腕の良い銃職人
手に紙袋の重さを感じつつ、僕は第二公共職業安定所に続く坂を登りきった。正門を潜って左側にある駐車場を斜めにつっきり、銃の販売店であるラッキーガンズに入る。
予想はしていたけど、いざ中に入るとたくさんの銃器類が並べられていて圧倒された。よくもまぁこんなに揃えたものだと感心する。
中には思った以上にお客さんがいた。連休中だからやって来る人が多いんだろうな。店員さんがあちこちで対応していた。
受付カウンターに向かった僕は手の空いていた店員さんに声をかける。
「ジャック・スミスっていう職人さんはいらっしゃいますか? 知り合いの人から紹介してもらったんですけど」
「いらっしゃいませ。ジャック・スミスですね? 少々お待ちください」
店員さんは丁寧に対応してくれると、パソウェアの通話機能で連絡を取ってくれた。何度かやり取りをしてから僕に目を向けてくる。
「確認いたしました。お目にかかるそうです。本人がここに来ますのでしばらくお待ちください」
「ありがとうございます」
横田さんからの連絡は届いていたらしく、僕はどうにか目当ての職人さんに会えそうだった。邪魔にならないよう受付カウンターの端に立つ。
しばらくしてから、受付カウンターの奥から汚れの目立つオレンジ色のつなぎを着た縮れ毛で肌の黒い中年の男の人がやって来た。
僕の姿を認めると茶色い目をしたその人はにかっと笑顔を浮かべる。
「キミがオゴロチ・ユータかい?」
「はい。初めまして。ジャック・スミスさんですか」
「その通り! ヤチヨのゲンジーから話は聞いているよ。こっちに来てくれ」
受付カウンターの奥に回るように言われた僕はその指示に従い、スミスさんの後に続いた。
向かったのは受付カウンターの奥にある広い場所だ。何人ものオレンジ色のつなぎを着た人が作業台で銃器類をいじっている。反対側の壁には扉が、入って左側の壁の奥は隣の室内に直通していた。
スミスさんはその作業場の中を素通りして反対側の壁にある扉に手をかけて開ける。外は店の裏側だった。
ようやくそこで立ち止まったスミスさんは振り返る。
「悪いな。ウチに応接セットなんて気の利いたものはないから、ここで話をさせてくれ」
「構わないです」
「そりゃよかった。さて、ユータは今日初めて小銃を買ったってゲンジーに聞いたけど、本当かい?」
「はい。けど、拳銃なら撃ったことがあります」
「銃自体は扱ったことがあるのか。ちなみに、どのくらいの頻度で使ってる?」
「えっと」
”昨日までで買ってから二十三日間、合計四百八十八発、一日平均二十一発ちょっとよ”
思い出そうとした僕にソムニが頭の中へこっそり教えてくれた。深く考えている暇がなかったのでそのまま伝える。
「昨日まで二十三日間で、合計四百八十八発です。一日平均だと二十一発くらいですね」
「細かいな。けど、三週間で五百発近く使ってるのか。ジュニアハンターなんだろう? 平日は学校に行ってるはずじゃないのか?」
「弾のほとんど、確か四百発以上は練習で使いました。平日は学校に帰ってからあそこの射撃場で練習して、土日は依頼を受けていたんです」
「それでか。しかし、それにしても熱心に活動しているな。消耗品の弾だってそれだけ買ってたら結構な額になるだろう?」
「今のところ依頼の報酬で賄えてます。さっきも横田さんのところでこれを買って一文無しになっちゃいましたけど」
そう言って僕が紙袋と肩から提げていた小銃を見せると、スミスさんは呆れたような笑顔を浮かべた。そしてため息をつく。
「あのジーさんも容赦ない商売をしてるなぁ」
「でも、横田さんには色々とお世話になってますよ。おまけもしてもらってますし」
「そりゃお得意様にはおまけくらいするだろうさ」
「今回はスミスさんを紹介してもらえました」
「ハハッ! なるほど、オレはおまけか!」
何が面白いのか僕にはわからなかったけど、スミスさんは大笑いした。けどすぐに笑いを収めて尋ねてくる。
「できれば、その小銃と拳銃を今見せてくれないか? オレの席でちょっと見てみたいんだ」
「はい、構いませんけど」
許可を得るとスミスさんは僕を連れて作業場へと戻った。その作業台は汚れが目立つものの、道具はきれいに揃えて置かれている。
僕から受け取った小銃をスミスさんはいろんな角度から眺めた後、分解を始める。慣れた手つきでばらばらにすると部品を一つずつ見てから組み立てた。そして、僕に手渡す。
「さすがに変なモノは掴まされていないようだね。下手な軍の流出品じゃないってのもわかってる。これならこの店に持って来ても普通に引き受けられるよ」
なるほど、後ろ暗い銃だとお店で整備してもらえないんだ。次いでナップサックから大型拳銃を取り出した。
受け取った大型拳銃を同じように眺めた後、スミスさんはやっぱり分解する。そして、部品を一つずつ丁寧に見てからまた組み立てた。
元通りになった大型拳銃を僕に渡しながらスミスさんは口を開く。
「随分と使い込んでいると聞いていたからどんなものかと思ったけど、丁寧に使っているようだね。あれだけきれいに掃除されているとは思わなかったよ」
「使う度に掃除をした方が良いってインストラクターの人に教えてもらいましたから」
「だからって本当に毎回掃除をするヤツばかりじゃないからね。それに、掃除の仕方が雑なハンターも多いんだ。自分の命を預ける大切な道具なのにな」
仕事柄たくさんの銃を見てきたであろうスミスさんは疲れた笑みを浮かべた。それから僕に提案をしてくる。
「ゲンジーからはキミの銃の面倒を見てやってほしいって言われてたけど、オレは構わないよ。ただ、内容をちょっと変えたいと思う」
「どんな風にですか?」
「銃や弾は今後ここラッキーガンズで買うこと。そうすれば、オレがユータの銃の専属整備士になるっていうようにだ」
「専属ですか。でもどうしてそこまで?」
「これだけ銃を丁寧に扱ってるお客なら構わないって思ったのと、ゲンジーの店でスッカラカンになるまで商品を買うくらいなら、こっちの店の売り上げにも貢献してもらえるって思ったからさ」
「あー」
はっきりと言われて僕は顔を引きつらせた。
けれど、僕は迷う。銃整備の専門家が必要なのはわかるし、専属になってくれるというのもありがたい。けどそうなると、横田さんのところで買う品物が減ってしまう。
迷っているとソムニが頭の中へ話しかけてくる。
”弾の値段を比べたらおじいちゃんのところよりもちょっと高いわね。状態がいいのは前提として、銃の値段もお高め。でも、専属整備士ってのは魅力的だわ”
”でも、横田さんのところでたくさん買うって約束してたじゃないか”
”銃関係以外でたくさん買えばいいじゃない。それにあそこ雑貨店よ? 専門店には専門性で劣るっておじいちゃんも言ってたじゃない。何のためにおじいちゃんが紹介してくれたって思ってるのよ”
指摘されて僕はそういうことだったのかと理解した。それに、まだ必要な物はたくさんある。それを八千代で買えば良いと気付くと気分が楽になった。
返答をじっと待っていたスミスさんに僕は再び目を向ける。
「わかりました。銃関連はここで買います」
「よし、そうこなくっちゃ! 改めてよろしく。オレのことはジャックでいいぜ」
「はい!」
笑顔で立ち上がったスミスさんは右手を差し出してきた。僕はそれを握り返す。
こうして僕は自分の専属銃職人ジャックと知り合うことができた。