大量発生の後始末
ゴールデンウィーク最後の二日間は魔物駆除をすることになった。こう書くといつも通りに見えるけど、今回はその内容が少し違う。
いつもは間引きのための駆除だからその数は大したことはない。けど、今回は大量発生後に残っているたくさんの魔物が相手だ。危険度が違う。
土曜日の朝に第二公共職業安定所の本館で荒神さんと合流すると僕は現地へ向かった。
国道沿いに進むと約三十分で山の谷間にある元温泉旅館に到着する。国道の近辺はまだ開けているけど、山際になると木が林立していた。あちこちから銃声が聞こえる。
自動車を降りると廃屋の前の空き地に設置された討伐本部のテントに入った。そして、荒神さんが白髪交じりの男の職員の一人に声をかける。
「戻って来ました。こいつがジュニアハンターの大心地です」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。あんまり無茶はせずに、荒神の指示に従って行動してくれ」
僕は職員さんと挨拶を交わした。
その直後、すぐに荒神さんが相手の人に声をかける。
「状況は?」
「多少駆除が進んだくらいだな。担当区域は昨日伝えた通りだ。小鬼や犬鬼ばっかりだって油断しないでくれよ」
「こいつがいるから気は抜けないですね」
「さっき年寄りが一人死んだんだ。調子に乗って前に出すぎてボコられたらしい」
「なるほど、了解。気を付けます」
挨拶が終わると、僕達は再び自動車に戻った。後部座席に乗せてある大袋を取り出す。そして、強化外骨格を身に付け始めた。
同じく装備を身に付けている荒神さんが話しかけてくる。
「担当区域はそう遠くない場所だから、バックパックは持っていかなくてもいい。武器だけを持っていけ」
「はい」
「準備ができたらすぐに出発だ。まずは昼頃まで歩き回るぞ」
僕の強化外骨格よりも高性能なものを装備した荒神さんは、更に対魔物用小型鉈、拳銃、小銃を身に付けていった。
それを見た僕は不思議に思って尋ねる。
「短刀だけなんですか? 刀の方は?」
「山の奥は林みたいになっててな、刀を振り回しにくいんだ。そう言う意味じゃ、銃も拳銃の方が取り回しがいいな、今回は」
「だったら僕もいらないかな」
「その方がいい。でも小銃は持っていけよ。道沿いだと使うから」
勧められた通り、僕は対魔物用大型鉈を持って行かないことにした。代わりに大型拳銃の予備弾倉二本をポケットに入れる。
準備が整ったと荒神さんに告げた。ボディアーマーに三本入りのマグポーチが取り付けてあるのをみてにやりと笑う。
「へぇ、だんだんとハンターらしくなってきたじゃないか」
「そうですか?」
「あとは腕前の方だな。期待してるぞ、新人」
笑顔を浮かべて僕の肩を軽く叩いた荒神さんはそのまま歩き始めた。僕もその後に続く。
最初は国道沿いに進んだ。銃声が常にどこからか聞こえてくるから気が休まらない。
パソウェアの戦闘支援機能を起動した。忘れていたのは荒神さんには内緒だ。ソムニの笑い声とともに情報がより詳細になる。
”やっと気付いたわね! いつになったら起動するのかなってずっと待ってたのよ!”
”意地悪だなぁ。教えてくれてもいいじゃないか”
”自分でやる癖を付けておかないと、いつかひどい目に遭うわよ”
正論を返された僕は口をすぼめた。
ソムニがこっそり本部のシステムにアクセスした情報を表示する。魔物の居場所はともかく、ハンターの居場所とその個人情報も明確になった。そこまではいらないよ。
どんどん進んで行く荒神さんについていく僕にソムニが教えてくれる。
”あのいじめっ子二人は今回の依頼を引き受けていないみたいね。ハンターと組むって言ってたからいるのかなって思ったけど”
”僕は気が楽になって嬉しいな”
”なに言ってんのよ。ばったばった魔物を倒して実力を見せつけてやればいいじゃない”
簡単に言ってくれるので僕はため息をついた。それで済んだらどんなに楽なことか。
頭の中でソムニと話をしていると前から発砲音が聞こえた。意識を向けると荒神さんが小銃を構えている。更に向こうには魔物が一体道路に倒れていた。
振り向いて僕を見た荒神さんが口を開く。
「一応ここも戦闘区域だ。ぼさっとしてるとやられるぞ」
「ごめんなさい」
「しばらく後ろの警戒をしておいてくれ」
今までと違って無表情で話しかけてきた荒神さんを見て僕は気が引き締まった。失敗したら怒られるのは当然だ。僕だって一応戦力なんだから。
すっかり緊張した僕にソムニが声をかけてくる。
”背後の警戒はアタシもしてるから、そこまでガチガチになることはないわよ。というか、適度に緊張することを覚えた方がいいわね。でないと途中で疲れちゃうわ”
”ソムニに頼りっぱなしでその辺の感覚がわからないよ”
”次からはアタシの支援なしで依頼を引き受けることもしないといけないわね。やることが次々と増えていっちゃう”
最後はおどけてくれたけど、僕の緊張はなかなか解れてくれなかった。
国道を進んでいた僕達は次いで山の中に続いている幅自動車一台分の脇道へと移る。急にきつい坂になったので強化外骨格があっても歩きにくい。
振り向かずに歩きながら荒神さんが話しかけてくる。
「ここから先はいつ魔物が出てきてもおかしくねぇから気を付けろよ。一応本部のデータ表示ではこの周辺にハンターはいないらしいが、誤射は可能な限り避けろ」
「可能な限りですか?」
「たまに位置情報の提供を拒否してる奴もいるんだ」
目の前に表示されている情報では確かにハンターは遠くにしかいなかった。けど、これが完全には信用できないんだ。厄介だな。
しばらく道なりに歩いていると近くの繁みに赤枠が現れる。三つだ。
”犬鬼よ。出てきた瞬間撃って”
「荒神さん、右手から魔物が来そうです」
僕が警告して荒神さんが構えて数秒後、繁みから犬鬼が三匹現れた。
その姿を見た瞬間、僕達は小銃の引き金を引く。犬のような鳴き声を上げて三匹とも倒れた。
少しの間構えたまま様子を窺った後、緊張を解いた荒神さんが僕を見る。
「よく気付いたな。戦闘支援機能が反応する前だったのに」
「なんかいるような気がして。これが結構当たっちゃうんですよね」
「へぇ、勘がいいってわけか。そういう奴がいるってのは聞いたことがあるな。お前さんがそうだってんなら今日は楽ができそうだ」
納得してくれた荒神さんが笑みを浮かべた。実際はソムニが教えてくれたことだから実に心苦しい。
ところが、これから先はそんなことを考えている余裕なんてなくなった。魔物の襲撃回数が次第に増えてきたからだ。
「くそっ、思ったよりも多いな!」
「この調子で昼まで歩くんですか!?」
既に十回近く襲われたというのに時間を見てみるとまだ正午まで二時間近くあった。これだと休憩すらままならない。
最後の襲撃を撃退すると荒神さんは半透明の地図を表示させた。それを少し眺めてから僕に顔を向ける。
「ここから少し林に入ってみよう。その感触を確認してから引き上げようぜ」
うなずくしかできない僕は荒神さんに続いて林に入った。そして、すぐに後悔する。
数分ごとに魔物が僕達を襲ってきたんだ。しかも正面から出なく四方八方から。
「こりゃダメだ! 出るぞ!」
ソムニの支援があってもきつい状況に対して荒神さんはすぐに判断を下した。林を出て来た道を走って下る。魔物の追撃を振り切れたのは国道まで戻ってからだ。
息を切らせた僕は今走ってきた脇道を見る。これで本当に駆除なんてできるのか不安に思った。