数の恐怖
ひっきりなしに現れる魔物を前にして、僕と荒神さんは早々に担当区域から逃げ出した。
パソウェアで本部とやり取りした荒神さんの声を聞きながら僕はぼんやりと待つ。まだ心臓の鼓動が早い。あんな現場は初めてだ。
討伐本部との話し終えた荒神さんが僕に声をかけてくる。
「一旦戻るぞ。次は昼からだ」
「もういいんですか?」
「俺達だけじゃ手が付けられないから、何人か集めてやることになったんだ。弾がいくらあっても足りないのはさっきわかったろ?」
確かにその通りだったから僕はうなずいた。
乗ってきた自動車まで戻った僕達は戻る。荒神さんは討伐本部のテントに向かった。
自動車の脇に残った僕は自分の状態を確認する。拳銃弾十四発、小銃弾二十四発を使っていた。担当区域に入ってわずか三十分程度のことを思い返す。
”あれじゃ弾がいくらあっても足りないよ”
”小銃で二発ずつ撃ってるのを一発にしましょうか。今のところちゃんと当てられてるからいけるでしょ”
”外したら近づかれちゃうよ?”
”そのときは短刀で応戦ね”
腰に下げた対魔物用小型鉈を手で触れて呻いた。確かに銃弾は消費しないけど怖いなぁ。
空になった弾倉に弾を詰める僕に対してソムニは更に告げてくる。
”それと、林の中では右手に拳銃、左手に短刀を持って対応してね。さっきみたいに拳銃持って避けながら撃ってると、武士とはぐれる可能性があるわ”
”右手で拳銃を撃って、左手で短刀を使うの?”
”数の多さがちょっと想定外なのは認めるし、慣れてないから不安に思うのは仕方ないわ。でも、その分アタシが補正してあげる”
”例えば体を操るとか?”
”腕のブレを補正するというようなことね”
結局体を操るんだと思いながらも、その程度ならかまわないかなと僕は思った。身を守るためには仕方ないと諦める。
戻って来た荒神さんと雑談をしながら時間を潰して更に昼ご飯を食べた後、僕は討伐本部テントの隣で四人のお年寄りに会った。
荒神さんが紹介してくれる。
「これから一緒に駆除を担当するハンターで、右から下田さん、植木さん、坂本さん、春村さんだ」
「大心地です。初めまして」
「ジュニアハンターだけあって若いなぁ」
「高校生か。もう五十年以上昔に卒業したっきりだな」
しわくちゃ顔にヘルメットを被った植木さんとシミだらけの顔の坂本さんが僕を見て声を上げた。他の二人も優しい雰囲気で安心する。
今まで本館で見かけたことのある老人ハンターだったけど、一緒に仕事をするのは今回が初めてだ。一般的に生活のためにしていると聞くからこの人達もそうなんだろう。
ただ、どうにも不安が湧いて出てきて仕方なかった。気になったので荒神さんに尋ねてみる。
「荒神さん、六人で足りるんですか? さっきのあの数だともっと集めてもらった方が良いと思うんですけど」
「人数に限りがあるんだ。ここ以外にも応援を頼んでる区域があるからな」
そういえば人手不足なんだっけ。以前聞いた話を思い出した僕は黙った。
不安に思いながらも僕達は再び担当区域へと向かう。荒神さんを先頭に僕、お年寄りハンター四人と続いた。
今回は僕と荒神さんで誘き寄せてお年寄り四人で迎え撃つことになっている。奥に突き進んで四方八方から攻撃されると耐えられないからね。
迎え撃つ場所は三人が横一列になれる場所だ。道路ですれ違う自動車が停止する場所に陣取る。残りの一人は後ろを警戒するんだ。
背の高い下田さんが荒神さんに声をかける。
「いつでもいいぞ」
「俺の銃の錆にしてやる!」
血気盛んな春村さんも自信ありげに叫んだ。
そんな四人に見送られて僕は荒神さんと林の中に入る。今回はソムニの提案に従って右手に大型拳銃、左手に対魔物用小型鉈を持った。
すると、早速正面から赤枠が四つ現れる。次いで右斜め前から二つ、更に左ほぼ横から三つも!
「荒神さん、正面に四匹、右斜め前から二匹、横から三匹!」
「いきなりだな! 一番近い奴を三十メートルまで引きつけて誘き出すぞ!」
渋い顔をした荒神さんが僕に指示を出した。
叫び声を上げながら、小鬼が、犬鬼が迫ってくる。
作戦とはいえ、一発も撃たずに魔物が近づいてくるのを待つというのは精神的にきつい。お年寄りのところまで戻れるとわかっていても引き金を引きたくなる。
「行くぞ!」
もうすぐ目の前というところで荒神さんが声を上げた。
それを聞いた瞬間僕は反転して全力で走る。林を抜けて道に出ると、直角に曲がってお年寄りが銃を構えて待っているところまで駆けた。
魔物はうまく誘き寄せられたようで、最初に三匹、続いて四匹、最後に二匹が道へと出てくる。そして、一直線に僕達を追いかけてきた。
僕達が横一列に並ぶお年寄りハンターを抜けた直後に銃声が響く。振り向くと魔物が次々と倒れていくのが見えた。
最後の一匹が倒れると、横一列に並んでいた三人が明るい声を上げる。
「よし、わしは四匹倒したぞ!」
「すぐ近くまで来たときはヒヤッとしたが、まぁこんなもんだろ」
「さすがにこの程度ならまだまだ余裕だな」
春村さん、下田さん、植木さんが楽しそうに語っていた。
息を切らせた僕はその様子を眺めてから荒神さんに顔を向ける。
「これ、夕方まで続けるんですか?」
「これが一番安全なんだ。林の中だと木に弾が弾かれて当たらねぇときがあるからな」
以前ソムニが言っていた体力向上の計画が本当に必要かもしれないと僕は思った。
それからは同じことを何度も繰り返していく。僕と荒神さんが林から魔物を誘き寄せ、お年寄りハンターがそれを倒していく。
おかげで僕は午後になってから魔物を倒していない。銃弾を消費しないのは確かに嬉しいんだけど、その代わり体力の消費が激しいのはきつい。
ともかく、うまくいっているというのは良かった。このまま終わってくれると嬉しい。
でも、ソムニが途中で疑問を呈してくる。
”変ね。魔物がたくさん残っているにしても数が多すぎない? もう湧いてきていないはずなんでしょ?”
”え? たまたまたくさんいるだけじゃないの?”
”もしかして、他の場所からも集まってきていないかしら?”
既に百匹以上倒しているのに魔物の数が減る様子は確かになかった。最初は意気揚々としていたお年寄り達も疲労の色が濃くなっている。
不安になった僕が荒神さんに相談しようとしたときだった。林に入った直後、四人のいる方角から複数の発砲音が聞こえてくる。
「ちっ、後ろから来たか!」
舌打ちした荒神さんが踵を返して林から出た。
僕も続くと、犬鬼四匹がお年寄り達を襲っている。まずいことに組み付かれている人もいた。
僕は大型拳銃をホルスターにしまうと対魔物用小型鉈を右手に持ち替えて突撃する。
最初に植木さんに噛みつこうとしている犬鬼に突っ込んだ。突き出していた右腕を切り落とす。悲鳴を上げたそいつの首を更に切ると、次いで下田さんが相手をしているやつに後ろから襲いかかった。
襲ってきた四体はすぐに倒し終える。けど襲撃は終わらない。林から更に魔物が現れる。
「荒木さん、坂本さんの首から血が!」
「くそっ! 大量発生したみたいじゃねぇか! 大心地、担いで本部まで戻れ! じいさんらも引き上げるぞ!」
とても対処できないと判断したらしい荒神さんは撤退の指示を僕達に下した。
ぐったりして動かない坂本さんを抱えた僕はすぐに走り出す。こういうときに強化外骨格を装備しているとあまり重くないので助かる。
そうして僕達は荒神さんを殿にまたもや山を下りた。