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日常の中の不穏

 ジュニアハンター用の口座がまたもやゼロになったその夜、僕は夜の勉強も終えて開放感に(ひた)っていた。今晩はもう寝るまで自由だ。


「う~ん、このまま寝るのはもったいないなぁ」


「またネットを徘徊するの?」


「徘徊って言い方はないじゃない。せめて巡回って言ってよ」


 目の前に漂う半透明の妖精が失礼なことを言ってきたので僕は反論した。そして、半透明の画面を表示させる。


 お気に入りのサイトやアカウントを一通り眺めたけど、さすがにゴールデンウィーク中の話題が多い。みんな楽しそうにジュニアハンターの活動をしている。


「僕も友達と活動をしたら、こんな風になれるのかなぁ」


「そんなに羨ましいのなら誰かに声をかけたらどうなの?」


「そんな人いないし。っていうか、他の人がいたらソムニ練習計画が崩れない?」


「たまにだったらいいわよ。いつかはペアやチームを組まないといけないんだし。どうせなら、あの荒神武士(あらがみたけし)ってハンターに頼んだらどう?」


「いや、そもそもあの人は友達じゃないよ。それに、ジュニアハンターに付き合うほど暇じゃないだろうしねぇ」


「結構面倒見のいい人っぽく見えたんだけどな~」


 確かに面倒見の良い人っぽくはあると僕は思った。対魔物用大型鉈が必要なときに相談に乗ってくれたんだから悪い人じゃないんだろう。


 そこまで考えたとき、ふと訓練生卒業試験が終わってから連絡をしていないことに気付いた。単なる試験官だったんだから別にそれでも問題はないけど、あれから頑張って活動していることは伝えておきたい。


 思い立った僕はパソウェアのメッセージ機能を立ち上げた。同時に表示されたマイクのアイコンに向かって音声入力を始める。


「お、なになに? 武士にメッセージを送るんだ?」


「近況報告をするんだ。ジュニアハンターとして頑張れって励ましてくれたから、今頑張ってるってことを伝えるんだよ」


「ふんふん、いーんじゃないかな」


 こうして僕は、大型拳銃と小銃を買って今も順調に活動していることをメッセージ入力した。書き起こされた文章を手直しすると送信する。


「終わったぁ!」


「いよいよやることがなくなったわね。もう寝る?」


「んー、まだもうちょっと早いなぁ。もうちょっとネットを見とこうかな」


「好きねぇ」


 呆れるソムニを無視して僕は再び半透明の画面を目の前に持って来ていろんなところを巡り始めた。


 しばらくあっちこっちを巡っていると、そろそろ眠くなってきた。頃合いかなと思って画面を閉じたとき、メッセージ着信のアイコンが現れる。


「荒神さんだ。もう返信してくれたんだ」


「何が書いてあるのか見てみましょ」


 右横に漂うソムニに促されて僕はメッセージ画面を表示した。件名にはRe:から始まる僕が付けたタイトルがあり、本文は割と簡潔に書いてある。


 前半は僕の近況報告についてだ。ちゃんと依頼をこなして得た報酬で武器や道具を揃えていることを褒めてくれている。消耗品の購入代以上にいつも稼げるようになったらジュニアハンターとしては一人前だから、まずはそこを目指したら良いとあった。


 それを読んだソムニが胸を反らせて主張する。


「当然そのくらいは考えているわよ。というか、そこは通過点ね。夏くらいにはそんな風になってたいわよねー」


「想像できないなぁ。ずっとお金が足りなくて買えない状態が続くんじゃないのかな」


「志が低いわよ! 一攫千金を狙えとは言わないけど、大金を手に入れたいっていうくらいの覇気は持たないと!」


 前もそうだったけど、僕自身よりもソムニの方が僕の成長に熱心だ。鍛えてもらっているんだから文句はないけど不思議ではある。


 そして後半を読み始めたんだけど、これはちょっと不穏なことが書いてあった。僕の住む市の隣町で魔物が大量に発生したらしい。


 気になって連盟支部が提供する魔物出現危険地図(ハザードマップ)を半透明の画面に表示した。すると、隣町の山に近い郊外が危険区域に指定されている。


「うわ、町の西半分に避難指示が出てる」


犬鬼(コボルト)の駆除に行ったときに通った町よね。ああやっぱり、連盟支部からハンターに招集がかかってるわ」


「ほんとだ。ジュニアハンターは、さすがにないか」


「夕方に湧き始めたようだからさっき対処し始めたばかりみたいね」


 僕の隣に浮いていたソムニは独自に情報を調べ始めていた。次々に画面を表示させては消してゆく。違法なこともやっているんだろうけど、今は責める気になれない。


「連盟支部の上層部は、あんまり規模は大きくないからハンターだけで足りるって判断してるみたいね。ジュニアハンターの招集までは考えていないみたい」


「それじゃ、僕の訓練には影響ないってこと?」


「平日の訓練はね。週末の依頼はどうなるかちょっとわからないわ。この数日次第ね」


「今はお金がないから、依頼が受けられなくなるのは困るなぁ」


「ともかく、明日から金曜日までは毎日昼間に射撃訓練よ」


 こんなことになるのなら少しくらいお金を残しておけば良かったと僕は少し後悔した。けど、今更なので諦める。


 翌日、僕は昼から第二公共職業安定所に向かった。駐車場で自動車を降りると敷地内の雰囲気がいつもと違うことに気付く。張り詰めているようだ。


 射撃場に入ると一見いつもと同じように見えた。けど、レーンのある側に足を運ぶと妙に閑散としている。


「そっか、ハンターは招集がかかってるからいないんだ」


”ぽつぽついる若い子はジュニアハンターなんでしょうね”


 いつもと違ってほとんど銃声の聞こえない射撃場に違和感を抱きながらも、僕は自分の小銃を持ってブースに入った。


 手にする銃の種類こそ変わったが僕のやる練習は以前と変わらない。的に向かって一発ずつ丁寧に撃つのは同じだ。違う点があるとすれば的が百メートル先まで遠のいたことくらいかな。


 僕が昨日買った小銃はセミオート式なので一発ずつ引き金を引いて撃たないといけない。フルオートよりも火力は落ちるけど命中精度を高められる。


 小銃に弾倉を嵌め込むと、まずはソムニの支援ありで三発撃った。きれいに命中する。その感覚を覚えているうちに次は支援なしで三発撃った。さっきよりもばらける。


”円の中に弾が集まっているから、この調子で撃ちましょう”


”屋内だと百メートルが限界だけど、奥にある屋外の射撃場の方が良くない?”


”屋外は明日からね。今日は百メートル以内の練習よ”


 予定が既に組み込まれているのなら焦る必要はなかった。僕はソムニの指示通り、ゆっくりと一発ずつ撃っていく。


 三十発撃っていろんな距離を試した結果、ソムニによると百メートル以内ならば支援なしでも比較的安定しているらしい。僕の感触としても悪くはなかった。


 撃ち終わると小銃の手入れだ。あらかじめ予約していたインストラクターの人に来てもらって掃除の仕方を教えてもらう。拳銃との違いを知りたかったんだ。


 銃の手入れが終わった僕は何気なく依頼一覧表を見て呻く。


「うわ、受けられる依頼がない!?」


”あー、これって魔物の大量発生の影響よね。ハンターはともかく、ジュニアハンターは一時依頼の受け付け停止かぁ。そりゃどこから何が湧いてくるかわからないもんねぇ”


「週末までに解除されないかなぁ」


”一応状況は少しずつ良くなってるらしいから、後はハンターの頑張りに期待するしかないわね”


 頭の中に響くソムニの声を聞いた僕は黙るしかなかった。できることは何もないことくらいは理解している。


 ため息をついた僕は銃を持って立ち上がった。

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