しいことなんだ。しかもほとんど残っていないというのはもうね、とにかくつらいことなんだよ。
自動車に入ると自宅の住所を設定して発進させる。ゆっくりと自動車が動き出す中、僕は助手席に置いたナップサックとビニール袋を見た。思わずため息が出る。
「思っていた以上にジュニアハンターってお金がかかるんだね。知らなかったよ」
「小鬼を相手にするだけならそんなにかからないんだけどね。あと、ハンター気分に浸るだけならもう今でも充分よ」
いつもと違って半透明どころかほとんど透明な姿で現れたソムニが車内に漂い始めた。
話を聞いた僕は唸る。
「僕でこんなにお金がかかるなら、大海さんなんてどのくらいかかってるんだろう」
「あの子はスポンサーが付いてるから特殊すぎて参考にならないわよ」
「スポンサー!? そうなの?」
「全国レベルで有名なんだもの。そりゃいい広告塔になるわよ。ま、その分色々としがらみもあるみたいだけどね」
「全然別世界だなぁ」
「あんな風になりたいの?」
尋ねられて僕は黙り込んだ。ジュニアハンターとして活躍したいという思いは確かにあったけど、大海さんみたいになりたかったのかと聞かれると首をかしげる。
「うーん、なんかちょっと違うなぁ。有名になりたいとかスポンサーがほしいとかじゃなくて、面白おかしく冒険して楽しみたいっていうのが一番しっくりとくるかな」
「だったら、今の路線でいいわけね。絶対楽しめるわよ」
「楽しめる。楽しめる? そうなのかなぁ。なんか春からずっと苦しいんだけど」
「今はね。元が残念だったんだから仕方ないでしょ」
「言い方ひどすぎない?」
僕が口をすぼめながら睨むと、ソムニは足を組んで挑戦的な顔で見返してきた。何か言い返してやろうかと思ったけど何も思い浮かばないのが悔しい。
やがてその透明な体が消えると同時に自動車のナビゲーションが自宅への到着を告げた。