もっと自信を持ちなさい!
テストの重圧から解放された僕は六月に入ると新たな生活習慣に切り替わった。
勉強は予習一時間を毎朝、復習一時間を平日の夜にする。復習は予想していたけど予習があるとは思わなかったよ。先回りして後で楽をするためらしい。
一方、平日学校帰りの射撃訓練も再開したけど、こっちは大型拳銃と小銃をどちらも毎日練習することになった。大型拳銃も小銃も弾倉一本分だけだ。
これだけでも忙しいんだけど、恐ろしいことにソムニは更に筋トレの時間も突っ込んできた。どこにそんなことをやる時間があるのかと尋ねると良い笑顔で答えてくれる。
「朝、目覚まし代わりに体を動かして頭をすっきりした状態で勉強を始めましょ!」
「疲れ果てて勉強なんてできないよ!」
僕の抗議は無視された。半透明な妖精はかわいい姿のくせに指導は厳しい。
実際やってみると筋トレ自体そこまで厳しいものじゃなくて汗をかく程度だった。これから増やしていくらしいけど、目安は一日の負担にならない程度と聞いて安心する。
今の僕は第二公共職業安定所の本館に入ったところだ。必要な情報はパソウェア経由で閲覧できるけど、ここに来るとジュニアハンターの活動をしている気分により一層なれるんだよね。
”こんなところにいても復習の時間は消えてなくならないわよ。現実逃避してないでさっさと帰りましょ”
「嫌なこと言うなぁ」
露骨に顔をしかめた僕がため息をついた。的確に人を傷つけるのはやめてほしい。心を潤すというのも大切なんだ。
返答の言葉を考えていると、僕の頭の中へソムニの方から更に話しかけてくる。
”あら、いいニュースがあったわよ! 依頼一覧表を確認してみて”
「え?」
エントランスホールの端に寄ると僕は勧められた通り半透明の画面を目の前に表示させた。最近は受けられる依頼の数が増えてきて嬉しい。
けど、ソムニが良いニュースというような依頼があるようには見えなかった。上から下にスクロールして斜め読みしてみたけど首をかしげるだけだ。
しばらくして僕はソムニに尋ねて見る。
”変わったところってある? 依頼の数が増えたってくらいにしか見えないんだけど”
”鈍いわねー! 魔物の指定討伐に単独で参加できるようになってるじゃないのよ!”
指摘されて僕は改めて依頼一覧表を見直した。いくつかの依頼を詳細表示してみると、確かに今までチーム参加必須という条件があったのにそれがなくなっている。
”本当だ。でもなんで?”
”実績が認められたのよ! 適切な難易度の依頼を一定以上こなしていて、なおかつ達成率が百パーセントなんだもの。当然よ!”
嬉しそうに説明するソムニの声を聞きながら僕は考えた。春休み以来二十以上の依頼を引き受けてきたけど、あれで充分だったんだ。
自分のやって来たことを認められた気がした僕は嬉しくなった。自然と笑顔になる。
”これで仕事の幅が広がるね。帰ったらじっくり見てみようかな”
”それがいいわ! さっさと復習を終わらせましょ!”
思い切りやる気を削がれる発言をされた僕は顔を引きつらせた。それでもすぐに気を取り直す。
どんな依頼ができるようになったのか楽しみにしながら僕は本館を出た。
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帰宅してから復習、夕飯、入浴の順にやるべきことを済ませた僕は自室に戻っていた。先月までと違って時間の余裕があるのは嬉しい。
ネットを一通り巡回すると僕は夕方の話を思い出した。そして、所属する連盟支部の依頼一覧表を目の前に表示する。更に検索条件を追加して表示件数を絞り込んだ。
最後に表示された数件の依頼を見ていると、漂っていたソムニが話しかけてくる。
「優太、せっかくだから指定討伐の依頼を受けてみましょ」
「どれも強そうじゃない?」
「そりゃ指定討伐されるくらいなんだから強いに決まってるじゃない」
当然というように反論されて僕は思わずうなずいてしまった。かつては僕も指定討伐に参加して格好よく魔物を討ち取ることを想像してたけど、実際に依頼を重ねていくと恐怖の方が大きくなってしまったんだよね。
反応の悪い僕にソムニが依頼の詳細画面を突きつけてくる。
「例えばこれなんてどう? 大鬼討伐。アタシ達が初めて出会ったところに現れたみたいよ」
「そこってこの前駆除が終わったばかりのところじゃないか」
「ソムニちゃん情報によると、ゴールデンウィークの魔物の大量発生が原因らしいわ。他のところでもあっちこっちに現れてたみたいだけど」
「先月僕が依頼を受けてたときにそんな話なかったよね?」
「依頼だけしか見てないから見落とすのよ。優太に表示されるのはあくまでアンタに適切な依頼だけなんだから。ちなみに、公開されている情報だけでも細かく連盟支部の情報を見たら一応わかるわよ」
僕のようなジュニアハンターの大半は、有名人の行動や自分の受けられる範囲の依頼にしかあまり興味を持たない。だから、こういう地味な情報は結構見落とすことが多いんだ。
回り道をした話を引き戻そうとするソムニが詳細画面を更に僕の顔へと寄せてくる。
「だから、これにしましょ。今からなら、今週末は依頼を受けずに色々準備して来週末の討伐に間に合うわ」
「うーん」
正直なところ僕はあまり気乗りしなかった。せめて他の誰かと一緒ならともかく、一人でとなると尻込みしてしまう。
そのとき、何とはなしに巡回先のSNSで住崎くんと中尾くんのアカウントを探した。本当に何となくなんだけどもしかしてという思いがあったから。
中尾くんの方はほとんど更新されていなかったので空振りになった。けど、住崎くんの方は積極的に自分の活動を公開している。
「うわ」
そして見てしまった。来週に大鬼討伐に挑戦するという話を楽しげに投稿していることを。しかも、ハンター二人と組んで四人チームだということも書いていた。
僕の表情に気付いたソムニが渋い顔をする。
「もう、そういうつまんないことはしなくていいのに」
「いやまぁそうなんだけど。他の依頼の方が」
「ダメってことはないけど、これが今の優太には最適なのよ。単独ってなるとどうしても条件が限られてくるから」
「言いたいことはわかるよ」
「世間一般からするとアンタは悪くない実力の持ち主なのよ。だからアタシとしては、相応の自信を持ってほしいの」
いつになく熱心に説得してくるソムニに僕は気圧された。評価されていることは嬉しいけど、ここまで強く主張されると引いてしまう。
「慎重なのは悪いことじゃないでしょ?」
「優太のは臆病なの。慎重ってのは自分の実力を正しく判断できる人の控えめな意見や態度のことよ」
「僕ってそこまでひどい?」
「ひどいわよ。春休みから二十三の依頼を受けて全部完全に成功させてるってそれだけで大したものなのよ? それに前にアタシのサポートなしで射撃訓練したときに、あの真鈴にだって褒められてたじゃない。あの子の目が節穴だっていうの?」
更に迫ってくる僕は言い返せなかった。僕はともかく大海さんの目が節穴だとは思えない。
考え込む僕にソムニが更に言葉を重ねる。
「それに、苦手な人とも一緒に活動できるように慣れておくべきよ。いつも自分の都合で動けるとは限らないんだから」
「まぁそうだね。そう言われるとやるべきだと思える」
「そうでしょ!」
怒ってるのか笑っているのかわからない表情のソムニに僕はついにうなずいた。ここまで言われるのならもうやるしかない。
結局僕はソムニが推薦するオーガ討伐に応募することになった。