頼れる先輩
気分良く射撃練習ができた僕は夕方になると練習を切り上げた。お金のない状態で練習に銃弾を使いすぎるのはまずいからね。
更衣室に向かうため本館に入るとエントランスホールがざわついているのに気付いた。周囲に顔を巡らせると館内の中空投影型電子表示器で目がとまる。
「ハンターの招集が解除されたんだ。それで、ジュニアハンターの募集?」
いつものお知らせに混じって表示されている赤字の告知を見て僕は首をかしげた。思わずその場に立ち止まる。周りから聞こえる話し声も募集のことばかりだ。
パソウェアのメッセージ機能を立ち上げると新着のメッセージが一件届いている。
「ジュニアハンターの皆様に魔物討伐の募集再開のお知らせ、もうできるんだ」
”条件付きだけどね”
頭の中でソムニの声を聞きながら僕はメッセージ本文を半透明の画面に表示させた。
内容を要約すると、魔物の大量発生は対処が終わったけど各地の魔物は増加傾向にある。だから、当面は依頼を受けるときはハンターと一緒に活動することとあった。
文面を見終わった僕は呻く。
「これ、僕みたいな単独の人はどうするんだろう?」
”今回はソロかどうかは関係ないわ。ジュニアハンターだけでの活動を禁止してるんだから。心配するなら、ハンターと知り合いのいない人はどうするのかよね”
見当違いの心配をしていた僕をソムニが訂正してくれた。それは嬉しいけど問題は何も解決していないんだよなぁ。
ジュニアハンターでハンターの知り合いがいる人というのは案外少ない。理由は簡単で接点がほとんどないからだ。平日は活動できない上に選べる依頼も制限されているんだからある意味当然だと思う。他にも、生徒と社会人という違いも地味に大きい。
そんな中でハンターの知り合いがいるとなると、家族だったり、友人の兄や姉だったり、他に何かのきっかけで知り合っていたりというような場合に限られる。
つまり、そういう伝手がないジュニアハンターはまだしばらく活動できない。
「まいったな。弾を買うお金を稼がなきゃいけないのに」
”この際だから使える手段は全部使っちゃいましょ。こればっかりはアタシの能力じゃどうにもならないけど”
「人間関係の問題だもんね」
ソムニにも解決できない問題があることを知って僕は苦笑した。
ともかく、本館のエントランスホールで立っていても事は進展しない。僕は更衣室で強化外骨格を外してから帰宅した。
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家に帰った僕は、勉強、夕飯、入浴、そして勉強と真面目そのものの生活を過ごした。すべての作業から解放されるとベッドに転がって半透明の画面を表示する。
見ているのは所属する支部の依頼一覧表だ。いつものように依頼はいくつもあるけど、そのすべてに制限のマークが付いている。
ため息をついてネットを見ると、僕と同じ支部に所属するジュニアハンター関連のところは悲鳴があちこちから上がっていた。ハンターとの知り合いがいる人を恨む人もいる。
「さすがにどうしようもないなぁ」
ジュニアハンターにすらチームを組める知り合いがいない僕はため息をついた。
それでもお金を稼がないと活動できない僕は、何とか週末に依頼を引き受けられるよう対策しないといけない。とはいっても、手段なんて一つしかないんだけど。
目の前を漂う半透明な妖精が急かしてくる。
「早く武士にメッセージ送りなさいよ」
「わかってるよ」
頼りっぱなしという事実が後ろめたさを感じさせるせいで、僕は荒神さんに相談することに気が引けた。
その気持ちを押し込んでメッセージを送る。事情を話して今週末だけでも一緒に依頼を受けてくれないかという内容だ。
個人的には断られると僕は思っている。だって、生業としてやっている荒神さんからすると何のメリットもないもんなぁ。報酬は減るわ足手まといは増えるわでつらいだけだし。
けど、これを断られるといよいよ僕は追い詰められる。平日の射撃訓練もできなくなっちゃうし、そうなると勉強一色だ。それは困る。
駄目だったときのことばかり考えていると、パソウェアの通話機能のコールが鳴った。相手は荒神さんだ。
回線を繋げると半透明のバストアップショットが目の前に表示される。
「荒神さん、こんばんは」
『おう、夜遅くにすまん。さっき送ってくれたメッセージを読んだんだ』
「ありがとうございます」
『結論から言うと、ペアを組んでもいいぞ。ただし、こっちの指定する依頼を引き受けるって条件付きだけどな』
「本当ですか! やった!」
『喜んでくれるのは嬉しいが、話を最後まで聞いて判断してくれ』
「あ、はい」
『魔物が大量発生してその対処が終わったって告知されてるが、それは大量発生しなくなったというだけだ。実のところ、まだ結構な数の魔物が魔物出現危険地図で危険区域に指定されている場所に残ってる』
「それじゃ、隣町の避難指示は」
『まだ解除されていない。つまり、そのくらいの危険はあるってことだ。本来ならジュニアハンターを誘うのは気が引けるが、こっちの討伐本部に聞いたら許可が出たんでな』
「よくそんな許可が出ましたね」
『峠は越えたからハンターの招集を解除したら、使える奴はみんな一斉に引き上げちまったんだ。残ってる魔物は数が多くても小鬼や犬鬼ばっかりで大した金にならないからな』
世知辛い話を聞いて僕は声も出なかった。生活のために働いているとなると尚更なんだろう。つらい話だ。
荒神さんの話は更に続く。
『それと、俺は当面この後始末を続けなきゃいけない。ということで、俺と組んで依頼を引き受けるってなると、この後始末を手伝うことになる』
「お金はちゃんと出るんですよね」
『心配しなくていい。依頼者は支部だから取りっぱぐれはないぞ。額もハンターと同額だ。もっとも、そのハンターにとっちゃ安いからみんな引き上げたんだけどな』
「あとは危険性ですね。どうなんでしょう?」
『ハンター基準だとそう危険とは言えないが、ジュニアハンターから見ると安全ではないって言ったところだな』
微妙な依頼に僕は眉をひそめた。最終的には引き受けるしかないにしても、即答できるような話じゃない。僕の銃の腕前で対応できるのかが不安だった。
そうやって迷っているとソムニの声が頭の中に響く。
”引き受けてみましょうか”
”大丈夫なの?”
”武士が提案してくるってことは、まったく無茶な件じゃないってことでしょ”
”危険についてはどう思う?”
”活動を続けていれば、いつかはぶつかる問題よ。それが今来たってことだとアタシは思うけど”
”一番気になるのは今の僕でちゃんとやれるかなんだ。小銃の練習はまだ途中だし”
”そんなこと言ったらいつまで経っても依頼なんて引き受けられないわよ。大体、拳銃のときだって練習しながら依頼を受けてたじゃない”
指摘されて僕は気付いた。確かに新学期が始まってからはずっと練習しては依頼を引き受けることを繰り返してきたことを思い出す。
そう考えると、荒神さんの提案は悪くないように思えてきた。危険を承知の上でやってみるとしよう。
「わかりました。やってみようと思います」
『よし、だったら手続き先を今から送るから記入してくれ。期間は土日の二日間になるが、いいか?』
「泊まりがけなんですね?」
『ああ。親の許可は取っといてくれよ。あとで文句を言われるのはかなわん』
さらっと言われたその一言に僕は顔を引きつらせた。実は一番の難所かもしれない。
相談を終えると早速必要な手続きと調整を始めた。