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意外と高評価

 この日一日は本当にひどかった。朝も昼も最後は魔物の多さに逃げるしかなかったんだから。


 特に昼の方は悲惨だった。僕が抱えていた坂本さんは失血死しちゃったし、下田さんは横から飛び出してきた小鬼(ゴブリン)に押し倒されて後からやって来た多くの魔物に殴り殺されてしまう。


 緊急事態に荒神(あらがみ)さんが討伐本部へ連絡したけれど、国道で防戦していたときに応援でやって来たのは六人のお年寄りハンターだった。荒神さん、怒ってたなぁ。


 結局、夕方まで戦いは続き、別のハンターと交代するときにはほとんど銃弾を使い切っていた。


 自動車に戻って来たときの僕はすっかり疲れ果てていた。右腕を見ると乾いた血糊で赤黒くなっている。


「荒神さん、この辺りにお風呂や洗濯機ってないですか?」


「ないな。この辺りは廃屋ばっかりなんだ」


 まさかここまでひどいとは思わなかったから着替えなんか持って来ていなかった。制服の汚れはクリーニングに出さないと絶対落ちないよなぁ。


 すっかり気落ちしていると荒神さんが声をかけてくる。


「面倒な依頼を引き受けさせて悪いな。ここまでひどくなるとは思わなかったんだ」


「仕方ないです。ただ、弾の消費が激しくて、ライフル弾があと弾倉一本分しかないんですよ。明日これで戦えます?」


「この様子だと難しいな」


 困った表情の荒神さんがため息をついた。


 軍隊とは違って僕達ジュニアハンターやハンターは、基本的に消費する弾薬を自腹で用意する必要がある。だからこういうときはすごく苦しい。


 拳銃弾はまだあるけど、明日一日同じように戦えと言われたら絶対無理だ。朝の間に銃弾がなくなってしまう。


”本部の判断だと、魔物の数は順調に減っているみたいね。さっきの集団も大体片付いたみたいだから、明日はそんなに激しくならないんじゃないかしら”


”またどこからかやって来る可能性があるじゃないか”


”大量に湧いて出てくる場所がないなら、今回集まってきた魔物を片付けた時点で大体終わってると思うんだけどなー”


 のんびりと語ってくるソムニの言葉に僕は半信半疑だった。何しろ、本当に湧いていないという証拠がどこにもないからだ。


 何か静かだなと思っていたら荒神さんが黙って考え込んでいた。そして、何かを決心したかのような表情で口を開く。


「配置換えを提案してくる。弾の件がなくても、これはジュニアハンターには荷が重いからな」


「そんな要求が通るんですか?」


「今回みたいな状況は本部としても想定外だ。あれを想定してたらハンターの招集を解除したりなんかしない。だから、お前さんをもっとましなところへ配置するっていう話は受け入れるはずだ」


 そう言うと、荒神さんは本部へと足を向けた。


 今の話が気になった僕はソムニへと尋ねる。


”荒神さんの話ってどう思う?”


”たぶん通るんじゃないかしら。さっきも言ったけど、魔物の討伐そのものは順調なのよ。それにさっきの大集団も大体片付いたんだから、ジュニアハンターを安全な場所に配置換えする余裕はあるはずよ”


”でも、なんで僕達のところにあんな数の魔物が集まったんだろう?”


”わかんないわねー。銃声ならあっちこっちでしてたし、ハンターだって適度に散らばっていたし、あんなに集まってくる理由はちょっと思いつかないわ”


 どうにも納得のいかない出来事に僕は首をかしげた。けど、考える根拠がなさ過ぎるので頭をひねるだけに終わる。


 かなり日が暮れてきた頃になって荒神さんが戻ってきた。その表情は若干明るい。


「要求が通ったぞ!」


「良かった」


「さすがに俺達の昼からの報告を聞いてまずいと思っていたらしい。そもそもどうにかする予定だったそうだ」


 その話を聞いて僕は安心した。自分の身の安全よりも、弾薬の消費量を抑えられることを喜んだのはどうかと思うけど。


 翌朝、僕と荒神さんは新しく指定された担当区域へと出向いた。ここは既に何度か掃討がされていて、魔物がほとんど出なくなっていることが確認されている地域だ。


 国道沿いに歩いてしばらくすると小道が延びているので入っていく。


 山道を登りながら僕は今回どれだけ役に立ったのかと考えた。思ったほど何もできていないのではと不安に思う。


 遠くから銃声が聞こえたけど他人事に思えた。どうしても気になった僕は荒神さんに声をかける。


「荒神さん、今回、僕って役に立ったんでしょうか?」


「役に立ってるぞ。足手まといになるくらいなら置いてきた」


「そうですか」


「なんだ、あんまり自覚ないのか。それなら言っておいてやるが、本部でのお前さんの評価は高いぞ」


「そうなんですか?」


「昨日の魔物の大襲撃でも最後までまともに戦えてたし、戦闘記録(ログ)だと昨日一日で百匹以上魔物を倒してるそうじゃないか」


「え、そんなにですか!?」


”朝に二十匹、昼に八十八匹ね”


 こっそりソムニが教えてくれて二度驚いた。数えてなかったから全然知らなかったよ。


 けど、すぐに疑問が湧いてくる。


「でも、あの場にいる人だったら他の人達も同じくらいじゃないんですか?」


「そんなわけねぇよ。あんな成績、大量発生でもしない限りは早々出せるもんじゃない。大体、ハンターと同じくらいっていう時点でジュニアハンターとして大したもんだ」


「そういうものですか」


「そういうもんだ。しかし残念だな。特別報酬(ボーナス)があったら確実に狙えてたのによ!」


「なんですか、それ?」


「依頼によっちゃ、正規の報酬以外に条件を付けて追加で報酬を用意することがあるんだ。目的を達成してもらうためのエサだな。特に数をこなさせたいときには有効なんだ」


「例えば、魔物をたくさん倒すとかですか?」


「そうだ。支部がハンターを招集するときによく使う手だな」


 初めて聞いた話に僕は感心した。


 そんな僕を見て荒神さんはにやりと笑う。


「ただし、こいつを手に入れようと夢中になって死んじまう奴もいるから注意するんだぞ。たまに無茶な条件を付ける場合があるからな」


「それは、嫌ですね」


「まぁ、ついでに達成できたら儲けものって思うくらいがちょうどいいな」


 楽しそうに話す荒神さんを見て僕も嬉しくなった。来た意味があるのなら安心できる。


 精神的な余裕ができると更に別の疑問が湧いてきた。別に聞かなくても困らないけど、ついでだから尋ねて見る。


「さっき本部で僕の評価が高いって言ってましたけど、何か良いことってあります?」


「直近ではないだろう。今回の報酬は完全に固定給だし、さじ加減も何もないからな。ただ、本部の連中は職員だから今後はどうかわからん」


「何かあるんですか?」


「そりゃ心証が良けりゃ、微妙な要求は通りやすくなる。どんなハンターも扱いは公平ってのが建前だが、裁量権ってのを持ってると最後は本人の胸先三寸だしな」


 聞いて良かったのか悪かったのかわからない返答に僕の表情は微妙になった。


 そんな僕を見て荒神さんが笑う。


「高く評価された結果、優遇されるんだからいいじゃないか。結果を出してる限り、誰も文句はいわねぇよ」


「確かにそうなんでしょうけど」


「そんな心配をするのはもっと評価を高めてからだぞ。今は期待の新人(ルーキー)って程度だ」


「それもそうですね」


 今すぐどうなるわけでもないことを思い出して僕も苦笑いした。あまりにも先走りすぎた考えだ。


 近くの周囲は静かなもので魔物は見当たらない。一方、遠くからはかすかに銃声が聞こえてくる。


 今日一日は平穏に担当区域を回れたら良いなと思いながら、僕は荒神さんについて歩いていった。

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